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第96話 特別講義2日目その⑥

お読みいただきありがとうございます。

毎日投稿6日目。

ブックマーク、誤字訂正、感想ありがとうございます。


Sideアルカナ


最後の学生は、模擬戦でも確認した限りでは戦闘力皆無のケルクだ。

彼自身が商会を営む両親のもとに生まれたこともあって、争い事があまり得意ではないということはわかっている。まあ、荒事をする才能が無いというわけではないので、鍛えればそれなりに戦えるようにはなるはずだ。


まあ、本人が戦いを怖がるのではどうしようもないが。


ケルクと行った模擬戦では、あいつのスキルや加護を活かせるような内容でやったわけで、本当の依頼ではあそこまで自分有利な状況というのはあり得ない。

あの時は模擬戦だったから危険はないという安心感があって、何とか動こうとできたのだろうが、本当の森の中なら恐怖心で動くことは叶わなかったかもしれない。


つまり、ケルクが今後冒険者としてやっていく上で、戦うにしても戦わずに特例冒険者になるにしても、活動を続けるには、今よりも強い意志や根性が必要となる。

この特別講義ではそれをどうにかしようというのが俺のプランだ。素晴らしいスキルを所有しているわけだから、成功すれば冒険者としては一角ひとかどになれるかもしれない。


ケルクに与えられた訓練場所は、講義開始前にレイアによって訓練場の一角に作られた森である。これは俺がケルクと模擬戦をした時に利用した場所と同じような感じで作られた森で、その中には魔道具屋で手に入れた子供を脅かす用の肝試しに使われるホログラムを映写する魔道具が設置されている。


この魔道具は、火の玉だったり、幽霊だったり、骸骨だったりといろいろなお化けが投影される設定になっている。初めてこれを見かけたときは誰が使うんだと思ったよ。だって、これが100000セル(100万円)もするんだぜ?

こんなん買う方も馬鹿だが、作る方はもっと馬鹿だ。在庫が余りすぎてこれでも安くなったらしい。それでも高いけどな。

これを10個買ったらおまけでもう一つもらっちまったよ。


まあ、これでせいぜい度胸をつけてくれや。


***


俺は森の中を歩いて行く。〔探知〕を全開で発動させ、ケルクの位置を把握しながらだ。〔万能探知〕を持っているケルクにばれないようにできるだけ離れていたが、まあ、ばれたよね。そりゃそうかと思ってあきらめたけど。

とりあえずケルクが止まったのでそちらに近づく。


「おーい、ケルクよーい。元気かー?」


こんな森の中で何を聞いているのか、と思われるかもしれないがさっきから、「ワー」とか、「ヒ―」とか「ギャー」だとかの声が響きまくっているわけで、さすがに驚きすぎだろうと思うとともにちょっと心配になったんだ。

高かった分だけ俺にも気づけなかった機能があったんじゃないかってさ。

今のところ〔生命探知〕で分かる生命力には変化が無いので、無事であることはわかっている。しかし、予定の経路からも外れてしまっているので、できるだけ急いであいつのところへ行ってやろう。


俺がケルクのもとに到着するとそこにはホログラムのお化け各種に周囲を囲まれるようにして集られているケルクを発見した。

この魔道具、値段相応のポテンシャルはこのホログラムに由来する。魔道具ということもあってホログラムも魔力を用いた半実体化のような機能を持っている。だから、集られているケルクはしっかりとその感触を実感していることだろう。


「せ、せんせぇ...うぅ...キュゥ」

パタン

「ありゃりゃ。気絶しちまった。ただのスケルトンなんだけどな。」


あまりの恐怖についには気絶してしまったケルクをとりあえず担いで森の外へと離脱する。この場で起こしてもまた気絶するだけなので、気付け薬がもったいない。

森の外へと担いで出るにしてもその道すがら魔道具の作動範囲に入れば、俺に対してもお化けが寄ってくる。ただ、それは本物ではないし、魔力によって構成されたものなので〔魔力探知〕にも引っかかる。全く問題なく対処しつつ歩き続ける。今も俺の後ろから骸骨が追いかけてきているが、もちろん実害はないので無視だ。


「んぅ...?あ、あれ?ここは?...ヒッ...キュゥ」

「またか。」


担いでいるからしょうがないが、その振動でケルクが起きてしまったようだ。ただ担いでいるので後ろに顔がある。そしてその目の前には俺を追いかける骸骨。俺に手を伸ばすようにして迫ってきていた骸骨をもろに見てしまったケルクが再び気絶する。

この骸骨でここまでビビるとなると俺の本来の姿なんて見たら心臓止まんじゃねぇか?


