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第88話 報告会

お読みいただきありがとうございます。


評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。


なんやかんやとあって猿に連れていかれたのは、先程の学園長室の扉とは雰囲気の違った、どこか重厚で、実験室のような趣のある扉だった。無造作に書けられた札がその実験室観を増幅する。


いや、何か連れて来られたはいいけど、勝手に入っちゃだめなんじゃねぇの?札にも“関係者以外立ち入り禁止”ってしっかり書いてあるんだけど。


そんな俺の心配をよそに頭にたんこぶを作ったエロ猿がドアをノックして中に入っていく。

猿が律儀にノックをしたことにも驚いたが、そこまでしたのに返事を聞かずに中に入ったことにもっと驚いた。所詮はエロ猿か。


ノックに対する返事もないようなので、俺もレイアも猿に続くようにして中に入る。中は思っていたような研究室とか実験室のような散らかり具合で、そこかしこに本やら実験資料やらが積まれている。

片づけるのが苦手なんだろうか。


「キキッ」


猿が鳴く声を聞いてそちらのほうを向くと、何か白い布切れが見える。何かの端っこのようだな、と近づいて確認すると、驚いたことにそれは白衣を着た壮年の男性だった。


「うぅ。み…みず…ぅ」


それは俺の方に手を伸ばして水を要求してくるので、慌てて水を生成する魔道具を取りだそうとすると、それはレイアに止められる。

なんでだろうと考える俺に対してレイアがその理由をわかりやすく簡潔に教えてくれた。


「あれが学園長よ。ほっときなさい。そのうち再起動するわ。」


「ウキッ!」


なるほど、学園長が自分の実験室で喉が渇いて死にかけてるってアホすぎんだろ。初対面はカラスで、二度目は死に体とも言える状態。まともな時は無いのかこいつ。


俺が呆れていると猿がひと鳴きして魔力が動き水の球が倒れた学園長の頭の上に出現する。おそらく水魔法だが、自分の主人に対して容赦ねぇな、こいつ。


「ウキキッ!」


そして浮かぶ水球が重力に引きつけられるように力なく落ちていく。バシャっと顔を中心に濡らし、それをのみこんだ学園長は驚きと待ち望んだ水を得たことによる歓喜とで複雑そうな顔を晒しながら飛び起きる。


「ぶはぁ!…はぁ…はぁ、ふぅ、死ぬかと思った。ありがとうビャクエンくん。おかげで生き返ったよ。......ん?あれそちらの二人は、ってレイアくんじゃないカ!っとと、今はカラスではなかったねぇ。それにレイア先生・・だった。それにレイア先生がいるということは、君がアルカナ先生かな?」

「ああ。」


レイアはあきれているようで額に手を当てて首を振っている。普通に考えてこいつの相手は疲れそうだ。良く言えば、あまりにもマイペース、悪く言えばとんでもない自己中心的。

...どっちでも、良く言えてないかもしれんな。


「ふむ、こちらの姿では初めましてだね。あの時は直接顔を合わせることができず申し訳なかった。我がこのベルフォード王国王立学園、第23代学園長アーノルド=スクルボスだ。侯爵位を拝命している身分でもあるがそちらの実権はすでに弟にあるようなものでね。気にしないでくれ。よろしく頼む。」


学園長、改め、アーノルド=スクルボス侯爵、面倒だから学園長のままでいいか。学園長はこちらに手を差し出してくる。

その手は実験をした際に汚してしまったのか、けしてきれいなものとは言えないのは自覚しているんだろうか。少なくとも俺は握手を求める人物がしていて良い手ではないと思う。


しかし、屈託のない笑顔で手を差し出している学園長は壮年でありながらもどこか少年のような無邪気さがあるので、これを指摘するのも悪い気がしてしまう。


覚悟を決めて俺も手を出してその手を握る。ニチャとした感触は背筋を凍らせるような不快感を与えるが、全く気が付かない学園長は俺の手をしっかりとつかみ、さらには逆の手を添えて俺の手を包み込むように握手する。

添えられた逆の手は、ざらついた砂のような感触でこれもまた言い表せないような不快な感触だ。


こいつは手に何も感じていないのか?


