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魔術師は魔法を使えない。  作者: くもりぞら
2/10

僕と手品と不動明王と



「ふぅ……間に合った」


速く鼓動する心臓を整えながら、僕は机にカバンを下ろす。騒々しさを極めたような朝だったが、なんとか授業開始前にたどり学校へ着くことが出来た。

しかし、その代償は大きい。


「汗、全然引かないな」


シャツが汗によって肌に吸い付く。

まだ五月とはいえ、今日の天気は雲一つない快晴。さらに焦燥に駆られながら、全力で自転車を漕ぐ──そんな条件で汗をかかないほうが異常である。


「はぁー」


僕の最後の抵抗のため息もチャイムによってかき消された。





唐突ですが……僕はクラス内でかなり浮いた存在です。どの程度かというとクラスメイトに話しかけようと近づくと、苦笑いされながら徐々に逃げられるぐらい……。

そんなことになった原因は入学早々に起こしたとある騒動(・・・・・)。そこで悪目立ちしてしまったことだと思う。

だから、昼休みにわざわざ僕の席に来て、僕に話しかける人はかなり変な人ということなんだろう。


「おーい、無視しないでよ」


「す、すいません」


机から顔だけひょこっと覗かせているこの美少女も例に漏れない。


「で、今日はどうしたの? 千影(ちかげ)さん」


「もー、いつも初夏(ういか)でいいって言ってるじゃん」


「そうだね。初夏さん」


「えへへっ! おっけー!」


くるんと天然パーマがかかっている黒髪、右側に入っている青いメッシュは控えめに主張している。小麦色に焼けた肌が彼女の生彩溢れる笑顔をより一層際立たせる。


「今日はねー、これを使うよ」


「……竹刀?」


「そう!」


「これをこうして……っと」


初夏は馴れた手つきで竹刀を長細い袋に入れていく。全て入れ終え、紐を結ぶと「ごほん」とわざとらしい咳をひとつ。どうやら今日も彼女お得意の手品が始まるようだ。


「種も仕掛けもないただの袋……」


突き出された竹刀の入ったの袋。その光景にゆきとだけでなく他のクラスメイトが目線を寄せる。


「だけどねー、こうやって手をかざすと……」


「すごい!」


初夏が手をかざした途端、袋の膨らみが消える。何度観てもゆきとは彼女の手品への驚嘆の声を隠せない。開かれた袋の中身は皆の想像通り、綺麗さっぱり無くなっていた。


「消えてしまった竹刀……どこに移動したと思う!」


はちきれんばかりの笑顔で竹刀の在処を訊ねる彼女。そんな笑顔を見ていると僕も自然と気分が上がってしまう。


「んー、横にあるロッカー……かな?」


「ざんねーん。正解は──」


初夏はおもむろに自身のシャツのボタンを外し始める。クラスメイト ……主に男共がさらに注目し始めた。


「ちょ、ちょっと!? なんで脱いでるの!?」


「じゃん!!」


「──ッ!!」


開かれたシャツの中には、うるおい弾ける褐色の肌、魅惑的なへそ。そして慎ましくも……慎ましくも、視線を誘導される胸とそれを覆う白いバンダナのような下着。そしてその間に何故かある消えたはずの竹刀。


「私の服の中でした! びっくりした?」


ニッコニコの下着姿で感想を求められる。鏡はないが僕の顔を今、トマトのように赤くなっているに違いない。


「いいリアクション! そんなによかった?」


「前、前見えてるから!!」


「ン?」


(なんでピンと来てないの!!)


赤面した少年の求めとは裏腹に少女は状態そのまま、無垢な笑顔であれ(・・)を見せつけてくる。

ゆきとの席は窓際、逃げ場は存在せず抵抗云々なく追い込まれていた。

少年の羞恥ゲージが限界突破オーバー・ザ・リミットしそうになった時──扉は吹き飛び、憤怒の化身が現れた。


「誰だぁあああ!! 私の竹刀持っていった奴は!?」


ギラギラした目と額に浮き出た血管は、彼女の激昂具合を充分に表している。ドア付近の生徒は必死に視線を外し、みんな震え上がっている。


「マズっ」


そんな中、あからさまに汗を……冷汗をかいている少女が横に。


「えぇええええええええええええ!? あれ、不動院(ふどういん)先生のだったの!?」


「あははっ、ごめーん」


不動院(ふどういん)りん──肩下で簡単に結ばれた漆黒の髪、赤色というより何故か返り血(あかいろ)を想像させられるジャージ、モデルにスカウトされるほどの美人(24)だが威圧……いや覇気のある顔。

