5 佐渡部長は碇が欲しい
俺はその事に少なからぬ心当たりがあったが、あえて素知らぬ顔でこう尋ねた。
「だ、誰かと思えばソフト部の佐渡先輩やないですか。
どうしたんです?俺をこんな所まで連れて来て」
すると佐渡先輩は、俺の胸ぐらを掴んで言った。
「あんた、よくもやってくれたな」
「え?俺、佐渡先輩に何かしましたか?」
「しらばっくれてからに。小暮をウチの部から引き抜いたやろ!」
「ああ・・・・・・」
やっぱりその事か。
でも引き抜いたっちゅうのは大きな誤解なので、俺はそれを佐渡先輩に説明した。
「いややなぁ、それは誤解ですよ。小暮は自分の意志で野球部に入ってくれたんです」
「嘘つくな!あんたが小暮を勧誘してたのは知ってるんやで!
うまい事たぶらかして小暮を引き抜いたんやろ!」
「たぶらかすって、それこそ誤解ですよ。
何しろ俺が小暮を野球部に勧誘した時は、にべもなく断られましたからね。
それが後になって、あいつの方から野球部に入るって言ってくれたんです」
「だからそれは小暮があんたにたぶらかされたからやろ!
小暮がソフト部を辞めるって言うた時、あの子は完全に恋する乙女の目になってたからな!」
「へぇ?あいつって誰か好きな奴が居るんですか?ちょっと意外ですね」
「・・・・・・」
俺が素でそう言うと、佐渡先輩は呆れたように口をつぐんだ。
そして俺の胸ぐらから手を離し、頭をかきながら言った。
「まあええわ。でももうひとつ、あたしはあんたに言いたい事があるんや」
「な、何ですか?」
俺がそう聞くと、佐渡先輩は再び俺の胸ぐらを掴んで声を荒げた。
「あんたらはこの前のウチらとの勝負で負けたのに、
その報酬をウチの部に払ってないやろ!」
「ええ?だってあの勝負は校長の悪だくみで仕組まれたモンやから、
勝ち負けの話はもう無効でしょう?」
「そんな事ないわ!そもそもウチの部はもらえるはずの予算はもらえず、
おまけに超有望新人やった小暮まであんたら野球部に引き抜かれたんや。
それやったらあんたらも何かしらのお返しをするのが筋ってモンやろ!」
「お返しって、金でもよこせって言うんですか?」
「そんなモンいらん!その代わり・・・・・・」
と、佐渡先輩は俺の胸ぐらから手を離して急にモジモジしだし、
一転して大人しい口調になってこう続けた。
「あの子を、ウチの部にちょうだい」
「あの子?あの子ってまさか、碇の事ですか?」
「そ、そうや!ウチらは小暮をあげたんやから、
そっちも碇君をこっちに渡すのが筋やろ!」
「どんな筋ですかっ。例えそんな筋があっても、碇は絶対に渡しませんよ。
あいつはウチのチームが甲子園に行くために絶対必要な戦力なんです」
「何やってぇっ⁉あんたって奴はぁっ!」
佐渡先輩はそう叫ぶと、今度は両手で俺の首を締めあげてきた。
「ぐええっ!ぐ、ぐるじぃ・・・・・・」
呼吸困難になり、もだえ苦しむ俺。
この人はその辺のひ弱な男子よりもはるかに腕力があるので、
俺はたちまち意識がもうろうとしてきた。
しかし佐渡先輩の目は完全に血走っており、手を放してくれそうな様子は微塵もない。
このままやと俺は、ホンマに殺されてしまう!
と、思ったその時やった。
「ちょっと!何してんのよあんた!」
佐渡先輩の背後から、別の女子生徒の声がした。
ぼやける視界でそちらを見やると、そこに新聞部の鹿島栞さんが居た。