第5話 書き初め
休み時間の教室で海斗は仲間に相談をした。
「ねえ皆、相談が有るんだ。颯太のグループもいいかな?」
皆は海斗の周りに集まった。
松本蓮は慎重に海斗の顔を覗いた。
「ファーストネームの提案をしたばかりだろ、海斗の相談は楽しいきっかけだけど、重たい時が有るからドキドキするよ」
京野颯太は話しかけた。
「どうした海斗、……ププ、海斗だって」
京野グループの仲間は言い慣れない京野颯太に笑った。海斗は怒った。
「颯太は俺の名前で笑うなよ!」
「やあ、悪い悪い。それで相談ってなんだ?」
「颯太に世話になって何だけど、昨日マスターから幸乃さんの内定祝いを頼まれたんだ。参加者はウチのクラスのメンツで、飲食にかかる費用はマスターがご馳走してくれるそうだ。皆、今月の下旬の都合はどうかな?」
中山美咲の表情は優れなかった。
「ねえ海斗、それは嬉しい誘いだけれどね仲の良い写真部の三人は良いけど、私達はお邪魔じゃないのかしら?」
京野颯太を除いて、他の仲間も遠慮ぎみだった。
「それがね、俺も気にしたけどマスターの希望なんだよ。だから参加して欲しいんだ。幸乃さんは良い人だよ、皆に幸乃さんともっと親しくなって貰いたいな。それともう一つ、マスターの希望があってサプライズパーティーにしたいそうだ!」
皆は微笑んだ。橋本七海は笑顔になった。
「それじゃあ、人数は多い方が良いわ。ねえ美優」
「海斗が身近になったら、早速イベントね! しっかり驚かせようよ!」
中山美咲は思い付いた。
「それじゃあ、食事代が無い代わりにプレゼントを渡しましょ、ねえ莉子」
「そうね、就職に便利なモノが良いわね。名刺入れとかバッグなんてどうかしら?」
京野颯太はひらめいた。
「じゃあ、キタムラ屋のバックはどうかな? 幸乃さんは地元愛が強いからね」
皆の表情が明るくなった。中山美咲は京野颯太を珍しく褒めた。
「さすが颯太ね、良いところに気付くわね」
京野颯太は照れた。
「美咲さ~ん、いや、美咲……じゃあ、二人で買い物に行きましょうか」
中山美咲はそっぽを向いた。
「フン! 京野君のそう言う所がダメなのよ!」
佐藤美優は笑った。
「あ~あ、颯太から京野君になっちゃった! 格下げだね」
京野颯太は肩を落とすと、皆は笑った。
海斗はマスターから聞いた候補日と、皆の都合を調整して開催日を決めた。マスターのスマホにショートメールで日時と参加者を送った。
「なあ颯太、プレゼントをお前に選ばせてあげたいけど、高校生の予算に合わなくなるから俺達が買って来るよ。プレゼンターは颯太にさせてあげるからね。それで良いだろ?!」
「ああ、俺がプレゼンターかー! ちょっと楽しみだな」
するとチャイムが鳴った。皆は話を止め席に着いた。
この日の四時間目は国語の授業だった。高等部の授業では習字は無いがグループに別れ、書初めが行われた。習字セットは班ごとに貸与され、好きな言葉を書き入れるのだ。国語の授業と言うより体験型のイベントの様に生徒達は楽しんだ。
海斗は真剣に筆を走らせると、小野梨紗は羽付きの罰ゲームを思い出し、小筆を使い海斗の頬にバツ印を書いた。海斗は羽付きの話をされると面倒なので無視をすると、小野梨紗は口を尖らせた。
海斗は「絆」を書き上げた。中山美咲はホッコリして見ていた。
「海斗は筆も上手なのね」
「ホッ! 三学期のテーマを書いて見たよ。梨紗、イタズラはダメだからね!」
「はーい」
皆も背筋を伸ばし目標となる文字を書き入れた。久しぶりに筆を持ち、書き上げた文字は達成感を感じさせた。
隣の京野颯太は最初に書き上げ、左腕を枕にして仮眠を取っていた。昨晩遅くまでオフィスにいたらしい。事情を知る仲間は気を使ったのだ。松本蓮は小筆を持ち京野颯太の瞼に丸を書き塗りつぶした。京野グループの仲間も、海斗グループの仲間もクスクスと笑ったが、京野颯太は目を醒さなかった。
四時間目の授業が終わり昼食時間となった。いつもの様に海斗達は机を並べて昼食を始めた。海斗は皆に話しかけた。
「ねえ、明日の放課後、元町商店街にバッグを下見に行来たいと思うけど、誰れか付き合ってくれるかな」
松本蓮は鎌倉美月を見て答えた。
「海斗、俺も美月もいいよ」
梨紗も続いた。
「私も行く!」
中山美咲も林莉子も続いた。
「私達も行くよ」
皆は一つ返事で答え、明日の放課後に下見に行く事になった。
すると京野颯太が面白い顔で教室に入って来た。そして海斗向けてに怒り出した。
「おい、誰だ! 俺の顔にいたずら書きをしたのは! この顔で購買部に行っちゃったじゃないか!」
海斗達は京野の顔を見てゲラゲラ笑った。目をパチクリしても、どちらしても瞳が見えるのだ! 海斗達は大笑いになった。それを見て京野グループの仲間も声を出して笑った。松本蓮は面白かったのでスマホで動画を撮影した。
京野颯太は、あまりに皆が笑うから怒るのは馬鹿らしくなった。
佐藤美優は笑いながら京野颯太に言った。
「颯太、笑う門には福来るって、校長先生が言っていたでしょ。颯太を見て、みんな幸せになっているのよ。これも海斗達と近くにいる恩恵かもね」
橋本七海も続いた。
「その顔も良いけど、早く洗ってらっしゃい。消せなくなるわよ」
京野颯太は洗面所に向かった。皆は顔を見合わせて再び笑った。