これを総じて付いたあだ名が『喜志の不動明王』……。

初夏はそんな人物の私物を持って来たようだ。


「道見ゆきと」


「ハイ!!」


「お前か? 犯人は」


「ち、違います!!」


もちろんゆきとは否定する。

だが横にいる犯人(ういか)さんはそういう訳にもいかないだろう。どうするつもりなのかと目を向けるも、その行動は無駄に終わる。

そこには彼女の姿などなくただの虚空だけが存在していた。


(に、逃げたぁ!!)


「じゃあ、後ろのそれはなんだ?」


(しかも、置いていってるっ!?)


「はぁー……安心しな、実行犯は割れてる。千影(あいつ)だろ? 私相手にこんな芸当をするのは大抵千影(ちかげ)だ」


(バ、バレてる。けど助かっ──)


油断するには速すぎた。


「しかし……だ。千影も一人は寂しいだろうから、共犯の疑いがあるお前もついでに連れてってやらないとな。なぁ? 道見」


竹刀を取り戻し、鬱憤が晴れたのか、それとも怒りが天元突破しているのか。我らが不動明王は扇状的な笑みを浮かべている。当たり前だが前者ではない。


「───」


千影(ちかげ)初夏ういか──かなり遅くなったが、嶺麗しく、コミニケーション能力も高い彼女がクラスメイトから距離を取られている理由。

それは……その奔放すぎる性格ゆえ関わると、手品以上に驚嘆する面倒事に必ず(・・)巻き込まれることになるからである。





上ではカラスの甲高く鳴き、下では運動部員の活発な声が耳に届く。中間に位置する教室は対照的に箒で埃を払う音だけが響いていた。


「あははっ、いつも付き合わせちゃってごめんねー、ゆき君」


「別にいいですよ、千影さんに巻き込まれるの、最近慣れを感じ始めてますから」


「もー、また千影さんになってるー」


不動院先生が襲来してから時間が過ぎた。太陽も仕事がもう終わるので最後のひと頑張りをしている。

教室にはゆきと、初夏の二人だけ。いささかロマンチックが過ぎる状況だが、現実はそう甘くない。端的にいえば罰の執行。


「ごめんなさい。けど、どうしても抜けなくて……」


「うーん……なら、ゆっくり変えていこー!」


「う、うん! 分かりま──た」


一学年の全教室掃除。それが二人に課された罰だった。教室は全部で七、それぞれ三つずつ終わらせて、最後の一つを協力して掃除している最中である。


「そういえば! ゆき君、魔法使いの手がかりは見つかったの?」


「いや……全然、そもそもこの話を信じてくれる人が全くいないんだ」


「そう……なんだ。なんか悲しいね」


そう言った彼女の声はさっきような元気はなく、対面していた顔は窓を見つめている。


(初夏さんは本当に良い人だ)


顔は見えずともゆきとは自然にその考えに至った。入学してからの一ヶ月、散々彼女の無茶と手品に巻き込まれている。それでもゆきとが彼女と一緒にいるのは「魔法使いにお礼がしたい」なんて与太話を真剣に聞いて、受け入れてくれたから。

そして、今も自分のことのように悲しんでくれている彼女。その何気ない優しさに居心地の良さを彼は感じているから。


「あっ……でも今朝、夢を見たんだ」


ゆきとは悲しむ初夏への切り替えに、朧気だが確かに残っている今朝方の夢を語った。


「うーん、じゃあその女の人が魔法使いなの?」


「分からない。顔ちゃんと覚えてないから」


「えーーー」


「ご、ごめん……けど。なぜか懐かしく感じたんだ」


「覚えてないのに?」


「うん」


「そーなんだ……よかったね」


「うん」


霧がかった記憶に残っている灰薔薇の美女。静寂の精霊のような彼女は一体誰なのか?


「その人かどうかは分からないけど……会えるといいね! 君を救った魔法使いに!」


「───」


「会えたら私も友達になりたい!!」


夕陽を奥に立つ少女はいつにも増して、煌びやかに魅惑的だった。



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