またケルクが起きても問題がないように今度は頭を前にして担いで先を急ぐ。森といってもレイアに頼んだ急造の森なのでそこまで深くもない。まあ、できるだけお化けが出そうな森にするために暗い森に意図的にしてもらっているのでほんのり薄暗い。


光が見えてきたところでやっと森が切れて訓練場の風景が現れる。こうやってみるとやっぱりこの訓練場はとんでもなく広いな。

さて、とりあえず未だに恐怖の形相をして気絶したままでうなされているケルクを起こそうか。

俺は気付け薬をとりだして、ケルクの鼻先に近づける。自分やレイアが使うとは思っていなかったけど、念のためってことで買っておいたのが功を奏した。学生を起こすのにはこれが一番楽なのかもしれない。

〔温情〕かけて往復ビンタでもいいかもしれないけど、平和的な解決が人間社会では好まれるもんな。


「......はっ!うわっ!ツンとするっ!って、あれ?ここは?確か森の中で骸骨に追いかけられてたはずじゃ......?」

「おう!起きたな!記憶はしっかりしてるか?一応大事をとって森の外まで連れてきたが、まだやれるよな?」

「!そ、そうだった。今は訓練中だ!でも、魔物なんていないはずの場所に骸骨や火の玉がいたんですよ!」


ケルクは必死に森の中に魔物が居たことを伝えてくるがもちろん俺はそのからくりを知っているため驚きも焦りも何もない。ケルクも話しながら俺の様子に気が付いて何かがおかしいということに頭をひねる。


「先生はもしかしてそのことをご存じだったんですか?」

「ああ。もちろん。あれは俺の仕込みだしな。まあ一応安全には配慮してあるから安心してくれよ。」


俺の言葉を聞いたケルクはあからさまに安心したようなため息をつく。安心しているところ悪いが、ケルクにとってはもっとも今欲しくないだろう言葉を告げる。


「じゃ、意識が戻ったところで戻ろうか。もうお前さんには指示の紙を渡してあっただろう?」

「え!?でも、モンスターが...。」

「だから安全だって。ほら、あそこで一回りするのがお前の特訓なんだから、がんばれ!」

「うぅ...はぃ。」


渋る暇すら与えないようにしてケルクを送りだす。俺がケルクに渡した紙に書いた指示は、

『勇気を出せ。根性を見せろ。』

この二つ。どちらも同じような意味だが、若干違う。勇気は恐怖に打ち勝ち一歩前に進む力を示し、根性は恐怖を感じながらも引くことをしない心を示す。並べても同じように聞こえるだろうが、進む力と引かない心ではそのベクトルが違う。

一応、二通りの道を示したところだが、俺としては今日のところはどちらか一つがあればいいと思っている。冒険者になるのであれば両方あることが昇格するのに必要だと俺は思っている。これは特例冒険者でも同じだ。


ケルクに必要なのもまさしくそれで、ここで身につかないなら将来性はない。できるだけ優しい訓練からと思って今回の肝試しになったわけだが、これをクリアできないようなら合宿は連れていくつもりはない。

合宿を行う森ではこんな紛い物の実態付きホログラムなんかじゃなくて本物の魔物が出現する。そんなところに、対面しただけで気絶してしまうような学生を連れていけば殺しに行くのとほとんど同じだ。


最終的には軍隊狼アーミーウルフにした訓練と同じことまでやってもらおうと思っていたわけだが、そこまで行けるかわからなくなってきたかもなぁ。


とりあえず、帰って来るまでは、なんて言わずにいつでも対応できる位置にスタンバイしておかんとな。他の学生のところに行っても良いが、あと20分くらいの講義時間で全員が達成できるかわかんないし、時間を決めたところは後回しでいいかな。


よし、行くか。




****

Sideケルク・バラン


僕の名前はケルク・バラン。恐れ多くもベルフォード王国王立学園冒険者科4回生Sクラスに所属してる。クラスメイトがみんな王族や貴族、学園長の弟子と豪華なメンバーの中で異質な存在だという自覚はあるよ。

