2 組長とおかみさん
はい、実はそうやったんですね。
ちなみに俺と下積先生の背後には、サングラスに黒スーツを着た男達が、
百人くらいズラッと並んでいます。
皆さんとてもいかつくて屈強な方ばかりです。
ハッキリ言うて怖いです。
もう帰りたいです。
でも下手に動けば背後から銃で撃たれそうです。
さっきから冷や汗が止まりません。
それは隣の下積先生も同様で、畳に正座したまま身体が硬直し、
恐怖のあまりに顔が青ざめている。
これはもしかしなくてもえらい所に来てしもうたで。
まさか遠川さんが極道の娘さんやったなんて。
これから俺達はどうなってしまうんやろう?
遠川さんがどうのこうの言う以前に、
ちゃんと生きてここを出られるんかいな?
さて、そんな緊迫した状況の中、
最初に口を開いたのは遠川さんのお父さんやった。
遠川さんのお父さんは、見た目にたがわぬ迫力のある声で遠川さんに言った。
「沙夜、ワシに話っちゅうのは何や?」
それに対して遠川さんは、三つ指をついて頭を下げながらこう言った。
「このたびの私と則文さんとの縁談の話を、解消していただけないでしょうか」
「な、なにぃいいいいいっ⁉」
遠川さんの言葉に驚きの声を上げる遠川組長。
背後の部下達も一斉にどよめく。
そして遠川組長がガバッと立ち上がって声を荒げた。
「何をいきなり言いだすんやお前は⁉
植葉のセガレとの縁談を解消したいやと⁉そんなモン許される訳ないやろ!」
怒り狂う遠川組長。
やっぱり生で見る極道はシャレにならん怖さや。
するとそんな遠川組長を制し、遠川さんのお母さんが口を挟んだ。
「沙夜、どうして突然そんな事を言うの?何か理由があるのかしら?」
それに対して遠川さんは、まっすぐに母親の目を見つめてこう言った。
「私、やっぱり自分の夢を追いかけたいの。
高校野球の監督になって、甲子園に出場にするという夢を」
「まだそんなアホな事言うとんのか⁉
お前は植葉のセガレと一緒になって、この遠川組の後を継ぐんやろうが!」
遠川さんの言葉に遠川組長はそう言って声を荒げたが、
遠川さんのお母さんは変わらぬ口調でこう続けた。
「あなたはその夢を一度諦めたでしょう?
それがどうしてまた追いかけたいという気持ちになったのかしら?」
すると遠川さんはチラッと俺達の方を見やって言った。
「それは、こちらに居る張金高校野球部の二人が、
私を監督として迎えたいって言ってくれてるからよ」
「何やとぉっ⁉お前らが沙夜をたぶらかしたんか!」
遠川組長はそう言うと同時に立ちあがり、
俺達の方へズカズカと歩み寄って来た。
そして背後の組員達も立ち上がり、おだやかではない目つきで俺達を睨んでいる。
何かとんでもない事になってきましたよ⁉
これは早いとこ逃げた方がええんとちゃいまっか⁉
しかし情けない事に、
俺は恐怖のあまりに足腰がガクガクしてどうにもならん状態やった。
こんな時に小説の語り部とかやってる場合とちゃうでホンマに。
一方の下積先生は、諦めたようにガックリとうなだれている。
そんな下積先生の前に、遠川組長が立ちはだかる。
そして鬼のような形相でこう言った。
「ふざけた事をしくさってからに!お前は一体どこの馬の骨じゃコラァッ!」
それに対して下積先生はガバッと顔を上げ、声を震わせながら言った。
「ぼ、僕はっ!張金高校野球部顧問の下積タケルです!
きょ、今日は、あなたの娘さんをウチの部の監督に迎えたいと思ってお邪魔しました!」
「いきなりやって来たかと思うたら好き勝手言いおってからに!ナメとんのかお前は!」
遠川組長はそう叫び、下積先生の胸ぐらを乱暴に掴んで引っ張り上げ、
強引に下積先生を立ち上がらせた。
背後の組員達も騒然となる。
これはいよいよシャレにならん事になってきたぞ!
しかし下積先生は胸ぐらを掴まれながらも、ひるまず声を張り上げた。
「ナメてなんかいません!僕は本気で言ってるんです!
だからお願いします!沙夜さんのやりたいようにさせてあげてください!」
「何でお前みたいなカスにそんな事言われなあかんねん!
ええ加減にせんとイテこますぞボケが!」
「そうしてもらっても構いません!でも僕の想いは変わりません!」
「上等じゃコラ!死にさらせ!」
下積先生の言葉に遠川組長は更に逆上し、右の拳を振り上げた。
そして下積先生の顔面めがけて一気に振り下ろした!
「し、下積先生!」
思わず声を上げる俺!
と、その時やった!
「おやめなさい!」




