2 小暮の着替え事情
「まあ、別にええやないか」
朝練が終わり、校舎の一階にある部室で着替えていると、
張高野球部のショートでキャプテンの東倉山男先輩が、俺に笑いながら言った。
それに対して俺は不機嫌にユニフォームを脱ぎながらこう返す。
「だってあいつらのお目当ては碇と小暮だけなんですよ?
野球部そのものを応援する気なんて、これっぽっちもありゃしない」
「でもどんな形であれ、野球部に興味を持ってくれるのはええこっちゃ。なぁ山下?」
キャプテンにそう言われた、
張高野球部のライトで市長の息子の山下耕太先輩は、
ぽっちゃりした顔でニッコリ笑って言った。
「うん、今までだと女の子自体が周りに居なかったからね。
ああやって見に来てくれるだけでも嬉しいよ」
この人は前向きやなぁと思っていると、
その隣に居た張高野球部のサードで病弱の手古山修二先輩が、
右手の拳をグッと握りながら言った。
「そうや!女子生徒が見に来てくれるってだけで、血がたぎるわ!」
そう言って鼻血をたらす手古山先輩。
この人が血をたぎらせると健康を損なうので注意してほしいところや。
するとそんな中、張高野球部のレフトでイケメンな向井富一先輩が、
「そういえば」と言って口を挟んできた。
「その女子に大人気の松山君と小暮君は何処に行ったんだろう?」
その質問には俺が答えた。
「碇は今日日直なんで、さっさと着替えて教室に行きました。
小暮は、トイレにでも行ったんじゃないですかね?」
碇が日直で先に行ったっちゅうのはホンマやけど、
小暮がトイレに行っているのには少し事情がある。
小暮は見た目は男っぽいものの、性別はれっきとした女や(この前確認もした)。
なのでユニフォームの着替えはいつもトイレで行っている。
部活が始まる前に先にトイレで着替えてグラウンドに現れ、
部活が終わると再びトイレに直行する。
何しろ俺と碇以外の野球部メンバーは小暮が女やという事を知らんので、
下手に自分が女やとバレんように気を遣ってるんや。
別に隠すつもりはないんやけど、小暮が正式に野球部に入部した時、
先輩達は完全に小暮を男やと思い込んで接したために、
本人も言うに言えなくなってしもうたみたいや。
難儀なこっちゃ。
「でもまあ、ようやくウチの部も野球チームらしくなってきたな。
これで甲子園目指して頑張れるってもんだぜ」
張高野球部のもう一人のピッチャーで坊主頭の岩佐春秋先輩が、
そう言って左の掌に右の拳を打ち込んだ。
そしてその言葉にもう一人のキャッチャーで七三分け頭の近藤平太先輩が、
「そうだよ!ガンちゃん(岩佐先輩の事)が居れば百人力だよ!」
と言えば、岩佐先輩は
「そうだろそうだろ!」
と言って声高らかに笑った。
しかし張高野球部のファーストで金貸し屋の息子の千田銅次郎先輩が
「ま、何かあったら真っ先に逃げ出すのも岩佐やけどなぁ」
と言ってからかうと、岩佐先輩は顔を真っ赤にして黙りこんでしもうた。
それを見た他の先輩達はどっと笑ったが、俺は真面目な顔で東倉キャプテンに言った。
「ところでキャプテン、俺、前からずっと気になっていた事があるんですけど」
「ん?何や?」
笑うのをやめて俺の方に振り向いたキャプテンに、俺は神妙な口調で尋ねた。