第30話 幸乃の門出
森幸乃は港湾課の教室に皆で来てくれた事を思い出した。
「この前は皆で遊びに来てくれて有り難う。男子も女子も、クラスの皆が喜んでいたのよ。写真まで撮ってくれて有り難う。卒業前に皆も良い思い出になったわ」
松本蓮も思い出した。
「幸乃さん、ププッ! 教室では女帝と呼ばれていたんですね。ポジションが解りますよ!」
京野颯太も続いた。
「こら男子殺すぞって言ったら、静かになりましたね。可笑しかったですよ」
鎌倉美月も続いた。
「あー、あの時ね。私は分るなー、折角の機会に水を差したのだからねー、ねえ海斗」
「そうだね、でも教室の皆と集合写真を提案するなんて。気配りが出来て流石、幸乃さんだよ」
「ウフッ、有り難う。私ね、たまたま君たちと出会えて、人生が大きく変わったのよ。卒業までの十一ケ月は本当に楽しかったわ。颯太君にも会えて就職まで決まって……」
森幸乃は涙ぐむとマスターがコーヒーを持ってきた。
「ホント君たちには、お世話になったよ。有り難う」
森幸乃はスマホを取り出し、港湾課の教室で撮った集合写真を見つめた。
「ねえ、港湾課に来た時、鎌倉さんは学園の有名人が居たのを気が付いたかしら? 前に学園の裏サイトで破局報道をされた野球部のキャプテンよ!」
鎌倉美月は自分のスマホで確認をすると、確かに見覚えの有る顔だった。
「あ、ホントだ! へー、幸乃さんの教室に居たんだー」
「ウチの教室には有名人が一人だったの。でも君達が来たら、くすんじゃったわ。君達は特別なのよね」
鎌倉美月は森幸乃を見た。
「ねえ幸乃さん、卒業旅行のご予定は?」
「ええ、北海道に決めたわ! 君達が修学旅行で行った写真を見て、行ってみたくなったの。そうしたら友達からも北海道が良いって言い出したから、素直に決まったのよ。札幌も小樽も見てくるわ」
海斗も続いた。
「幸乃さんのお土産話、楽しみだなあ。小樽は石造りの建物が多くて、ガラス細工のお店が多いんだ。でもグループに男子が居たら、余り待たせないで下さい。待つだけでも疲れるからね、ねえ美月?」
鎌倉美月は口を尖らせた。
「ねえ幸乃さん、一つのお店に入れば四、五十分はいるでしょ。海斗と蓮は二十分で出て来ちゃうの。歩きもしないで店頭で待っているだけなのに、疲れたって言うんですよ!」
「フフ、目に浮かぶわね。でも安心して、女子旅だから」
京野颯太はホッとした。
「幸乃さんが女子旅で安心しました。旅先の男には気を付けて下さいね」
鎌倉美月は答えた。
「幸乃さんなら大丈夫よ。だって颯太に最初に会った時だって、相手にしなかったでしょ。教室の中だって女帝よ! 強いんだからね」
皆は顔を見合せて笑った。
すると食欲を誘う香りと共に、マスターがやって来た。
「ナポリタンしか作れないと思われないようにカルボナーラを作ってみたよ。今日は、めでたいからご馳走するよ! どうぞ召し上がれ」
「やったー!」
ソースは濃い黄味の味とバターの香り、厚めに切ったベーコンで塩味が整えられていた。ソースは平麺と良く絡み、クルクルと山状に盛り付けられ粗挽き胡椒がかかっていた。マスターは皆が集まると思い準備していたのだ。
海斗、松本蓮、鎌倉美月には高級な味を、ゆっくり味わった。食事中は松本蓮がスマホを取り出し、北海道の見所を写真を見ながら説明をした。
食事を終えると森幸乃は海斗を見た。
「ねえ、葵ちゃんも卒業ね。葵ちゃんは不安定になっていない?」
「それが不安定と言うより興奮しているよ。やっぱり俺たちの事が気になるみたいで、同じ高校生に成るのが楽しみなんだ」
皆は微笑んだ。鎌倉美月は思った。
「確かにそうね、文化祭の時もうらやましがっていたし、校長先生にイジられる海斗を見たがっていたもの。期待の方が大きいのね」
松本蓮も続いた。
「今度は春菜ちゃんも来るからね、どうなる事やら!」
海斗は心配を漏らした。
「俺は妹との距離を心配しているんだ。適度な嘘も今度はバレちゃうしね。写真部に入ったら行きも帰りも同じになっちゃうよ。喫茶「純」まで一緒に付いて来たら、なあ美月どうしたら良いんだ?」
皆は肩を落とした。
「まあ、考えてもしょうが無い事は考えないの! 疲れるだけでしょ。問題になる時は私だって、蓮だっているから頼りにしなよ!」
海斗は鎌倉美月を見上げた。
「美月、有り難う」
森幸乃は大きく、ため息をした。
「あーあ、新しい展開が始まるのに、振り回される海斗君が見られなくって残念だわ」
海斗は森幸乃に話しかけた。
「幸乃さんだって、新しい展開ですよ。ホントの別れじゃ無いけど、体に気を付けて過ごして下さい。仕事で困った時は力にはなれませんが、気晴らしぐらいは付き合いますよ。気軽に連絡をして下さいね」
松本蓮も続いた。
「幸乃さん、颯太が悪さをしたら遠慮無く言ってね。友達目線で注意出来るのは俺達だけだからさ!」
鎌倉美月も続きたいのだが、泣き出した。
「わー、おめでたいのに悲しいわー。体に気を付けて下さい、不安な感情が強くなったら気軽に連絡下さいね。写真部の部室のように女子会トークをしましょう」
森幸乃は気遣う鎌倉美月にハグをした。
「有り難う。とっても嬉しいわ」
京野颯太は眉間にシワを寄せ皆を見た。
「そんな心配をしなくても大丈夫だよ! ウチの会社なんだから」
海斗は京野颯太に言った。
「颯太の会社だから安心だけど、大手だから心配なんだよ! いろんな人が居て、目が行き届かないだろ」
「まあ、その事だけどね。本社ビルで働けるように根回ししているんだ。そうすれば心配は少なくなるだろ」
皆の顔が明るくなった。海斗は続けた。
「有り難う、社会人の颯太は頼りになるね。さあ安心した所で、そろそろ帰ろうか。今晩は、幸乃さんの家族でお祝いも有るだろうしね」
「皆、今日もいろいろ有り難う。ホントに私、嬉しいわ。」
海斗達は安心した所で席を立つと、森幸乃は一人ずつ握手を交わした。握手が終わると皆は、さっぱりとした表情となった。心の踏ん切りが付いたのだ。海斗達は森幸乃とマスターにお礼を伝え退店した。過ぎ去る時間を実感する一日となった。