6 植葉は右投げ左打ち
そしてスパイクで地面を踏みならしながら俺に言った。
「初回からビッグイニングになりそうやな。
もう早いところ帰る準備をしといた方がええんとちゃうか?」
それに対して俺は冷静な口調でこう返す。
「まだ一点も入ってませんよ?」
「フン、今から俺のバットで口火を切ったるわ」
植葉はそう言ってバットを構える。
見るからに打ったるぞという構えや。
でもそのおかげでちょっと力んでいるようにも見える。
これなら少々ボール気味のコースでも手を出すんとちゃうか。
とりあえず外に一球外して様子を見よう。
守備隊形は、初回という事で前進守備ではなくダブルプレーを優先したシフト。
一点取られてもワンナウトを取れれば良し。
ダブルプレーなら尚良しという隊形や。
そんな中俺のサインに頷いた碇が、植葉への第一球を投げた!
外角へボールふたつ外れたストレート。
その球に植葉のバットがピクッと反応したが、そのまま見送ってボールとなった。
こりゃあ相当打ち気満々やな。
これなら内角の厳しい球にも手を出してくれそうや。
そう考えた俺は、今度は植葉の内角にミットを構えた。
次に要求するのはさっきよりも少し力を入れたストレート。
そして碇は俺の要求通り、植葉の内角に少し速めのストレートを投げ込んだ!
その球を植葉は強引に打ちにきた!
ガキィン!
鈍い音が響き、植葉のバットの根元に当たった打球が碇の前にボテボテと転がった。
「クソッ!」
と言って走り出す植葉。
碇はすぐにピッチャーマウンドから降りてそのボールを拾い上げ、
素早く二塁に送球!
ベースカバーに入ったキャプテンがそのボールを受けて一塁ランナーフォースアウト!
すかさずそれを一塁に送ってバッターランナーもアウト!
一、六、三のダブルプレーでスリーアウトチェンジ!
これで初回のワンナウト一塁三塁のピンチを、何とか無失点で切り抜ける事ができた。
一塁ベンチの戻ってプロテクターを外し、ホッと一息ついていると、
背後から遠川監督が話しかけてきた。
「うまく詰まらせたな」
「はい、あっちは打つ気満々だったんで、誘い球にうまく引っかかってくれました」
「ところで松山の球はもう少し速かったと思うんだが、今日は調子が悪いのか?」
「いえ、あちらが碇をナメてくれているので、
六回ぐらいまでこの調子でのらりくらりと打たせてとっていこうかと思っています。
先輩達もだいぶ守備がうまくなっているんで」
「だがそれで許される失点は二点までだぞ。
それ以上取られると、ウチの攻撃力では恐らく逆転できない」
「あの植葉って人は、やっぱり凄いんですか?」
「ああ、人間はひねくれているが、投手としては一流だよ」
と遠川監督が言った時、
「ストライク!バッターアウト!」
と、三人目の(・)打者の碇が三振に倒れ、
あっという間にスリーアウトチェンジになってしもうた。
しかもこの回はウチの自慢の上位打線が三者三振。
どうやら遠川監督の言葉はホンマらしい。
でもまだスコアは〇対〇で試合も始まったばかり。
勝負はまだまだこれからや!




