08
「お断りします」
ミルドはレイから届いた手紙を父親のウェイリーから見せらると、恥ずかしそうに顔を赤くして目を下に向けた。
「お父様、私は体調が悪くてレイ様とお会いすることができません。丁重にお断りしておいていただけますか?」
「ミルド、お前は先程まで元気だっただろうに。レイ君はお眼鏡にかなわなかったか?」
「そ、そう言うわけではございません! 私は本当に体調が悪いのです!」
ミルドは痛そうにお腹を手で押さえながら、リビングから出ようとする。
「わかったよ。お前がそういうならそうしておくよ。 ……すまんな、力になれない父親を許してくれ」
ウェイリーは諦めたように笑い、自分がミルドの力になってやれないことにうなだれた。ウェイリーは、ミルドがレイに惹かれていることを感じ取っていた。そしてミルドが自分の容姿のせいで迷惑をかけまいと、縁談を破棄したがっていることにも気づいていた。
ミルドは生まれた時から醜い容姿だったわけではない。むしろ十歳までは子供とは思えないほど整った美しい容姿で社交界を賑わせており、王太子との婚約も決まっていた。
しかしある日突然、顔中に大きなコブができたのだ。そのあまりに醜悪な姿から王太子からは婚約破棄を言い渡され、これまで美しいと褒め称えてきた人々からは『コブ姫』というあだ名までつけられた。
さらには外見が醜いだけで、彼女の内面までも否定する輩も出てきた。そのような杜撰な仕打ちにミルドは悲しみに打ちひしがれ、人前に出ることを避けるようになった。
そんな失意のどん底にいたミルドは腐っても栄えある公爵家の娘。十三歳からは王都の学園に通わなければならない。ミルドは短期間のうちに必死で自分のコンプレックスに打ち勝ち、現在は周囲からの嘲笑的な視線に耐えながら学園に通っているのだ。
そんな時に辺境伯のブラッド家から縁談の申し入れがあった。相手はブラッド家の欠陥品として悪評高いレイ=ブラッドだった。
ウェイリーは縁談の申し入れがあった当初、受け入れるか悩んだ。王太子から婚約破棄されたのち、ミルドへ縁談の話がくることは一度もなく、結婚はもはやできないだろうと諦めていたおりにこの話がきたのだ。
ウェイリーからすると、喉から手が出るほど有難い話だった。公爵家の令嬢が誰とも結ばれず死んでいくというのは、公爵家として恥ずべきこととなってしまうからだ。
しかしウェイリーは事前にレイ=ブラッドについて調べたが、いい噂は一つも出てこず、ウェイリーの不安は膨らむばかりだった。もしレイ=ブラッドが噂通りの人間であったなら、剥き出しの悪意をそのままぶつけられ、今度こそミルドは心を折られるかもしれない。
そうなってしまっては、これまでの彼女の努力が、世界への抵抗が、全て水の泡になってしまう。彼女はたった容姿が醜いというだけの理由で世間から見咎められ、それを克服すべく一人で闘ってきたのだ。
その結果ミルドの心が折れてしまうえば、それらは全て無駄になってしまう。ウェイリーはそれを危惧していたのだ。
だが実際にレイ=ブラッドを目の前にして、なぜ彼が欠陥品などと呼ばれるのか理解できない、むしろ彼は稀に見る傑物だとさえ感じた。
噂など娘の一連の出来事であてにならないことくらい十分承知の上だったのに、なぜ自分は他人のことになると世間の評価に踊らされ、彼と会うことを躊躇していたのだろうと後悔もした。彼ならミルドを任せられる。だから二人の婚約は是が是非として成立させたいとウェイリーは考えた。
「私にできること、か……」
ウェイリーはレイに返事を書いた。
そこに書かれた内容は、概ね二種類。一つはミルドが体調が悪く会えないということ。もう一つは、王都の学園に転入して、まずはクラスメイトとしてミルドを支えてやってほしいという要望だった。
ウェイリーが父親としてできることは、これが限界だった。