第33話 焼き菓子教室
海斗はダイニングテーブルに並ぶ材料を一つずつチェックした。
「颯太、ちゃんと揃っているよ。調理器具まで貸してくれて有り難う」
「ウチが声を掛けるとサンプルとして貰えるんだ。だから無料で揃っちゃったよ」
「へー流石、羽衣商事だね。それじゃあ、始めようか!」
あくまでホワイトデーの贈り物なので男女別に分かれクッキーの生地作りを行う事にした。海斗は皆に五枚作るレシピをメモに取らせ、それぞれが作る各材料のグラム数を計算させた。作る枚数は女子が一律五枚だったが男子は事情が違った。教わる男子は、いきなり計算から始まると思っておらずスマホを使い計算を始めた。
遠藤駿は計算を終え頭を上げた。
「お菓子作りは計算から始まるんだね。なあ海斗、誰かが計算を間違えたら生地作りは失敗するのかな?」
「ああ、そうだよ。エレンおばさんは、計量が大事って言っていたからね」
田中拓海は不安な顔をした。
「それじゃあ、計算ミスは許されないね。もう一度、見直しをしないとね」
次に各材料を足し、必要なグラム数が集計された。次は集計された材料の計量作業となった。小麦粉をボールに足したり引いたり、すると粉の扱いに慣れて無い者ばかりでテーブルが真っ白になった。テーブルの粉が手に着き、手から顔に付いた。男子はマダラな化粧をしたような顔になり女子はそれを見て笑った。
佐藤美優は夢中でスマホを使い写真を撮った。
「イヤーン、楽しい!」
各材料の計量が終わると、汚れたテーブルを拭き取り片付けた。ようやく調理らしい工程に入った。バターをボウルに移し温める為に厨房に入ると皆は驚いた。業務用の厨房機器がズラリと並んでいたのだ。京野家では客をもてなす際に、出張したシェフが使いやすいように業務用設備が整っていた。
海斗は電子レンジでバターを少し溶かすつもりだったが、見た事のない業務用機器の操作にためらい森幸乃に声を掛けた。
「幸乃さん、この電子レンジの使い方分かりますか?」
「えー、お父さんなら未だしも、私は解からないわ」
京野颯太も触った事が無く、取説を見ながら扱う事となった。業務用の電子レンジは火力が強くあっと言う間にバターが溶けた。海斗は慌てて蓋を開けた。
「もー颯太! バターが煮立っちゃうよ!」
「ワット数が高かったのかな? ゴメン、ゴメン」
次に女子はワット数を下げてバターを温めた。
皆はダイニングテーブルに戻り、バターを白くなるまで混ぜた。次に砂糖、卵、ベーキングパウダー、小麦粉、アーモンドパウダーを入れて、更に混ぜ合わせ生地作りが完成した。皆は型抜きクッキーを家庭科で習った事があったので生地の緩さに驚いた。先生役の海斗と小野梨沙が確認すると、予定通りに出来上がっていた。
再び京野颯太と海斗はオーブンから天板を取り、取説を見ながら予熱を始めた。一つ一つの工程が実験の用で、ハラハラドキドキの作業だった。
クッキングシートを天板の上に敷いて、生地をスプーンですくい取った。スプーンの生地を落とすように並べ、フォークで整形した。ようやく完成の形が想像出来る段階まで来た。
四枚の天板に生地を並べ終わると、海斗と小野梨紗、京野颯太はコンロの前に立ち、取説を見ながら百八十度で十五分の設定した。
業務用のオーブンは一度に四段の大きな天板を並べる事ができ、大量のクッキーを焼くことが出来た。オーブンに天板を入れスタートボタンを押すと、海斗と小野梨紗はオーブンに顔を並べ覗き込んだ。皆も焼き上がりが気になり後ろから眺めた。
十分ほど経つと甘くて香ばしい香りが漂い、皆は深く息を吸った。海斗と小野梨紗は視線をそらさず真剣に焼き上がり加減を見つめていた。
「ピー、ピー、ピー」オーブンから焼き上がりを知らせる電子音が鳴った。
海斗はゆっくりオーブンのドアを開けた。二人は焼き上がりを確認すると顔を見合わせて微笑んだ。
小野梨紗は嬉しそうに声を上げた。
「ヤッター! 上手に焼けたよー!」
ドアを開けると甘くて香ばしい香りが部屋全体に行き渡った。海斗は熱い天板を慎重に取り出し、ステンレス製の作業台に一枚ずつ並べた。皆も焼き上がりを見て笑顔になった。各自の分を取り分け、再び生地を天板に並べ繰り返した。
次々と作業が終える中、海斗と京野颯太が最後まで作っていた。
京野颯太は小さな声で海斗質問をした。
「海斗は何枚作るんだ? 」
「う、うん、……颯太は何枚作るの?」
二人だけの会話のハズが、皆の耳が大きくなっていた。
「なんだよ俺が聞いたのに。俺は会社の人の分が有るから、とりあえず二十枚かな。海斗は?」
海斗は指を折り、数え出した。
「そうだね、俺は美月に美咲、梨紗と莉子と幸乃さん、葵とお母さん、七海と美優と萌、稲垣さんと桜井さん、陽菜ちゃんとレシピを教えて貰ったエレンおばさんと、自分が三枚で十七枚かな」
皆は一斉に言った。
「えー! そんなに貰ったのー!」
海斗は二人の会話のつもりだったのに、会話の中心に居た事に気付かされた。海斗を慕う女の子はホッペを膨らました。
「さあ、早く終わらせて、ティータイムにしようよ! なあ、颯太」
海斗は最後の天板をオーブンに入れてスタートボタンを押した。
「皆、お待たせ! お茶にしようよ!」
遠藤駿は一番大きな声で答えた。
「やったー! ようやく食べられるぜ!」
皆はテーブルに着き、橋本七海、佐藤美優、鈴木萌は京野颯太に聞いて紅茶を入れた。焼き上がったクッキーを大事に味わうと皆は笑顔になった。自分で作ったクッキーは特別な味がしたのだ。