第35話 最前線の野営地 後編
「はぁ〜……満足」
炊き出し場近くにあるテントから出ると、僕はお腹を軽く叩いた。
ようやく腹の虫が治まった。
おばちゃんの腕によりをかけた料理はどれも美味しかった。
結局、極度の飢餓感を満たしライトのエネルギーを回復するには、野営地にある備蓄庫の半分くらいを食べないとダメだった。
そんな量のご飯を外にある炊き出し場で出すわけにはいかず、その近くのテントに僕専用の食卓を敷きこっそりと食べることになった。
気を遣ってその提案をしてくれて、いっぱい作ってくれたおばちゃんには感謝しかない。
名前、聞いておけばよかった。
僕が食べている姿を見て、「いつまで食べているんだい……」と引いた目で見てたけど。
『エネルギーの供給を確認。アラートを解除します』
お、ライトにもエネルギーが行き渡ったようだ。
これでライトに『殺しますか?』と数分置きに聞かれることもなくなるだろう。
さて、そろそろシルヴィアさんのところに行こう。
確か野営地の作戦本部が設置されているテントにいるはずだ。
どこだろう、とキョロキョロと周りを見ていると、ふとあれが目に入った。
「でかいな……」
呟いた感想はケーテン砂漠の砂嵐に対して。
首が折れるほど見上げても限りない高さ。
砂漠の中が見えないほど濃く、その中にいるであろう山の如く大きい機械獣とやらも肉眼では確認できなかった。
「ライトは見れる?」
何気なくそう聞くと、ライトは変形する。
手の甲からライトの頭がぴょこと出てきて、右腕が勝手に上がる。
焦点を合わせるように目の中の瞳孔(と思わしき部分)が伸び縮みして、『解析中』と砂嵐をじっと見た。
『解析完了。砂漠の内部を直接、見るのは不可能でした』
しばらくするとライトは僕の方を振り向きそう言った。
ライトでさえやっぱり無理か。
『砂嵐にプラズマが混じっており、砂漠内部の電磁波が不安定です。
おそらく災害級の機械獣が意図的に発生させたものでしょう』
「そんなことできるの?」
『はい。砂嵐に侵入してきた者を検知するため、いわば結界として発生させたのでしょう。
殺戮級以上であれば、そういう機能を備えている機械獣がいても不自然ではありません』
「ふーん……」
結界――もしかしたら最初、討伐隊の斥候が砂嵐に入った時も機械獣に検知されたかもしれない。
砂嵐内部は通信が不安定だって言っていたし、機械獣が斥候に気付いて砲撃したとしてもおかしくはない。
メタルイーターを使用する兵器も気が付かれるのだろうか。
気が付いて、兵器が機械獣によって排除されたら厄介だ。
機械獣が停止している間に倒せればいいのだけど。
『それ以前にMEランサーを発射する前は出来るだけ攻撃は避けるべきでしょう』
「そうなの?」
『機械獣の性質です。一度、機械獣に攻撃すれば攻撃したものを破壊するまで襲い続けます。
MEランサー近くでミサイルなどの兵器を使えば、機械獣はそれを排除しようとするでしょう』
「じゃあ攻撃できないってこと?」
『成功確率を高めるためにはそれをおすすめします』
何かの武器を使って弱らせることもできないのか。
しかも目標は砂嵐の中。
砂嵐内部は肉眼で見ることはできないし、目印となるセンサー的なものを撃っても攻撃扱いされるかも。
持ってきたMEランサーの弾薬は2発。
何も見ずに撃つことなんてできるのだろうか。
『赤外線による内部構造の把握は可能ですが、ご覧になられますか?』
「見れるの? 見てみたい」
そうか。その手があったか。
さすがライト。しかも赤外線カメラも搭載されているとは。
機械獣は怖いけど、怖いもの見たさだ。
災害級の機械獣というのがどういうものか少し興味がある。
今は停止しているらしいし、ここは討伐隊の野営地。
