09
レイはウェイリーからの手紙をクラリスから受け取り、すぐさま貪るように読んだ。一文字も逃すまいと目は大きく開かれている。一喜一憂しながら読み終わると、大股でベイティの執務室へ向かった。レイが執務室へ入っても、ベイティはお構いなしに仕事を続けていた。
「父上殿、私を王都の学園へ転入させてください」
「だめだ」
二人の間に沈黙が訪れる。ベイティの万年筆が鳴らすカリカリとした音のみが部屋中を飛び回る。しばらくして、再びレイが口を開いた。
「私を王都の学園へ転入させてください」
ベイティは手を止め、目線だけレイに向けると、大きなため息をついた。万年筆をペン立てに戻し、指を組んで顎をその上に乗せる。鋭い眼光でレイを睨み付けた。
「だめだと言っている。おおよその経緯はウェイリー殿から聞いてはいるが、無理だ。お前では力不足だ。演劇のスキルなど、なんの役にもたたん。せめて、公爵家とのパイプ役として政略結婚をと思っていたのだがな」
「……なるほど。力があればいいのですね」
「はっ、そうだな。魔の森に巣食うガルガンの親玉『キング=ガルガン』の首でも持ってきたら考えてやるよ」
ベイティは鼻で笑って答えた。狐型の魔物ガルガンは冒険者ギルドの推奨討伐ランクはD。Dランクとは、概ね冒険者を二〜三年経験し、駆け出しを卒業したとギルドから認められると最下ランクのEから昇格できる。
しかしベイティが要求しているのは『ガルガン』のキングモンスター『キング=ガルガン』。キングモンスターとはその名の通り、その種族の親玉的魔物で強さはグッと引き上がる。討伐推奨ランクはC。
ベテランの冒険者がパーティを組んで討伐しに行くような相手だ。レイは目線を斜め上にあげ、少し考えるようなそぶりを見せてから小さく頷く。
「承知した」
レイはそう言い残し、執務室を出る。諦めたか、とベイティは再び大きなため息を吐くと、首を鳴らして仕事に戻った。
◇◇◇ ◇◇◇
自室に戻ったレイはベイティの考えとは裏腹に討伐に行くための準備を始めていた。
「本当に行くんですか?」
部屋の掃除をしていたクラリスが信じられないというような目でレイを見る。それもそのはず、冒険者ランクEのレイが魔の森へ行くこと自体がよもや自殺行為だからだ。
レイはクラリスの知る限り、魔物と戦ったことがない。一人で剣や魔法の鍛錬をしていたことは知っているが、所詮スキルは戦闘向けではないので、実力はたかが知れている。
「私に足りないのは実績だからな。お前も言っていただろう? 『何を言うかより、誰が言うか』だって」
レイはフッと笑うと、ボロボロに刃こぼれしている剣を腰に差す。元の身体が剣の鍛錬をどれだけやっていたかが伺えた。
「…………そうですか。 勝手にしてください」
実はクラリスはこの数日間でレイとの間に少しだけ絆のようなーーーーそんな大層なものではなく、もっとサバサバしていて、ライバル関係のようなーーーーものが芽生え始めていた。
だからこそ、失望したのだ。やはり自分の仕えているレイ=ブラッドは、出来損ないで、自分の力量がわかっておらず、勇気と無謀の意味を履き違えている。少しでも彼にシンパシーを感じていた自分が馬鹿だったと。
クラリスは無表情で部屋を後にする。クラリスが出ていった後の部屋には、置かれたままの掃除道具がレイを見つめていた。水に濡れた雑巾が、今か今かと出番を待っていた。
数日分の食料をリュックに詰め、準備を終えたレイが出発のため廊下に出ると、通路の真ん中に一枚の紙切れが落ちていた。何気なく中身を覗き込むと、魔の森の簡易的な地図が記されており、危険な場所や、休憩ポイントが手書きで記されていた。
「なんだ、実は其方も良いところがあるじゃないか」
魔の森については皇帝アルフレッド時代には片手で数えれるくらいしか行ったことはなく、どのような形状をしているのかあまりよく覚えていなかったので、この地図はレイにとってはありがたかった。
おそらくわざと落としていったであろうクラリスに礼を言う。レイは口角を少しあげ、地図をリュックにしまうと、そのまま屋敷を出て行った。
それから数日が経ち、レイが屋敷に戻ってきた。手に持っていたのは、キング=ガルガンの首ではなく、隣国領主の首だった。