第32話 人気者
長谷川先生は皆の顔を見回した。
「今日もみんな元気な顔をしているね。もうすぐ終業式だから皆勤賞を狙っている人は頑張って下さいね。油断するとインフルエンザにかかりますよ。さて先日提出された進路希望について思いの外、将来の夢を持っている事に驚かされました。将来の夢が決まっていない人は焦らず決めて欲しい。決めた人は、その職業に調べて向き合い、向いて無いと思えば早めに方針転換をすれば良い。そのために早めに将来の夢を決めるのだからね。就職してからの方向転換はロスが大きいから、この尊い時間を無駄に使わないようにして下さいね」
長谷川先生は海斗を見た。
「おい伏見、四月は生徒会長に立候補するんだって?! 校長先生に聞いたよ」
教室中が驚いた
「お前は凄いな、雪だるまの時だって校長先生はお前達の見方だしな。私が言いたいのは、伏見が将来に向き合う一歩を踏み出した事だ。陰ながら応援するよ。皆も三年になってクラスがバラバラになっても応援してあげてくれ」
朝礼が終わると、海斗の周りに仲間が集まった。皆から質問攻めになった。
海斗は困りながら説明をした。
「卒業式の前に、世話になった生徒会に挨拶に行ったんだ。将来の夢を話すと、池田会長も小川書記もココの教員を目指すなら生徒会を務めるべきだって言うんだ。後は池田会長から斉藤教頭先生へ、そこから黒岩校長先生と長谷川先生の耳に入ったんだと思うよ」
小野梨紗の目が光った。
「もし、生徒会長になったらブレーンが必要でしょ。私、書記になっても良いよ」
橋本七海も喰いついた。
「あら、ミスコン二位の人より一位の人が良いんじゃなくて!」
佐藤萌も声を上げた。
「なら、優秀な会計も必要でしょ。私、表計算アプリは得よ」
遠藤駿は吹き出した。
「ハハハ、未だ選挙もしていないのに、やっぱり海斗は人気者だな。これなら受かるかもね!」
海斗は困った顔をした。
「皆の気持ちは有り難いし、とっても嬉しいよ。でも受験と重なるからね、十分考えないとね」
小野梨紗はひらめいた。
「じゃあ、生徒会室で勉強会をすれば良いじゃん、皆でやれば楽しいじゃん!」
林莉子はときめいた。
「いつもの勉強会を生徒会室でやるのね。それも良いかも!」
鎌倉美月も続いた。
「それで文化祭は、もっと派手にしましょう。生徒会とか写真部が主催とか言わないで楽しく出来るじゃん!」
松本蓮も微笑んだ。
「それは面白いね! 遠慮が無い分だけ自由に出来るね!」
海斗は両手を前に出し、手を広げた。
「もー、話だけ一人歩きしないでよ! 選挙に出るって、そんな簡単じゃ無いだろ」
京野颯太が口を開いた。
「海斗なら大丈夫だよ、俺が協力するよ。駄目な時は、いろんな手を使って応援するからさあ」
遠藤駿は返した。
「颯太、それはマズイんじゃないの?」
「そうかな、は、は、は」
授業を知らせるチャイムが鳴った。皆は頭を切り換えて国語の準備を始めた。
(焼き菓子教室の当日)
皆は京野邸の最寄り駅で一時半に待ち合わせをし、遠藤駿が引き連れた。駅からほど近い豪邸が並ぶ一画で足を止めた。高低差を利用した住宅だった。下の道には大きな地下車庫が有り、上の道にはクラッシックな門扉がエントランスを装っていた。外構の壁も建物の壁もレンガ調のタイルが貼られ、要塞の様に大きな家だった。
京野颯太は小さな頃から友達を呼ぶと、建物に威圧され引かれる事が多かった。そのため友人を呼ばない事にしていたのだが、話のなりゆきで久し振りに呼ぶ事になった。京野グループの仲間も以前行った勉強会以来だった。京野颯太は予定の三十分も前からインターホンの前でうろうろして、到着を待っていた。
皆は京野邸に到着すると、初めて来る海斗グループは豪華さに驚かされた。遠藤駿はインターホンを鳴らすと京野颯太は応答し、門扉の電気錠を開錠した。皆はアプローチの抜け玄関まで歩くと、京野颯太は玄関ドアを開け照れくさそうに言った。
「やあ、今日はわざわざ来てもらって悪いね。どうぞ上がってくれ」
玄関ホールの天井は吹き抜で大きなシャンデリアが飾られていた。幅の広い廊下を通り、客間に通された。客間はソファーセットが有り、その奥には大きなダイニングテーブル、隣接して厨房とトイレが備わっていた。ここだけでも十分生活の出来るスペースだった。皆は、お上りさんのように部屋を見て間取りに関心をした。
ダイニングテーブルには海斗から指示の有った材料が並んでいた。丁寧にラッピングまで揃っていたのだ。流石、仕事モードの京野颯太は出来る男だった。
皆はテーブルを囲み、京野颯太はテーブルの短辺側に立った。自然と偉い場所に立つのが京野颯太なのだ。
「海斗、どうだ? この材料で間違いないだろ?」
海斗は材料よりも環境に驚き、本題が入って来なかった。
「やっぱ、颯太の家は豪邸だな。驚いちゃって緊張しちゃうよ」
京野颯太は皆を見ると皆も緊張していた。昔、友達を連れて来た時と同じ反応だった。京野颯太は悪い雰囲気になる前に一生懸命に考えた。しかし気の利いた言葉は見付からずにいた。
すると遠藤駿がお尻を押さえた。
「プ~! あっ、ゴメン我慢していたけど、つい!」
皆は緊張の糸が切れて笑い出した。松本蓮は笑いながら遠藤駿を見た。
「こんな所でおならなんて、は、は、は、あー遠藤は面白いな! 良い仕事したね」
橋本七海も続いた。
「流石、ウチのムードメーカーね、ププッ! おかしいわ」
遠藤駿も照れながら笑うと京野颯太も笑った。すっかりいつもの状態に戻ったのだ。