娘は薔薇より紫陽花を選んだ。
よろしくお願いします!
娘が庭師と駆け落ちした末に心中した。家のために政略結婚をしたくないと言って。貴族の娘に生まれたというのにそれを嫌がるのかと怒鳴りつけたその晩に庭師の手を取り、駆け落ちした。家の名誉のため、娘を傷物にされてたまるかと追いかけ追い詰めた。しかし逃げた先で娘は庭師と共に死んでいた。
娘の死を悲しんだ私は庭に面した壁に娘の結婚式の絵を描くことを思いついた。赤い薔薇が咲き乱れる庭で娘が身なりの良い男と手を繋いで微笑みあう。それを見れて私は幸せだった。
ある日、角に紫陽花の苗が生えていた。あの憎い庭師がよく手入れをしていたものだった。この薔薇の花壇は紫陽花の花壇を潰して作ったものだ。先代が金運が良くなると言って植えていたのだけれど、娘を奪った憎い庭師を思い出すから、全部刈り取ってしまったのに。なぜ生えてくる。
使用人に刈り取ってもらった。
翌日その使用人は急病で倒れた。
うまく呼吸ができないと病院に行った。
また、紫陽花の苗が生えていた。
また、使用人に刈り取ってもらった。
何食べても吐くようになり、病院に行った。
また、紫陽花の苗が生えていた。
また、使用人に刈り取ってもらった。
真っ直ぐ歩こうとしてもまるで千鳥足、病院に行った。
その内、薔薇の花壇にある紫陽花の苗に触れたら呪いがかかると使用人たちの間で広まり、誰もが薔薇にふれなくなった。6月の長雨のせいで薔薇が弱り、根ぐさりをして枯れた。
薔薇は枯れ果て代わりに赤や青、紫色の紫陽花が咲き誇っていた。まるで庭師が世話をしていた時のように生気に溢れている。
私は紫陽花が咲き誇るその庭が怖くなった。それでも、娘に会いたいがためその庭に行く。その内、あることに気がついた。となりの娘の絵は変わらないのに男の絵は何かに削られたようにところどころ剥げてきているのだ。
男の絵が書かれた所がたまたま、雨風や日差しが強くて劣化しやすい場所だったんだ。男の絵を描きなおしてもらわないと。
その晩、雨が降っていた。男の絵の現状を見て、もしかしたら今回の雨で娘の絵も悪くなってしまうんじゃ。そんな不安に駆られて、絵に雨が当たらないように何か被せてやらねばきっと雨よけになるような物が庭にある納屋にあるはず。傘を差しながら、懐中電灯を持ち庭に向かった。
ザリ、ザリ、ザリ、
庭に近づくほど硬いものが削れる音が聞こえてくる。
ガリ、ガリ、ガリ、
音がどんどん大きくなる。人の家の壁を削る不届き者がいる。
「誰だそこにいるのは!ひいぃ」
懐中電灯を照らし先には男の絵が描かれた壁があるはずだった。しかしなかった。カタツムリ、何万匹いや数えられない。それらが、たまに互いの殻をぶつけながら、壁をかじっていた。カタツムリの様子を見て、娘の絵はと懐中電灯を照らす。笑みを浮かべる娘の絵にはカタツムリがおらず、ホッとした。しかし違和感に気づく。確か、娘の絵は男と向かい合っていたはずなぜ、庭の方を見ているのだ。
その内、カタツムリが波を引くように壁から離れた。男の絵は、完全に削り取られて、無くなっていた。
その時、娘の絵が両手を前に伸ばした。その先に紫陽花の花壇があり、そこには死んだはずの庭師が立っている。
庭師は娘の絵に向かって走り出した。二度も娘を奪われてたまるか。庭師の前に立ち、ゆく手を阻もうとしたしかし、庭師は私の体を通り抜けて真っ直ぐ、壁の中に入った。
庭師は娘の体を抱きしめた後、娘の手を握る。娘は庭師に笑いかけたあと私を見た。一つ睨まれた後、何もせず、ただ庭師だけを見つめて、幸せそうに私には聞こえない絵の世界で何か話している。しばらくして娘と庭師は頷きあった後、パッと壁から消えた。
おかしなことが起きていた。理解はできても受け入れられずに落とした傘をそのまま部屋に戻り濡れた服を脱ぎ散らかし、素肌のまま布団にくるまった。今起きたことが夢だったと思えるように。夜が明けて、庭を見に行った。
夏の朝日が庭を照らす。昨日落とした傘がそのままあって、枯れた紫陽花が花壇に植っていた。
壁には絵が無かった。
代わりにカタツムリの這った跡がキラキラと輝いていた。
読み終えたあとにカタツムリと紫陽花を嫌いになっても作者は一切責任を負いません。