9 実は凄い人
そしてバットを構え、精神を集中させる。
それにしても、パッと見ただけで俺のバッティングフォームのクセを見抜くやなんて、
この人一体何者や?
と考えていると、マシンからボールが放たれた。
俺はさっき言われたように右膝が沈まないように意識し、
ボール目がけてバットを振った!すると、
カッキーン!
今までで初めてというくらいバットがボールにジャストミートし、
その打球が今まで全然当たらなかったホームランのボードに直撃した。
「おおっ⁉」
思わず驚きの声を上げる俺。
ただしこれはホームランボードにボールが当たった事に驚いたんやなくて、
バットでボールを捉えた時の感触に驚いたんや。
何て言うか、全然力は入れへんかったのに、打球はメチャクチャよく飛んだ。
しかもこっちの方が断然バットがスムーズに振れる。
こんな感触、初めてや!
するとそんな俺に遠川さんは、嬉々とした声で言った。
「そうそう、そういう事。その感じでこれからバットを振るといい」
「は、はいっ!」
俺は今の感じを忘れないように、残りのボールを打ち込んだ。
するとさっきよりも打ち損じが少なくなり、
ホームランボードにも更に三回当たった。
そして全部の球を打ち終えた後に、遠川さんはニッコリ笑って言った。
「どうだった?」
「な、何か、凄くいい感じでバットが振れるようになれました」
俺が目を丸くしながらそう言うと、遠川さんは満足そうにうんうんと頷いた。
そんな遠川さんに俺はおずおずと尋ねた。
「あの、失礼ですが、あなたは一体何者なんですか?」
それに対して遠川さんは、至って軽い口調で答えた。
「私は通りすがりの野球バカだよ」
「もしかして、あなたも野球部の方なんですか?」
「ああ、去年まで浪速ノ(の)国体育大学の野球部に所属していた」
「ええっ⁉あの関西大学野球の超名門のナニ体大に⁉
あそこの野球部は、相当の野球エリートじゃないと入部できないですよね⁉」
「まあ、そうなのかな?だけど去年で卒業したから、
それと同時に野球は辞めたんだ。今はちょっと事情があって、
こうして仕事もしないでブラブラしてるんだけど」
「そ、そうなんですか」
「それじゃあ私はもう行くよ。
私はちょくちょくここに来るから、縁があったらまた会おう」
遠川さんはそう言うと、踵を返して去って行った。
その後ろ姿が何とも凛々(りり)しく、その辺のしょうもない男よりもよっぽど男らしかった。
何かかっこええ人やったなぁ。
いやそれよりも、あの人って凄い野球のエリートやったんやな。
しかもパッと見ただけで俺に的確なアドバイスをしてくれたし、
指導者としても優秀なんとちゃうやろうか。
ああいう人がウチの監督になってくれたらええのになぁ。
と思っていると、背後から下積先生の悲愴な声が聞こえてきた。




