第25話 雛人形
海斗も林莉子は一人っ子だと思っていた。
「莉子に妹が二人も居たなんて知らなかったよ!」
「え、海斗に言わなかったっけ? てっきり知っていると思ったわ。ねえ梨紗、雛人形は全て置く場所が決まっているのよ」
「へー、そうなんだ。一番目はそうだと思うけど、二段目以降は良いのかと思ったわ。それじゃあ、覚えていないと並べる事も出来ないのね」
「そうなのよ、小さい頃はイラストを参考にしながら、お母さんと一緒に飾ったの。さあ、立ち話もなんだから座って。今、グラスを用意するわね」
林莉子が居なくなると、ふすまの奥から物音が聞こえた。
「ちょっと押さないでよ! ヤダもー、押すなよー、……キャー!」
ふすまが倒れて妹二人が倒れ込んだ。彼女達は姉が初めて連れて来た男子に興味が有ったのだ。
中山美咲は声を掛けた。
「ププッ! 凄い登場の仕方ね、久しぶり。今年も雛人形を見に来たのよ。綺麗に飾ったね」
「うん、褒めてくれて有り難う。結構、大変なんだよ」
二人は恥ずかしがった。すると林莉子が戻って来た。
「ちょっと、あんた達! 奥に居てって言ったでしょ。ゴメンね、皆」
二人は逃げ出すように出て行った。林莉子はグラスを置いて障子を直した。
林莉子は咳払いをして、仕切り直した。
「エヘン! それでは雛人形とは何か、男子に教えて進ぜよう! 雛祭りは女の子の健やかな成長を願って祝うお祝いよね。実はこの人形のモデルは皇室の結婚式なのよ。だから一段目のお内裏様は笏を持っているでしょ。右側には、お雛様を置くのよ。二段目は三人官女、二人を仕え裏方の仕事をする人。三段目の五人ばやしは音楽を奏でる人。四段目は左大臣と右大臣ね、二人を守る家来。五段目は仕丁、これは庶民のお手伝いさん。良く見ると三人とも表情が有るのよ。泣く者、笑う者、怒る者が居るの。六段目と七段目はお雛道具と言って、お雛様の嫁入り道具なのよ」
説明を終えると皆は拍手をした。小野梨沙は童謡を思い出した。
「有難う、勉強になったわ。うれしい雛祭りの歌がココに並んでいるのね」
「そうーなのよ。並べるときは、どうしても歌っちゃうのよね」
しばらく華やかな雛飾りを眺めた。
海斗は目線を庭に移した。
「莉子、凄い景色だねー。広縁の先に池が有って、奥の緑と一体化している。建具が額のようになって一枚の大きな絵を見ているようだよ」
「へー海斗、興味が有るんだあ。お父さんの自慢の庭でも見る?」
皆は庭に移動した。手入れの行き届いた庭に梅が咲き、メジロが遊びに来ていた。松本蓮はすかさずレンズを向けた。さらに歩くと深さの有る池には錦鯉が飼われ、近くに灯篭があった。小野梨沙はシーソーの様に動く竹の仕掛けに目が止まった。
「ねえ莉子、コレ昔から気になっていたの、面白い仕掛けね。観賞用の置物なの?」
「これはね、ししおどしよ。観賞用の置物の様に見えるけど、本来の目的は動物を追い払うものなの。だから動いたり音が鳴ったりするのよ。因みに漢字では鹿を脅すって書くのよ」
梨紗ばかりではなく、皆も驚き関心をした。
「でもね、ププッ! 野良猫は驚かないのよ」
皆は再び感心をした。
林莉子は時計を見て話し掛けた。
「さあ、お昼にしましょう! 特別なモノが有るのよ」
皆は客間に戻ると、林莉子と中山美咲はキッチンに向かった。林莉子は大きな寿司桶を重そうに持ってきた。中山美咲もお盆に沢山のおかずをのせて持ってきたのだ。
「見て! 今日はね、莉子が早起きをして散らし寿司を用意してくれたのー!」
皆の顔が笑顔になった。林莉子自慢げに話し掛けた。
「そうよ、頑張って作ったわ! 皆が楽しめるように後は飾るだけよ!」
林莉子は、すし飯と干し椎茸の煮物、錦糸卵、デンブ、海老、絹さや海苔をのせるだけの状態で用意した。各人で好みの量を取り飾り付けるのだ。
皆は手を洗い、林莉子に感謝して盛り付けを始めた。なかでも小野梨沙は喜んで盛り付けた。
「ねえ、とっても楽しい! こうやって散らし寿司を作るのね」
林莉子はニッコリ笑った。
「この散らし寿司は、梨沙が一番喜ぶと思って仕上げなかったのよ!」
「えーホント! 有り難う莉子」
鎌倉美月は用意された品数に感心した。
「しかし莉子、これだけ揃えるのは大変だったでしょ。煮物に焼き物。エビの下処理まで、ねえ梨沙、更に酢飯まで作るのよ、大変な作業だよね?」
「そう言われて見ると大変な手間ね。火を使った後で細かく刻むのも大変だわ」
「そうなのよ! この料理はシンプルに見えるけど手間がかかるのよ。ねえ美咲、もう一度手伝って」
林莉子と中山美咲はキッチンから、お椀を持ってきた。配膳を済ませると皆は林莉子にお礼を言って箸を付けた。
鎌倉美月は喜んだ。
「わー凄い! ハマグリのお吸い物だわ、本格的ねー。しっかりひな祭りの祝いになったわね」
一人っ子の海斗も松本蓮も、雛祭りを祝う習慣が無く育ってきた。ひな祭りの祝い方について初めて触れたのだった。
「なあ蓮、散らし寿司にハマグリのお吸い物はセットなのか?」
「やあ、何となく食べた気もするけど、俺も一人っ子だから雛祭りに祝う習慣がないんだ。なあ美月、ハマグリのお吸い物は何でお祝いになるの?」
「……んー、分かんない。昔からの決まりなのよ! 美咲なら分かるかしら?」
「うーうん、私も分からないわ。こう言うのは莉子先生なら分かるんじゃない?!」