見ただけで、何か起こることはないだろう。
『承知しました』
ライトは右手をグニュグニュと変形させる。
もう見慣れた変形だ。右手は粘土のように捏ねられる。
やがて双眼鏡のような形になると、右腕が勝手に上がり双眼鏡に変化した右手が文字通り僕の目の前に来た。
双眼鏡のレンズに僕は目を近づけると、
「おぉ……」
自然と感嘆の声が出た。
まず目に映ったのは超高温に熱せられた高く聳え立つ山。
あれがおそらく災害級の機械獣なんだろう。
こんなに大きかったら、角度を大きく変えなければ外すことはないだろう。
頂上からは蒸気のように大量の高温物質が出ているようだけど、確かに動きが止まっているような気がする。
いったいどうやって止めたのだろう。
『可能性としては過熱による機能停止でしょう』
「過熱?」
『つまりオーバーヒートです。機械獣は機械で出来た素体です。
災害級の機械獣が高いエネルギーを有していたとしても、冷却せず限界以上に熱せられれば動作異常を起こすでしょう。
解析したところ、あの機械獣の体温は千度以上。
冷却が完了し再び動き出すまでにはあと1~2週間程度、必要です』
なるほど。
あの大亀型の機械獣は今、マグマのように熱いということだ。
いくら災害級とはいえど、そんなに熱ければ動けない。
おそらく討伐隊は爆弾や火炎瓶などを大量に使い、あの機械獣に反撃させてエネルギーを使わせ、冷却しきれないほどの熱を蓄えさせたんだ。
その作戦をすることで犠牲になった人達は計り知れない。
そんなにリソースを割いても動きを止めるだけしかできなかったのだから、シルヴィアさんが悔しい思いをしているのは当然だろう。
僕が運んだメタルイーターの弾薬でうまく倒せればいいのだが。
いや、倒せるはずさ。
「それにしても結構うじゃうじゃいるなぁ」
災害級の機械獣のふもとに目をうつすと、大量の熱源がもやもやと動いているのがわかった。
形的には虎型やサイ型、それに馬とか鳥とかもいるのか。
多種多様な形状をした機械獣が周りを囲んでいるのがわかった。
『周辺をスキャンした結果、殺戮級以下の機械獣が1123体います』
「千……」
覚悟はしていたけど、現実として目の当たりにすると身体が震える。
こんなに多くの機械獣がエルガスに来たら、街はどうなってしまうんだろう。
もしかしたら災害級の機械獣を討伐した後こそが重要な戦いなのかもしれない。
そう考えて、肉眼でもう一度、砂嵐を見ようと、ライトの作った双眼鏡から目を離すと、
「ん?」
ケーテン砂漠の外から砂嵐に向かって何かが2体ほど飛んでいるのが見えた。
「あれはなんだろう?」
『……スキャン開始。――完了しました。鴎型の機械獣でしょう。推定全長10メートル。脅威レベルは傷害級です』
「傷害級の機械獣? なんでまた?」
『……不明です』
さすがのライトでもその意図はわからないか。
「しょうがない。念のため、シルヴィアさんに報告しよう」
シルヴィアさんは確か野営地の作戦本部にいるはずだ。
エルガスに帰らせてくれるんだっけ?
ものはついでだ。
もしかしたら問題ないのかもしれないけど、報告はしておこう。
「ライト、元の右腕に戻って」
『承知しました』
ライトは双眼鏡から右手に戻り、僕の右腕に感覚が戻ってきた。
さて、作戦本部はどこだろうか――。
★★★
作戦本部のテントの中に入ると、険悪なムードに包まれていた。
誰も僕を気にすることなく、ひとりは怒り顔、ひとりはあきれ顔、ひとりは心配顔など。
ただみんながみんな、それぞれの思いでシルヴィアさんを見つめていた。
シルヴィアさんは通信機器を握りしめ、かなり顔が険しかった。
「なんだって!? ふざけるのもたいがいにしろ!」
い、いったいどうしたのだろう……。




