8 植葉組のセガレ
「わかった。ここに通してくれ」
沙夜さんが一転して真剣な顔になってそう言うと、
組員の男は「わかりやした!」と元気よく返事をし、部屋を出て行った。
そして沙夜さんは俺達の方に向き直って言った。
「今から私の婚約者の男が来ます。
もし、その男が私の婚約解消の申し出に怒って暴れ出したりしたら、
その時は迷わず逃げてください。あいつは逆上すると何をするかわからないので」
それに対して下積先生は力強く言った。
「いいえ逃げません!僕らはその男から沙夜さんを守るために来たんですから!」
するとそれを聞いた沙夜さんは、
「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」
と言って下積先生から目をそらした。
下積先生は今の言葉を無意識に言うたんやろうけど、
この勢いでプロポーズすれば、案外うまくいくと思うんやけどなぁ。
まあ、告白の時になったらまたパニックになるんやろうけど。
俺がそう思う中、沙夜さんがソファーの真ん中に座り、
その左隣に下積先生、右隣に俺が座った。
そして少しして部屋の扉がガチャッと開き、
「おう、また会いに来たったぞ!」
という声とともに、一人の男が現れた。
その男は身体が細めで背が高く、まっ金々の髪をオールバックにし、
青いカッターシャツに黄色いネクタイを締め、
上下赤のスーツを着ている。
目つきが悪く、両手をズボンのポケットに突っ込み、
ちょっと猫背で顎を突き出すようにしている様は、
いかにもその筋の人という印象やった。
あの男が沙夜さんの婚約者なんか。
名前は確か植葉則文っちゅうたかな。
確かに『無頼漢』という通り名がピッタリという感じやな。
そう思っていると、植葉はソファーの近くに歩み寄り、俺と下積先生を交互に見て言った。
「何やこいつら?初めて見る顔やな?」
「あ、ただの付き人なんで、どうぞお気になさらず」
俺は下手な愛想笑いを浮かべながらそう言った。
すると植葉は目を細めて俺にガンを飛ばしてきたが、
「ま、別にええけどな」
と言って沙夜さんの正面のソファーにドカッと腰掛けた。
何かこの男を見てると、矢沙暮高校の花町を思い出す。
あいつも何年かしたらこんな感じになるんやろうか?
そんな事を考えていると、植葉はニヤついた笑みを浮かべながら言った。
「今日はな、お前に知らせときたい事があって来たんや。
実はな、俺とお前の祝言を上げる日取りが決まったんや」
それに対して沙夜さんは、冷たい口調でこう返す。
「そうか、実は私もお前に知らせておきたい事があるんだ」
「あん?何や?」
ニヤニヤしながら聞き返す植葉に、沙夜さんはキッパリと言った。
「私は、お前との婚約を解消する事にした」
それに対して植葉。
「おおそうか。で、祝言の日取りやけどな・・・・・・
って、どええっ⁉婚約を解消するやとぉっ⁉」
植葉は一転して目を大きく見開き、ガバッと立ちあがって声を荒げた。
「ど、ど、どういう事やねん⁉何でいきなりそんな事を言いだすんや⁉」
すると沙夜さんも立ち上がり、強い口調でこう返す。
「自分の夢を追いかけたくなったんだよ。
その為にはお前との婚約を解消するしかないんだ」
「なっ⁉夢ってあれか?高校野球の監督になって、甲子園を目指すっちゅうやつか?」
「そうだ」
「そんなモン無理に決まってるやろ!そんな夢は捨てて、俺と夫婦になれや!」
「それは無理だ。そもそも私はお前が大嫌いだ」
「なっ⁉」
流石にショックだったのか、沙夜さんのストレートな言葉にたじろぐ植葉。
そして絞り出すような声で続けた。
「お、俺はこんなにもお前の事を愛してるのに、
何でお前はそれをわかってくれへんのや・・・・・・」
「わからんな。お前の愛などわかりたくもない」
にべもなく言い放つ沙夜さん。
すると植葉は再び声を荒げた。
「ふざけおって!そもそも夢を追いかけるっちゅうても、
女のお前に監督を頼む野球部なんかある訳ないやろうが!」
「それがあるんだ」
「何やと⁉」
「ここに居る二人は、
張金高校という学校の野球部で顧問をしている下積先生と、部員の正野君だ。
この人達が私を監督として迎えたいと言ってくれているんだ。
だから私もそれを引き受けたいと思っている」
「ふっざけんな!」
怒り心頭の植葉はそう叫ぶと同時に下積先生の元に駆け寄り、その胸ぐらを掴みあげた。
「お前のせいで俺と沙夜の縁談がなくなるんか!そんなモン納得できるかボケェッ!」
しかし下積先生もひるまず立ちあがり、植葉の目をまっすぐに見据えてこう言った。
「これは沙夜さんが望んでいる事なんだ!だからどうか聞き入れてください!」
「やかましいわ!お前が余計な事するから沙夜がおかしな事を言い出したんやないけ!
こうなったら連れの部員もろともぶっ殺したるわい!」
「でええええっ⁉俺も⁉」
植葉の言葉に俺は思わず声を上げる。
これは今度こそ生きて帰られへんかもしれん!
と思ったその時やった。
バコォッ!