でも実家の商会は僕の4つ上の優秀な兄が継ぐことが決まっているんで僕が家にいる意味はない。だから、兄のように商業科に進学しなかった。

そしたら、もちろん、将来何をするって話になったんだ。最初は自分で商会を興すためにやっぱり商業科にいったほうが良いかなとも思ったけど、僕には自分に商機を見つける才が無いと自覚していたから、早々にあきらめたよ。

ただ、かといって、騎士や魔導士を目指すことができるほど、剣や魔法に自信があるわけでもない。それと同様に冒険者も無理だと思ってたんだ。

でも、父の手伝いで必要な素材の採取を依頼しに冒険者ギルドに行ったときにある冒険者に会って考えが変わった。


父の依頼は駆け出しの冒険者には行くことすら難しい場所にある植物の採取のようで、採取をメインに依頼を受ける駆け出し冒険者には手が出ない依頼だった。

でも、そんなときに僕に声をかけてくれたのは、全身黒ずくめの冒険者だった。その冒険者は索敵と採取の分野でBランクの資格を持つ特例冒険者で、戦闘はできないと言っていた。

父の依頼は植物さえ手に入るなら何も問題が無かったので、その冒険者に依頼することになったんだ。


数日後、依頼が完了した報告を受けてお使いとして再び冒険者ギルドに行くと、あの冒険者が無傷でその場に現れた。

冒険者が依頼へと行った後調べたら、目的の場所は戦闘を得意とする冒険者でも無傷で帰ることが難しいと言われるような場所だった。

それでも無傷で帰ってきたその冒険者は、その功績でAランクの特例冒険者に昇格したようだ。昇格前に聞いた話だが、その冒険者は依頼の場所まで行くのが怖かったらしい。

それでも勇気を振り絞って危険な場所に向かって無傷で帰還した冒険者の姿が僕にはまぶしく光り輝いて見えた。その時僕にはその冒険者が自分の目指すところなんじゃないかと思ったんだ。


それから僕は特例冒険者について調べた。家族は僕が戦闘が得意じゃないことを知っていても、それと同時に特例冒険者制度のことも知っていたので、冒険者になることには反対しなかった。本当は学園に行かないで冒険者になろうと考えていたんだけど、家族が猛反対して冒険者科に通うことになったんだ。


入学するまではたくさん勉強して、最初から特例冒険者を目指すコースでSクラスに入学した。他のみんなとは身分や重要な科目が違かったりしたけど、イシュワルト様やアルフレッド様、メイリーンさんやミーチェちゃんは、僕も親しくしてくださった。勉強だってがんばったし、運動だって出来るだけのことはした。


そんな充実した日々を送る中で、4回生から始まる現役冒険者による特別講義の授業を受けたんだ。たった数日前のことだけど、その時に来た冒険者はそれまで見た冒険者よりも異質だったのさ。


その日の授業はいつも通りで特に変なことはなかった。でも、昼休みを超えてからアルフレッド様の様子が変だったんだ。

あの日はただでさえメイリーンさんに負けてしまったことで荒れていたアルフレッド様が、ずいぶんと落ち込んで帰っていらしたのはみんな驚いていたはずだ。ミーチェちゃんが話しかけるのを躊躇したくらいだからね。


その後に入ってきた特別講師の先生方はその日は顔合わせだけみたいだった。

まず先生方が自己紹介したのだけれど、驚いたのはどうやら僕だけだったみたいで、みんなはレイア先生がSSランクだと知っていたみたいだ。僕は王都の出身じゃないし、顔までは知らなかったので、名前を聞いて、びっくりしたよ。

ただ、その後にレイア先生に紹介されて自己紹介したアルカナ先生は不思議だった。Sランクの冒険者はSSランク以上程ではないにしても王都で活動する以上、知名度はあるはずだ。

それなのにここまで案内してきたイシュワルト様以外は驚いているところを見るに、知名度という点ではあまりないと見て正しかった。

でもその後にアルカナ先生が言った言葉でまずは納得したよ。一週間で知れ渡るSランクなんてそう居ないし、地方出身だってことだよね。


そうやって少し安心していた僕は一瞬でまた驚くことになったんだ。だって、この先生、自分も二つ名があるって言うんだよ?そりゃ驚くでしょ。

でも、『死神』っていう二つ名は理由がわからなかった。気になるなぁ、なんて思ったのが運の尽きで、見せてくれた瞬間に僕は少しでも距離を取ろうと教室の隅まで逃げてしまったんだ。


