15 婚約者有り
遠川さんに連れられてやって来たのは、
バッティングセンターから十分ほど歩いた所にある、
そこそこ大きな公園やった。
そして公園の奥の方にあったベンチに、
遠川さん、俺、下積先生が並んで腰かけた。
もうすっかり日も暮れ、公園には俺達以外に人影はない。
そんな中遠川さんは、うつむき加減で口を開いた。
「実は私は、二ヶ月後に結婚するんだ」
「ええっ⁉」
その衝撃発言に、俺は心臓が飛び出るほど驚いた。
でもこの場合、下積先生はもっとショックなはず。
なので下積先生の方をチラッと見やると、
下積先生は魂が抜けたように真っ白になってしもうていた。
しかしここで下積先生を慰めているひまはないので、
俺は遠川さんの方に向き直って言葉を続けた。
「そ、そうやったんですか。それはおめでとうございます」
俺はそう言ったが、それに対する遠川さんの言葉はこうやった。
「めでたくなんかないよ」
そう言った遠川さんの表情は、
まるで苦虫を噛み潰したように険しかった。
そんな遠川さんに、俺は眉をひそめながら尋ねる。
「あの、それはつまり、遠川さんはその結婚を望んでいないって事ですか?」
「そういう事。
この結婚話は私の親と相手の親が勝手に決めたもので、
私自身が望んだ事じゃない」
するとそれを聞いた下積先生が真っ白の状態から復活し、
ガバッと立ち上がって遠川さんに言った。
「本人が望んでいないのに、
親の都合で結婚させるなんてあっちゃいけない事だ!
そんな縁談はすぐに解消するべきですよ!」
しかし遠川さんは首を横に振ってこう返す。
「それはできないんです。
ウチの家柄はまだ古いしきたりが残っていて、
子供の結婚相手は親が決めるというのが習わしなんです」
「そ、そうなんですか。それで、その相手っちゅうのはどんな人なんですか?」
俺がそう尋ねると、遠川さんは再び険しい顔つきになって言った。
「ある会社の一人息子だ。私と同い年でね。
自己中心的でいつもいばっていて、自分がのし上がるためなら、
平気で人を踏み台にしていくような男だ」
「その一人息子は、遠川さんの事をどう思っているんですか?」
「それがどういう訳かは知らないが、私の事を好いているみたいでな、
あいつとは小学校からの知り合いだが、事あるごとに嫌がらせをされたものだ」
「子供の頃って、つい好きな異性にイジワルしちゃったりしますもんね」
遠川さんの言葉に俺がそう言って苦笑する一方、
下積先生は顔を真っ赤にして怒っていた。
「何て奴だ!遠川さんに子供のころから嫌がらせをしていたなんて!
そんなロクでもない相手と結婚なんて、どう考えてもおかしいですよ!」
「ですけど、私の力ではどうにもできないんです・・・・・・」
そう言って視線を落とす遠川さん。
いつも気丈なイメージの遠川さんがこんなに落ち込むやなんて、
この人の両親っちゅうのはよっぽど厳しい人なんやろうか?
と思っていると、下積先生がひと際強い口調で言った。
「諦めるのはまだ早いですよ!
あなたはこの縁談を望んじゃいないし、やりたい事だってあるんでしょ⁉」
「は、はい。私は高校野球の監督になって、
甲子園に出場するのが夢なんです。
その為に監督としての勉強もしたし、体育の教員免許も取りました」
「それなのにそんな望みもしない縁談のせいで
あなたの大切な夢が閉ざされるなんておかしすぎます!
遠川さんがこんなにも頑張っているのに!」
「でもそのくらいでは、私の両親は納得してくれないんです」
「だったら改めてあなたの想いを全力でご両親にぶつければいい!
それでも無理だと言うなら、僕や正野君も力になりますよ!なあ正野君!」
「へ?あ、はい、もちろん」
いきなり下積先生に話を振られ、マヌケな声で答える俺。
ていうか今日の下積先生、凄い迫力やなぁ。
遠川さんの前ではいつもガッチガチに緊張してるイメージしかないけど、
こういう一面もあるんやな。
と感心していると、遠川さんは下積先生を見上げて言った。
「でも、下積先生達を巻き込む訳には・・・・・・」
しかし下積先生は間髪いれずにこう返す。
「これは僕達が望んでいる事なんです!
我が張高野球部は、あなたの力が必要なんです!」
「お、俺からもお願いします!遠川さんに協力させてください!」
俺と下積先生はそう言って遠川さんに頭を下げた。
すると遠川さんじゃしばらく口をつぐみ、フッと息をついてこう言った。
「ありがとうございます二人とも。
私、もう一度お願いしてみます。
この縁談を取りやめてもらうように。
そして、夢だった高校野球の監督にさせてもらえるように。
でも、一人じゃちょっと心細いので、一緒について来てもらってもいいですか?」
その言葉に俺と下積先生は顔を上げ、声をそろえてこう言った。
「もちろんです!」
かくして俺と下積先生は、遠川さんの縁談を取りやめさせ、
張高野球部の監督になってもらう為、遠川さんの家に乗り込む事になった。
果たして遠川さんのご両親はどんな人なのか?
そして遠川さんの運命やいかに?
第四話に続く!




