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モルディア国の聖女 6

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(不思議な……いや、不可解な女だ)


 敷布の端っこで、まるで猫のように丸まって眠っているヴィオレーヌを見やってルーファスはそっと息をついた。

 別に取って食おうというのでもないのにやたらとルーファスを警戒して、まるで身を守るように枕を抱きかかえて丸まっているヴィオレーヌは、こうしてみるとただの十八歳の女にしか見えない。

 血だらけになりながら戦場となった渓谷から逃げ延び、ルーファスの寝室に忍び込んであまつさえ彼の心臓を縛ったなどとは、眠っている様子からは想像もつかなかった。


 時折長い睫毛が震えて、むにゃむにゃと口が動く。

 ヴィオレーヌは、美しい女だった。

 玲瓏とした美貌に、凛とした黒曜石のように美しい瞳。小さな顔は年頃の女性でもありながらどこか少女めいていて、白い肌の中でひときわ目を引く薔薇色の唇には、ついつい視線が吸い寄せられる。


 儚げに見えるのに、ルーファスの心臓を己の心臓とつなげるなどという豪胆さ。

 ルーファスに剣を向けて嫣然と微笑む気の強さ。

 けれども、強い酒に噎せこみ涙目になった彼女は、守ってやりたくなるような脆さを感じて、彼女の見せるたくさんの顔に脳の処理が追いつかない。


 これが敵国のマグドネル国に手を貸したモルディア国の王女でなければ、もしかしたらルーファスは一瞬で心奪われていたかもしれない。


 守られるのが当たり前のような顔をした女は好かない。

 かといって、さかしいだけの女も苦手だ。

 贅沢に慣れ、それを好む女はもっと嫌いで――、よくよく考えれば、貴族令嬢の中でルーファスが気に入った女性は今のところ一人もいなかった。


 王太子であるので、婚姻と子をなすことは義務である。

 感情は二の次で、王太子という身分において都合のいい女を娶ればいいと思っていたルーファスにとって、ヴィオレーヌの存在は衝撃だったと言えよう。


 だからこそ、彼女がモルディア国の王女であるのが残念だった。

 いや、先の戦がなければ、それでも違った目で見られただろう。

 それが残念でならない。


(昨日は冥府の女神のようだったのに、な)


 血染めのドレスで現れたヴィオレーヌは、その美貌も相まって、冥府に住むという女神のように見えた。

 名乗られなければ、己を殺しに来た女神だと本気で思ったかもしれない。


(それにしても何という強さなのだろうか。……その細腕で、どれほど無理をしたのだろうな)


 何もせずに強い人間などどこにもいない。

 ヴィオレーヌが強いのは、彼女が相応の努力をしたからにほかならず、か弱い女性がそこまでして強さを身に着けた理由が訊いてみたかった。

 訊いたところで、答えてはくれなかっただろうが。


(モルディア国の、聖女、か……)


 昨日のあの様子では、聖女と言われるにはまだ弱い気がした。

 ヴィオレーヌはまだ秘密を隠している。


(殺害計画が失敗して、よかったと見るべきか……)


 彼女が何者であっても、ヴィオレーヌはすでにルーファスの妃だ。

 ヴィオレーヌをうまく御せるかどうかが、今後のルウェルハスト国の発展に大きく関わってくるだろう。


(……運命共同体、か)


 己の心臓の上に手を置いて、ルーファスは小さく苦笑すると、そっと目を閉じた。





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