何よりも、あの大鎌がやばい。あの時は斧にしか見えなかったんだけど、模擬戦で鎌だとわかったよ。まぁ、とにかく大鎌の威圧感は、逃げる以外の選択肢を僕に与えてくれなかった。

体の震えが止まらなくて、走馬燈を見たよ。

正直な話、SSのレイア先生よりもアルカナ先生のが怖い。

こんな形で、〔万能探知〕のデメリットというか、自分にとって不都合な部分を体験することになるとは思いもしなかったなぁ。たぶん隠している力まで見てしまったんだろうと思うけど、本当にアルカナ先生は人間なのかな。


それから、僕の対応がいけなかったと注意を受けたけど、同じ状況になってもまた同じことをするだろうなぁ。

怯えるなって無理な話だったよ。僕にはアルカナ先生、あなたが本物の死神に見えました。


そして、そこからのイシュワルト様から始まった自己紹介は何とか無事に終えて、一安心、あとは最後のアルフレッド様、ってところで事件が起こった。


どうやらアルカナ先生と昼頃何かあったらしいアルフレッド様は、あまりよくない態度を取ってしまい、それに対して冒険者として舐められないようにという行動を取ったアルカナ先生の制裁を食らったようだ。

今度のは先生が一人に集中させたようで他のみんなは感じなかったみたいだけど、僕はどうしてかもろに食らってしまい、体が緊張でうごかなくなっちゃった。


その日はそれで終わりで、アルカナ先生は気絶したアルフレッド様を担いで保健室に連れていった。アルカナ先生はずいぶん軽々と持ち上げていたけど、アルフレッド様は大剣を使うので相応に筋肉もあって重いはずなんだけどなぁ。


***


次の講義では一人ずつアルカナ先生との模擬戦を行うことになったんだけど、僕には戦うなんて無理だし、どうしようと思ったんだ。

でも先生は戦闘ではなく鬼ごっこを模擬戦の代わりにしてくれた。先生は特殊冒険者例外制度のこともご存じで、その有用性まで認めてくださったよ。

学園の先生方にも認めてくださる方は少ないので、僕はそれだけでもうれしかったし、頑張ろうと思えた。


ただ肝心の模擬戦鬼ごっこでは僕はいいとこなしだった。先生を見失わずに対応できたまでは上出来だったんだと自分でも思うけど、それ以降は全部だめだったと思う。

先生に近寄られてからは驚いてしまって一瞬で詰みになっちゃったよ。

でも鬼ごっこの後はアドバイスというか注意というか、とにかく僕にとって重要なことを教えてくれた。


模擬戦での立ち回りやスキルの使い方なんかをご教授くださったのだけど、どうして僕のスキルを把握しているんだろう。メイリーンさんみたいに直接見える魔法なんかはしょうがないにしても、僕の〔並列思考〕は傍から見てもわかるわけがない。

うーん、なぞだ。あ、〔鑑定〕でも持っているのかな?


まあ、分からないことは置いておくにしても、アドバイスはタメになったなぁ。僕に決定的に足りない度胸。そうだよなぁ。魔物と会っても怖がるばかりじゃ冒険者なんて夢のまた夢、か。いくら特例冒険者でもそれじゃまずいよなぁ。頑張らないと。


でも怖いなぁ。


***


特別講義二日目。僕は自分が思う体力の限界って限界じゃないんだと実感したんだ。アルカナ先生の指示でランニングから始まった二日目だったけど、僕は半分にも届かない地点で体力が限界だと思った。でもそうじゃなかった。

僕がへばりそうになると、アルカナ先生が威圧を飛ばしてくるんだよ。僕はビビッて気絶しそうになるんだけど、それをアルカナ先生が許すはずもなくまた威圧が飛んでくる。

そんな感じでどうにかこうにかゴールした。僕の場合絶えず飛んでくる威圧は度胸をつける意味合いもあったのかもしれないなぁ。

でも、このランニングで一番きつかったのは、時折飛んでくる、僕とは関係ないところで起こるアルカナ先生の威圧の余波だよ。たぶん、ミーチェちゃんの軍隊狼の訓練なのだろうけど、余波だけであそこまでの威力を感じ取れるのはさすがのSランクってことだよね。