俺が思ったことはこれを体験したすべての人が思うことだと自信を持って言えるが、顔には出すまいとぐっと堪える。

学園長の笑顔にやられた、とかではなく、この学園長が実質的に俺の雇い主であるからだ。

そんなわけで、俺が冒険者として学んだ、余ほどの理不尽以外では依頼主に嫌な気持ちにさせることはその後の仕事をやり難くする、という教訓に基づいた我慢だ。


「いやぁ、先程の模擬戦、見ることはできなかったが、聞かせてもらったよ。素晴らしかったね。」

「やっぱりあんただったか。見られている感覚はあったが気配はあれども姿が確認できなかったから、そんなところだと思って放置して正解だったよ。」

「カカカ、ばれていたか、さすがだね。礼を言うよ。」


模擬戦開始前に何かに見られているような感覚があったので、まさか不審者かと思ったが、特に害意を感じ取ったというわけではなかった。だからそのまま放置したわけだが、下手に攻撃して殺したなんてなったらシャレにならなかったかもしれないな。


しかし、あの場であれの存在に気が付いていたのは俺とレイア、それからケルクだけだったな。

俺とレイアは特に害意が無いってのが大きな理由で見逃したわけだが、ケルクはただ慣れていただけかね。ビビりのあいつが平然としているのはそう言う理由くらいしか思いつかねぇ。


「それじゃあ、我の方から話すことは学園に関することではないからね、先に今日の報告を聞かせてもらおうじゃないか。レイア先生、アルカナ先生、講義をしてみてどうだったかな?

レイア先生は毎年の生徒と比べてみても面白いね。アルカナ先生は初めての講義だし何か感じたことはあるかな?」


やっと、俺の手を放した学園長は今度は今日の講義についてを聞いてきた。

そういえば今日ここに来たのは、その報告をすることが第一の目的だったな。猿に案内されたことと初めのインパクトとですっかり忘れてたわ。


講義の順番的にもレイアの方が先に話す様だ。その間に手を拭いておこう。


「そうね。座学は、私が『依頼における最適な攻略論』の講義をしたわけだけど、学生たちの飲み込み自体は悪くないわね。

毎年この科目の特別講義として、私の実体験をもとにした講義をしているのは知っていると思うけど、今年はアルとルグラでの3ヵ月があるから話す内容が尽きなかったわ。

もしかしたら、これまでよりも多くの例を話せる分だけ昨年以前の学生たちよりもたくさんの知識を提供できるかもしれない。

学生の質も良いから、冒険者としても優秀になるでしょうね。」

「ふむ、確かにあのクラスは例年よりも優秀なものが集まったとは思うが、君が言うほどとは思わなかった。我の弟子であるミーチェをはじめ幼き頃より噂されてきたような子供たちではあるが...そうか、君から見ても優秀になれるか。」

「ええ、でもそこから一歩、超優秀になれるかは彼ら次第だけどね。」


レイアが担当する座学においても彼らは十分な能力があると判断されたようだ。学園長の弟子や王子、貴族、平民と様々な身分や立場がいる中で、全員が全員優秀であるのはさすがのSクラスであると言わざるを得ないだろう。


さて、レイアの報告には学園長も満足したようなので、今度は俺の方から報告をする番だ。

まあ、俺の番と言ってもその内容自体は、先程もいったように学園長も見ていた(聞いていた)はずなので、ここで話すのは彼らとの模擬戦を通して俺が感じたことでいいのだろう。そうでなければ見ていたなんて言わないだろうし。


「確かにレイア先生の言う通りだ。彼らが努力を怠れば今が優秀だろうが、優秀になれる器だろうが、関係なく落ちぶれるのは間違いない。それを導くのが我々ということだね。教育者ってのは難しい仕事だよ。

それじゃあ、次はアルカナ先生。君の報告を聞かせてもらおう。」


良し俺が話す番だ。


「ああ。まず俺は模擬戦を行ったわけですが、正直拍子抜けだったな。想定していたよりもやるべきことが多くなりそうだと感じた。ました。」

「ほお、それはいったいどういうことだい?聞いた限りでは、厳しいことを言っていたがアレは期待してくれているからだろう。確かに決定的なことを言っていないようなところもあったけど。

