5 彼女は百四十キロ
施設の中は外観にたがわぬ広さで、バッターボックスがずらりと並んでいる。
手前の打席が八十キロから九十キロのマシンで、
奥に進む程ボールのスピードが速いマシンになっている。
おそらくこの一番奥に、百五十キロのマシンがあるんやろう。
でも今はまず下積先生の片思いの相手を探すのが先や。
確か名前は沙夜っていうたかな。
「さあ先生、彼女を探しましょう」
「う、うん」
この期に及んで緊張している下積先生とともに、
俺はひとつひとつの打席を確認していった。
今日は日曜という事もあり、人も結構来ている。
小さい子供から大きい大人まで、様々な人が打席に入ってボールをかっ飛ばしていた。
でもそのほとんどは男ばかりなので、あの人が居ればすぐにわかるやろう。
女の人やから、そんなに速いマシンの所には居らんやろうし。
そう思いながら球の遅いマシンを一通り探してみたけど、
彼女の姿はどこにも見当たらへんかった。
あれ?もうちょっと速いマシンの所におるんか?
と、百キロから百二十キロの打席を探してみたが、やはり彼女の姿は見当たらなかった。
「い、居ないね」
「そうですねぇ」
下積先生と俺は、そう言いながら奥へ奥へと進んでいく。
ここから先は百三十キロ以上の上級者ゾーン。
まさかこの先にあの人がおるんか?
それともトイレでも行ってるんかいな?
とりあえず俺と下積先生は、もうちょっと先に進んでみる事にした。
すると、百四十キロ以上と書かれた打席に、何と彼女が立っていた。
長い黒髪を後ろでひとつに束ね、細身で背が高い。
間違いなく、下積先生の部屋で見た写真の人や。
写真は遠くから撮影してたから顔がよく見えへんかったけど、
近くで見てみるとなかなかのベッピンさんや。
目元は鋭く切れ長で、凛とした雰囲気を醸し出している。
ぱっと見た感じ、頼りになるアネゴさんという印象や。
まあでも伊予美一筋の俺は、そんな彼女に胸がときめいたりはせぇへんけどね。
ちなみに彼女は百四十キロ以上のマシンの打席に立っているのやけど、
そのマシンから放たれるボールを苦も無く打ち返している。
そのスイングは俺から見てもかなり鋭く、打席に立つ構えからして、
タダものではない雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。
あの人一体何者や?
やっぱり野球経験者なんか?
まあそれはともかく、お目当ての彼女が見つかったので、俺は傍らの下積先生に言った。




