第1話 三学期の始まり
三学期の始業式を迎えた。この日も乾燥した冷たい朝だった。連日ルーズな生活を送った体には辛い目覚めとなるはずが、今日の海斗は違っていた。皆に会うのが楽しみで、いつもより一時間も早く目が覚めたのだ。海斗は着替えを済ませ階段を下りた。葵は海斗の物音に気付き、慌てて着替えを済ませた。二人は朝食を済ませ、二十分も前に家を出発をしたのだ。朝の二十分は大変貴重な時間にも関わらず、葵は海斗と通学をしたかったので合わせて学園に向かった。
「お兄ちゃん、今朝は早いね。ホントは何か有るんでしょ?」
「ホントに無いよ! 葵はいつも通りで、よかったのに」
「私はお兄ちゃんと学校へ行く時間は大事なの! だから一人で先に行かないで!」
「有り難う葵、今朝は風が冷たくてとっても寒いね」
「うん、さぶい!」
海斗も葵もマフラーを口元まで上げて駅に向かった。
学園の最寄り駅、石川町駅を下車した。上り坂の通学路には学生の姿は未だ少なかった。すると海斗を呼ぶ声が聞こえた。
「海斗! おはよう」
海斗は振り向いた。
「蓮、美月、おはよう! 今年も宜しく! 二人も早かったんだね」
「蓮が早く行くって言うからさあ……。海斗、葵ちゃん、今年もよろしく!」
「海斗、お前も早く仲間と会いたかったんだろ?!」
「ああ、図星だ! やっぱ、幼馴染だな」
皆で笑った。
「皆、おっはよー! 今年も宜しく」
元気印の挨拶で小野梨紗も駆け寄った。梨紗も皆と挨拶を交わした。皆の息は白い湯気が出るほど寒かったが、寒さなど気にしない程、再会に夢中になっていた。到着すると葵は校門で別れ、皆は昇降口に向かった。
すると海斗は立ち尽くした。海斗の下駄箱には扉の隙間四辺に手紙が刺さっていたのだ。この手紙はいつ指し込んだのであろうか。皆は肩を落とした。
小野梨紗は手紙を引き抜いて、用意していたコンビニ袋に入れた。
「はい、私が検閲しまーす!」
小野梨紗も慣れたものだった。松本蓮は海斗の心に寄り添った。
「海斗、同情するよ。終業式で持ち上げられたもんな」
鎌倉美月は海斗の肩を叩いた。
「海斗、しょうがないよ。気にしない、気にしない」
皆は教室に向かった。
教室には既に中山美咲と林莉子がいた。海斗達は教室に入り挨拶を交わした。中山美咲は海斗を見て、江ノ島デートを思い出し恥ずかしくなった。小さな声で話し掛けた。
「海斗おはよう、皆も早いのね」
「美咲もなんだ、早く皆と会いたくて早く来ちゃったよ」
皆は年始の挨拶を交わした。海斗は机の前に立ち、椅子を引くとハートのマークが書かれた手紙が雪崩れ落ちた。小野梨紗は手際よく海斗をどかし、手紙をコンビニ袋に入れた。
「ねえ美咲、下駄箱にも隙間に指し込んであったのよ。後で皆で検閲しましょうね!」
中山美咲は頬を膨らました。
「うん、そうね! 新年早々、気が引けるけど火種は消さ無いとね、フフ」
遠藤駿が声をかけた。
「皆、今年も宜しくね。海斗はまたコレかー、今日は持ち上げられないよな?!」
皆は心配をして海斗を見た。
「ああ、この冬休みは特別な事は無かったから、きっと大丈夫だよ!」
仲間は安心をした。次々と京野グループの友達も皆と挨拶を交わした。
チャイムが鳴ると、長谷川先生が教室のドアを開けた。うるさかった教室が静かになった。長谷川先生は皆を見回して微笑んだ。
「新年明けましておめでとう御座います。皆、揃っているね。元気そうで何よりです。始業式が終わってからゆっくり話すとして、まずは体育感へ向かいます。廊下に並んで下さい」
生徒達は廊下に並び、体育館に向かった。
いつもの様に始業式が始まった。底冷えのする体育館で生徒達は整列し終了を待っていた。始業式は淡々と進み、大取りの黒岩校長先生の話となった。
「新年明けましておめでとう御座います。ご来賓の方々お寒い中、御足労頂き有り難う御座います。さて生徒諸君の中で、このお正月休みに大変喜ばしい事をした生徒がいます。私からお祝いをさせて頂きます」
生徒達はざわついた。
「おやおや、このざわめきは今度こそ自分の番だと思っているのかな?! さてさて、二年B組の伏見君! 伏見君は居るかな?!」
黄色い声が聴こえ、再び生徒達はざわ付いた。全校生徒は伏見海斗に注目をした。海斗は驚き、仲間達も海斗を見つめた。
校長先生は海斗に手を振った。
「やあ、伏見君! ププッ! 今回は君じゃないよ」
海斗と仲間達はズッコけた。斉藤教頭先生も舞台の上でコケた。更に生徒達の一部もずっこけた。生徒達から笑いが起こったのだ。まるで始業式が吉本新喜劇の一場面の様になった。黒岩校長先生は指を指し、手を叩いて喜んだ。まるで子供である。
「あー、は、は、は! 新年早々、面白いね-! 笑う門には福来たるって言ってね。笑いは幸せを連れてくるんだよ。何といっても生徒達のリアクションが良い! 伏見君は人気者なんだね。
さて、本題に戻ります。この正月に鎌倉で行われた、神奈川県カルタ大会高校生の部で優勝をした生徒がいます。普通科三年B組・小川優花さん! 手を上げて下さい」
全校生徒は三年B組に注目した。小川優花は恥ずかしそうに小さく手を挙げた。
黒岩校長先生は続けた。
「小川さん、おめでとう御座います。皆さん小川さんに拍手をしてあげて下さい」
生徒達は拍手を送った。
「私は、生徒諸君が華々しい成績を達成する度に、自分の事のように嬉しくなります。彼女は先月に生徒会でも大変活躍した生徒です。皆さんも小さな事でも良いので是非、私を喜ばせて下さい。それから……」
黒岩校長先生は上機嫌だった。引き続き新年らしい挨拶を続けワンマンショーが終わった。その後、斉藤教頭先生から幾つかのお知らせをして始業式は閉会した。