第9話 陽菜の息抜き
いよいよ中山美咲の妹、陽菜の受験が間近となった。中山家では神経質な生活が山場を迎えた。滑る、落ちるのたぐいは禁句なのだ。
中山美咲は学校の昼休みに愚痴を漏らした。
「ねえ、ちょっと聞いてよ! 妹が、もうじき受験でしょ。家の中は神経質になって大変なの」
海斗は苦労している中山美咲に気遣った。
「大変だね~、あの春菜ちゃんが神経質にねー、手が付けられなさそうだね」
「そうなのよ、この間も掃除をしていると、掃除機の音がうるさいとか、鼻歌がうるさいとか言うのよ。掃除ぐらい好きにさせてよ! それにね、気を遣って夜食を部屋に持って行った時も、お箸がお盆から滑り落ちた時は頭を抱えて、イヤー!って言うの。もう限界だわ!」
林莉子は中山美咲を慰めた。
「気を使ったのにねー、大変ね。あと少しの辛抱よ。ところで春菜ちゃんは学習塾の模擬テストでは、どんな評価なの?」
「それが、私も読ませてもらったけど、塾の先生に太鼓判を押されたA評価よ」
小野梨紗は不思議な顔をした。
「何でA評価なのに、ピリピリしているの?」
「あー、梨紗は受験の仕組みが知らないのね。高校受験はテストだけでは決まらないよ。中学から在校中の成績や学習態度を記載された内申書が有ってね、それを合わせて合否が決まるの。あの性格だから内申点が分からないのよ」
鎌倉美月は考えた。
「太鼓判を押されているなら、少し力を抜いた方が良いのにね。力が入りすぎると精神的に追い込まれて実力も発揮できないしね」
松本蓮も続いた。
「そうだよ今更、内申点は変わらないしね」
「でも、あんなにガチガチだと、家族の助言も届かないのよねー」
海斗は提案をした。
「それじゃあ、間接的におびき出すのはどうかな? 仮にだよ、合格祈願に有名な鎌倉の神社に、美咲と俺と葵の三人で行く予定を立てる。葵から春菜ちゃんに情報が上がれば、自動的に付いて来て、外の空気を吸ってリフレッシュ出来る。こんな作戦はどうかな?」
皆は感心をした。しかし小野梨紗は鵜呑みには出来なかった。
「海斗、私も鎌倉に行きたい! 八幡宮も見て見たいな」
鎌倉美月はピンときた。
「それじゃあ、二班に分かれましょう。歳上の私達が揃うと、葵ちゃんは萎縮するでしょ。それだと折角の機会も意味が無いわ。春菜ちゃんの息抜きと、春菜ちゃんを後ろから応援する班に分かれましょう。コレなら梨紗も私達も鎌倉を楽しめるよ。でも大事な事だから美咲は、お母さんに相談してから決めてね」
「皆、妹の為に有り難う。早速、今晩にお母さんと相談してみるよ」
(翌日の教室にて)
中山美咲は、母親と相談した内容を仲間に報告した。母親も中山美咲と同様に心配をしていたのだ。相談の予定が良き提案となり、母親は喜んで中山美咲にお願いをしたのだ。
海斗は微笑んだ。
「それじゃあ、時間も無い事だし早速、行動に移そう。今度の土曜日はどうかな?」
海斗は皆の顔を見ると、皆は顔を縦に振った。皆は既に本題を置いて、楽しい日帰り旅行の様に楽しみにしたのだ。
海斗は頬杖を付いた。
「でも未だ問題があるよ、前提とした葵経由の春菜ちゃんの参加だよ。今晩、誘いにのるか、どうか?」
小野梨紗は寂しい顔をした。
「それじゃあダメな時は、中止になるの?!」
「そんな事はしないよ。ダメな時は皆で鎌倉に遊びに行こうか?!」
皆は笑顔になった。松本蓮は続いた。
「さすが、海斗! そう来なくっちゃ!」
海斗も微笑んだ。
(海斗の自宅にて)
今晩も正太郎の帰りは遅く、いつものように明子、海斗、葵の3人で食卓を囲んだ。この日のメニューは鯖の味噌煮込みと卵焼き、大根の味噌汁、浅漬と、ご飯だ。
海斗は毎食、感謝をして箸を伸ばした。
「お母さんの料理はいつも美味しいね。特に鯖味噌は甘さが控えめで美味しいよ」
「まあ海斗さん、いつも嬉しいわ。ふふ、鯖味噌は正太郎さんのリクエストだったのよ。やっぱり親子ね」
「そうそう葵、最近は陽菜ちゃんと連絡を取っているの?」
「ええ、二週間くらい前かな。静かに勉強が出来ないって言っていたわ」
海斗は中山美咲から聞いた話を伝えた。
「そうかー、神経質になっているんだー。つまり私が陽菜ちゃんを誘えば良いのね。いつもなら付いて来るけど、でも今わねー。まあ、やってみるか、私もお兄ちゃんと鎌倉に行ってみたいしね」
葵は箸を置き、スマホを操作した。
「ねえ、葵は転入試験大変だった?」
葵はスカした顔で海斗を見た。
「うん、それなりにね」
「えっ、何、その表情?」
「私、成績が良いから、別に頑張らなくても試験通ったわよ」
「へー! 頭良いんだー、知らなかったよ。葵は優秀なんだね」
明子は海斗を見た。
「でもね、正太郎さんに勧められた時は、転入出来るか心配だったのよ。試験に通った時は嬉しかったのよね、良かったわ。ね、葵」
「うん、ホント良かった。私、この学校が好きよ。友達も出来たし自由な校風も好き。一番はお兄ちゃんと通学出来る事が好きよ! ハハ」
葵は笑い、海斗は照れて目線をそらした。すると葵のスマホが鳴った。
「お兄ちゃん、作戦成功でごじゃる!」
「有り難う、葵」
「わーい、お兄ちゃんと鎌倉だー!」
明子は楽しむ葵の顔を見て微笑んだ。