13 バッティングセンターで
「あ、あれは、この前の春休みの事だった。
少しでも野球の指導ができるようにと、
僕は近所のバッティングセンターに出かけたんだ。
それで、バッターボックスに立って一所懸命バットを振るんだけど、
空振りするばかりで全然ボールを打ち返す事ができなかった。
それが三十分くらい続いて、もう諦めて帰ろうかなと思ったその時、
その写真の女性が現れて、僕に声をかけてくれたんだ。
恥ずかしい事に僕の空振りばかりする様をずっと見ていたみたいで、
そんな僕にバッティングに関するアドバイスを丁寧にしてくれたんだ。
それでその通りにバットを振ってみたら、
ちゃんとボールを打ち返す事ができたんだ!
それがもう嬉しくて、僕は彼女に何度もお礼を言ったんだ。
そしたら彼女は『どういたしまして』ってニッコリ笑って、
その笑顔がまるで女神のように美しくて、それで、僕は・・・・・・」
「恋に落ちてしまったと」
「・・・・・・うん」
下積先生はそう言って頷くと、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
するとそんな中碇が、小声で俺に耳打ちをした。
「女の人に恋をするなんて、下積先生ってそっち(・・・)の趣味の人だったんだね」
「碇君、君が喋ると話がややこしくなるからちょっと黙っていなさい」
俺は碇にそう言い、下積先生の方に向き直って言った。
「で、この写真の女の人とはそれから仲良くなれたんですか?」
「それが、あの日以来顔も見てなくて・・・・・・」
「あれからバッティングセンターにも現れないんですか?」
「いや、僕の方があれからバッティングセンターに行ってないんだ・・・・・・」
「へ?どうして?行けばまた会えるかもしれないのに」
「だ、だってまた会ったりしたら、何を話せばいいのか・・・・・・」
「いや、普通に世間話とかすればいいじゃないですか」
「そ、そんなの恥ずかしい・・・・・・」
下積先生はそう言うと、さっきより一層モジモジしだした。
う~む、この人はかなりの奥手というかシャイというか、
恋に臆病なんやなぁ(人の事言えんけど)。
そう思いながら俺は下積先生に言った。
「でもこのままじゃあいつまで経っても何も変わりませんよ?
そうやって片思いのままモンモンとしてるつもりですか?」
「た、確かに僕は彼女の事ばかり考え過ぎて、
教師の仕事もままならない・・・・・・一体どうすればいいんだ・・・・・・」
「そんなに悩む事はないですよ。
恋愛っちゅうのは本来幸せなモンなんやから。なぁ碇?」
「うん♡男の子同士の恋愛はとても幸せだよね♡」
「うん、お前に話を振った俺がアホやったわ。
とにかく元気出してくださいよ先生。
先生が顧問として復帰してくれないと、俺達は試合にも出られないんですから」
「でも僕、こんなモンモンとした気分で野球部の顧問なんかできないよ・・・・・・」
「う~む・・・・・・」
下積先生の頼りない言葉に、俺は頭をかきながらうなった。
どうやら下積先生が野球部に顔を出さへんのは、
この片思いのモヤモヤも原因のひとつみたいや。
このままじゃあいくら説得してもラチが開かん。
かといって他に野球部の顧問になってくれそうな先生は居らんし・・・・・・。
俺はしばらく考え込んだ後、ある決心をし、それを下積先生に言った。
「わかりました!じゃあ下積先生の恋の悩み、俺が何とかしましょう!」
「え?君が?」
目を丸くする下積先生に、俺は自分の胸をドン!と叩いてこう言った。
「そうです!
なかなか恋愛の事で一歩を踏み出せない下積先生の背中を、
俺がドンと押してあげます!」
「そ、そしたら僕は、彼女とお近づきになれるかな?」
「もちろんです!俺が見事に先生と写真の彼女の恋のキューピッドになります!」
「あ、ありがとう!」
「その代わり、下積先生は明日からちゃんと野球部に顔を出してくださいね?」
「わかった!こんなに頼りになる新入部員が入ってくれて、僕は嬉しいよ!」
「そうでしょうそうでしょう!これから一緒に張高野球部を盛り上げていきましょう!」
「ああ!そうだね!」
かくして下積先生はすっかり元気を取り戻し、俺と碇はアパートを後にした。