あと無理に敬語にする必要はないよ。」


あの時の内容を把握しているなら、それくらいはわかるか。それに言葉遣いは助かる。どうにも最初の印象のせいで敬語が難しい。

敬語は俺もアルフレッドのことを言えないな。そもそも本質的に魔物である俺にとって上位者ってのはほとんどいない。敬語なんて使いどころがなかった。冒険者同士ならなおさら使わんし。


「そうか?助かる。確かに期待できるやつらばかりではあった。でもな、すべて俺が教えてやるってのも違うだろ?だってな、あいつらはいずれ一人で冒険者にならないといけない。それなのに先生がいないからってなっちまったら、そっちに責任を感じるよ。

それなら、自分で考える余地を残しておいて、少しでも一人でやることを覚えたほうがいい。」


学生たちにはできるだけ教えるつもりで入るが、それだと育たないので自分で考えることもさせるつもりだ。今日連携についてほとんど触れなかったのは、あいつらでパーティーを組むにしても別で組むにしても、ソロでやるにしても、なんにしても自分らで力を合わせることの大切さに気が付くべきだと思ったからだ。


俺は連携や協力が大事だとはこれまでほとんど思ったことはなかった。ルグラで活動するときも基本的に協力して何かに当たるということはなかった。レイアと俺で分担するようなことばかりだった。

まあ、それで十分、というよりも完璧な成果が出せていたわけだからな。


ただ、巨大土竜と戦って協力が大事だってところが嫌でも分からされたな。俺があいつとサシで闘っていたら、あの場で仕留めることはできなかっただろうし、逃げられた先で大きな被害を出していたかもしれない。

俺はそもそもが肉弾戦特化のスキル構成だ。ステータスだって高い耐久を活かした持久戦が本来のスタイルだし、正直俺だけなら巨大土竜はいつまでたっても倒せない可能性が高い。

レイアがいなければ、アレはどうにもならなかったとつくづく思い知らされる。


だから俺はSクラスのあいつらに一人よりも仲間がいることでできることが増えるということを知ってもらいたい、気づいてもらいたいのだ。


「なるほどねぇ。君たちは十分先生に向いているようだねぇ。我も長い間、学生たちに教鞭をとってきた中で、特別講師は何人も見ているけど、君たち程生徒を考えてくれているのは少ないよ。

レイア先生も去年とは人が変わったようだ。何か人を知りたくなるようなきっかけでもあったのかな?」

「なば!?なな、なば、ば、馬鹿なことを言ってんじゃないわよ。何もないわ!ただの気分よ!」


どうやら学園長に褒められたようだが、レイアはからかわれたのか?俺と会う前がどんなだったか俺は知らないが、学園長は知っているのか。ムカつくな。


俺の内心とは裏腹に彼らの会話は楽し気に進む。


「我としてはこれまでのレイア先生のような淡々とした講義よりも今日のような人間味のある講義の方が親しみがあってよかったねぇ。」

「フンッ、やっぱり私の講義も聞いてたのね。見つけたあの時潰しておけばよかったわ。」

「悪かったよ。ただ学生の状況が見たくてねぇ。許しておくれ。」


その様はじじいと美女が漫才を繰り広げているようにしか見えないが、この場に俺がいるというのを忘れてやがる。やっぱりなんかムカつくな。


「なぁ、報告も終わったし、そろそろ帰っていいか。俺も一応模擬戦で動いたから疲れちまってよ。」

「ん?カカカ、待て待て、こちらからも話があるんだよ。それにしても、そーかそーか、なるほどねぇ。」


学園長は何かに納得したようでしきりに頷く。そして一度咳をしてから今度は学園長が話しだす。

無理やり作った真面目そうな雰囲気は逆に張りつめていた空気を和やかなものにする中和剤の様な役目を果たした。


「悪かったよレイアくん、アルカナくん。早速だが、こちらからの報告というか、お願いがあってね。とりあえずのところ見せたいものがあるんだ。こちらへ来てこいつを見てくれるかい?」


学園長がそう言って立ち上がり、研究室の奥に行ってとりだしたのは、見るからにサイズ感が間違っている何かの卵の様だった。




学園長の頼みを聞きましょう。


拙作を読んでいただきありがとうございます.


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