正直、ゆっくりと変化するから、気絶してしまうほどじゃないけど、それでも気になってしまうよ。


ゴールした後はみんな満身創痍で言葉も出なかった。そこから別れて訓練となった時には、これ以上の地獄が待っているんじゃないかって思ったんだけど、渡された紙に書いてあった内容を見て、その不安はあながちはずれないものだと思ったね。


紙には、

『勇気を出せ、根性を見せろ』

とこれだけ。なんのことだと思ったけど、模擬戦で言っていた度胸に繫がるんだね。

もう一枚、ルート説明みたいなことが書かれた紙があったから、これはどういった経路で森を歩けということだろう。


僕の訓練に割り当てられた場所はレイア先生が作った森。これを歩けということらしい。僕は内心ではビビり倒しながら一歩ずつ進んでいく。森は不自然に薄暗くお化けでも出そうな不気味さだ。この不自然な薄暗さは〔闇魔法〕《ブラインド》によるものだと思うが、これだけの規模で暗さを調節することができるあたりさすがはレイア先生だ。



僕が経路通りに歩いて行くと、後ろからカタカタという音が聞こえ始める。先ほど通った時には何もなかったはずなのに驚いて振り返ると、そこには骸骨が口を開き手を振り上げて間近に迫っていた。


僕は模擬戦の後からアルカナ先生が教えてくれたように〔並列思考〕と〔万能探知〕を使って、気配、魔力、生命力と探知を常時展開して周囲に気を配る訓練をしている。

これによって日ごろ驚くことが減った気がする。まあ、まだ一日程度の時間しか実践していないけど。


そんな僕の探知網をすり抜けて、というか、突然現れた魔力の反応に僕はパニックになり、そして目に入った骸骨で余計に恐怖した。

どこから現れたんだ、あのスケルトンは!?気配は感じないし、生命力も感じない。スケルトンだから生命力は当り前だけど、気配がないのは意味がわからないよ!?


「うわぁあああああああああ!!!!」


叫び声を上げながらも経路通りに走って進んでいくと、骸骨は僕の後ろを一定の距離を保ってついてくる。そしてまた突然魔力が現れると、今度は火の玉が浮遊して近寄ってくる。

そして過ぎ去って振り返ると先程までとスケルトンの様子が変化していた。なんというか頭蓋骨と火の玉がくっついて、目から炎が立ち上る骸骨という最初とはまた毛色の違う恐怖を煽る姿になっている。


「ヒィイイイイイイイイ」


あまりの恐怖に普段は出すことを我慢している情けない声を出しながらひた走る。どれだけ走ってもやはり距離を保ってついてくる。それでも引き離そうとして走り続ける。

もう経路なんて気にしている余裕はなかった。


これでどうだと言うくらいには全力で逃げたところで安心感を得るために後ろを振り返る。

ただ、そこにいたのは先ほどの火の目の骸骨ではなく、火の目の骸骨プラス巨大ムカデというより恐ろしい姿の骸骨だった。どうやったらムカデを体に纏うようなことになるのかと問いただしたいところだが、そんな精神状態ではないので、遠慮した。


代わりに出たのは、

「ギャァアアアアア!!」

という情けない声。


もうこれ以上は怖がれないというくらいには声を出したところで、アルカナ先生の気配を感じた。そこでどこか違和感を感じたが、もはや動けなかった俺に、骸骨、火の玉、巨大ムカデが集りだした。

僕が意識を手放すその直前になってアルカナ先生がこの場に到着したんだ。


「せ、せんせぇ...うぅ...キュゥ」


ただ、僕よりもいろいろなものに集られている先生を見たら僕にはもう意識を保つことはできなかったよ。


そこからの記憶は目が覚めるまではない。当たり前だけど。


***


アルカナ先生に気付け薬をかがされて目が覚めたところで、先生に化け物が多数あの森にいたことを伝える。しかし伝えた後に先生が集られていたころを思い出す。それは僕に事態を少しだけ理解させるには十分だった。


「先生はもしかしてそのことをご存じだったんですか?」

「ああ。もちろん。あれは俺の仕込みだしな。まあ一応安全には配慮してあるから安心してくれよ。」


先生の言葉には正直なところかなり安堵してしまった。だって、どういう契約かは知らないけれど、先生の仕込みならさすがに危害は加えられないだろうと思ったからだ。


ただ、そんな僕に先生から無残な言葉がかけられる。そんな言葉、僕はほしくなかったですよ。いや、本当に。


「じゃ、意識が戻ったところで戻ろうか。もうお前さんには指示の紙を渡してあっただろう?」

「え!?でも、モンスターが...。」


たまらず反論しようとする。でも。


「だから安全だって。ほら、あそこで一回りするのがお前の特訓なんだから、がんばれ!」

「うぅ...はぃ。」


危険じゃない、お前の訓練だから、と押し切られてしまった。

僕は先生に押されるようにしてまた森の中へと入っていく。


これも訓練だし、先生が示す『勇気を出せ。根性を見せろ。』という言葉はあのモンスターを克服することに意味があるのだろう。


森に踏み込んだぼくは先ほどよりも早い段階で〔魔力探知〕に反応があったことに気づく。どうやら先生を追いかけていたモンスターがまだいたらしい。

まだ距離があっても怖いものだけど、しかし、そこで先ほどの違和感を思い出す。僕が先ほど感じた違和感。それはやつらの存在だ。


骸骨、火の玉、ムカデ、すべてが魔物や生物に分類されるのに、先程かかったのは〔魔力探知〕だけ。本来ならば、〔気配探知〕と〔生命探知〕にも反応が無いとおかしいのだ。少なくともムカデは。


これから導ける結論は、3つ。

1つはゴースト系の魔物が居るってこと。ゴースト系は魔力こそ持つが、気配や生命力は持たず、その魔力だけで存在を維持する。ただ、姿を変えることができるということはないので、候補から外していいだろう。

次に考えられるのは、僕が幻影に囚われている可能性だ。幻魔法という特殊な属性魔法を用いた幻覚だとしたら僕には避けようがない。しかし、幻魔法を使えるのは王国ではただ一人、エルサリウムエレイン=ルフオリジンというエルフの上位種族の翁だけだ。魔法の講義で習った。そういうわけでこれもない。

そして最後は、このモンスターどもが偽物だということだ。魔力で疑似的な体を作る技術、というか魔道具は知っている。実家の商会でも扱ったことがあるが、あまり有名な魔道具ではない。しかし、それを知っている僕はあのモンスターの現実味というものに納得がいく。

さらに、これを否定する要素もないのでもはやこれで確定のつもりでいこう。


さあ、タネがわかったからと怖くないわけもなく、どうしようもなく怖いが勇気を出して根性を見せるにはこれをクリアするしかない。

どれだけ怖くてもそれが偽物ならばそれこそ勇気を出すしかない。僕は冒険者になるのだから。魔物を倒すのはハードルが高いし、もっとレベルが上がって自信が付いてからでいいだろう。でもここで勇気を出せなきゃ、合宿も危うく感じているので、なんとしてもやり遂げる。


僕はやり遂げるという決意と少しだけの勇気を持って、森の中をつき進む。



***


決められた経路を進み、やっと8割といったところまで進んだところで、僕の気力は限界を迎えていた。

勇気を出すにしても、根性を見せるにしても、僕は昨日までただただビビりの一学生だったわけで、限界というものがある。

すでに〔万能探知〕を維持するのも難しいほどに精神がすり減り、先程までは何とか避けることができていたモンスターに纏わりつかれ、さらに精神力をすり減らす。


ふらりと体が揺れ、もはやこれまでかと思った時、僕の体は浮遊したように水平になる。どうしたんだと閉じかけた目を開くと、そこにはアルカナ先生が僕を心配そうにのぞき込む姿があった。


「大丈夫か?がんばったな。勇気を出したじゃないか。」


『勇気を出した』そのひとことで僕の心のダムは決壊し、涙がとめどなくあふれる。どうしようもなくビビりな僕だけど、すこしはあの時の冒険者に近づけたのだろうか。


僕は、それからアルカナ先生によって森の外へと連れていかれ、講義終了まで少しでも精神的な回復をするように務めた。


あ、先生が他の人のところへ行く前に、これで合宿も行けるだろうと言われたことで、もうひと泣きしたのは内緒で頼むよ。




****



学生の様子を見に行きましょう。

明日も投稿します。


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