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第86話 模擬戦その⑤

お読みいただきありがとうございます。

評価、ブックマーク、誤字報告ありがとうございます。



ベルフォード王国王立学園冒険者科4回生Sクラスの特別講義戦闘技能の部、最初の授業、模擬戦の最後は、学園長の弟子のテイマー、ミーチェだ。

彼女が率いるのは軍隊狼アーミーウルフという個体危険度Eランク、群れ危険度Cランクという群れでの狩りを行う連携力に非常に優れた魔物である。


そもそも魔物の危険度というのは一つ上がるだけで格段に強くなる。

例えば、グラスウルフという魔物は個体危険度Eランク群れ危険度Dランクの魔物で、見た目は軍隊狼の色違いといった程度なのだが、その危険度は群れで一段階変わる。


グラスウルフの群れはその数およそ10頭ほどで構成され、一体のボス個体が統率する。これに対して通常の軍隊狼は5頭の群れが一般的でその中にボス個体がいる。

つまり、Dランクのグラスウルフの群れはCランクの軍隊狼の群れに対して、倍の数がいても勝てないということだ。


だいたいの魔物は群れを作るとその危険度のランクが一つ上がる。しかし極稀に二つ以上危険度が増す魔物がいる。この差は連携力の差である。

グラスウルフは群れを作っても一緒に生活するだけで連携などはしない。なぜしないかなどは解明されていないようだが、頭が良くないとか仲間意識が低いとかそんなところだろう。

それに対して軍隊狼は連携を巧みに熟し一個体で見れば圧倒的に上位であるCランクの魔物まで狩ってしまう。時にはBランクまでも倒すという話だ。


これはすべて一般的な群れの頭数での話であるため、ミーチェの従魔は一般的な群れの倍の数である10頭だ。これは普通に考えてCランクの魔物を2頭抱えているのと同じ意味を持ち、さらにCランク相当が連携を取って攻撃するという一学生が持つには大きすぎる戦力なのだ。Bランク下位の魔物であれば余裕で倒せるような従魔なのだから間違いないだろう。


さらにミーチェの底知れなさを助長するものとして、依然として従魔を増やすことが可能であるということである。

かなりの量を使役する学園長の弟子だということはミーチェのテイム可能数もそれに匹敵するレベルの可能性もあり、将来的には多数の従魔による数の暴力で冒険者としても高位まで成長するのは必然だろう。


このクラスにおいて最も将来性があり、かつ将来が確定しているのは彼女かもしれない。


「ミーチェ、それじゃ君が最後だが、準備はいいか?」

「はい先生!みんなもいいよね?」

「ウォン」


ミーチェの呼びかけにイチが鳴いて答える。それ以外の軍隊狼たちもミーチェの後についてきているが、答えるのはボスであるイチだけなのか。

俺一人に対して10頭の軍隊狼とそのテイマー。この対峙は見ただけなら俺のボロ負けが予想されるくらいには過剰戦力だ。

実際はこれでも足りないくらいだとは思うが、なめてかからないほうがいいのは事実だ。気を引き締めよう。


少し離れてから向きなおりミーチェたちの配置を見る。どうやらセオリー通りに軍隊狼たちが前に配置され、ボスであるイチに跨ったミーチェ、つまり指揮官騎が最後方にいるという陣形だ。


ふむ、最初は突貫してみるか。


レイアが俺たちの間に立つようにして模擬戦開始を合図する。


「さあ、最後よ、両者ともに頑張ってね?そこのワンちゃんたちも。」

「ガウ、グルル」

「ウォン」


ワンちゃんと言われて反応したのは一番小さい個体、ジューだ。まだ彼我の力の差を理解できない程度には若いんだろう。レイアに対して威嚇したのをイチに注意される。魔物と言うだけあって相手の力量を独自の感覚で計るのがうまいんだろう。

よくよく考えれば、初めて学園に来た時に俺たちを見てずいぶん警戒していた気がする。


「それでは.........はじめ!」

「みんな、『行くよ!!』」

「ウォーン」


最初に突貫しようとしていた俺に対して先手を打ってきたミーチェに感心しながらも作戦を変えることなく直進する。

最初のミーチェの言葉には魔力が宿っていたが、おそらく〔統率〕の何かだろう。〔支援魔法〕というのも考えられなくもないが、たった数日で習得できるようなスキルではないので無い線だろう。


俺が近づこうとする間に複数の軍隊狼が襲い掛かってくる。それらをすべて木製の大鎌でいなしながらも前へと進む。

それなりに大きい軍隊狼でもまだ成体ではない者たちなら、特に障害にもならないでいなすことが可能だ。


ミーチェの群れには成体が6体、幼体が4体という構成だ。最初にとびかかってきたのは幼体の4体で、それ以外は俺を警戒して出方を見るということなのだろう。

これが模擬戦だからできる手だな。実戦なら家族を大事にしているミーチェには捨て駒のように子供を使うことはできないだろう。

優しいところは美点だが、冒険者としては受けることができる依頼に制限がかかることを考えると必ずしもいいことだとは言えないかもしれない。


「ナナとハチはそのまま先生を攻撃いなされても連続で!クーとジューは一度こちらに引いてニーとシーに交代。サン、イツ、ムーは魔法の準備、先生を拘束して!」

「「ガウ」」

「「ウォウ」」

「「グルル」」

「「「ウォオオオオン」」」


イチに跨るミーチェから指示が出てそれに従って動く従魔たち。1頭ずつ指示を出しているミーチェはわかっているのだろうか、堂々と指示を出してしまっては相手にも伝わってしまう。


「来るのがわかっていれば対処されてしまうぞ?」

「いえ!大丈夫です!」


俺が忠告すると即座に否定したミーチェは何か考えがあるんだろう。とりあえず向かってくる従魔たちに対応しよう。


俺に向かってくる従魔は現在6体。前から4頭こちらは成体2頭、幼体2頭で、これらが攻撃するんだろう。

それであとは俺の後ろの2頭の幼体。これらが前の成体2頭と交代して下がるのだろう。俺から離れてミーチェのところに戻る進路を取っている。


「グアウ」

「グルァ」


成体の二頭が攻撃を仕掛けてくるがどちらも飛びかかって振り上げた手を出していることから爪での攻撃のようなので籠手で受けるように構えて待ち構える。


いざ、攻撃を受けるというその時だった。

ドスンと衝撃を受けて俺の体が挟まれるようにして後ろに飛ばされる。何が起きたのかはわからなかったが、腹部に突進を食らったのがわかったので早急に周囲の確認を行う。


俺の目の前には4頭の軍隊狼、2頭が成体、2頭が幼体とそれ自体は俺の理解していた通りだったが、2頭の幼体は俺の後ろから回り込んでミーチェの方に戻ろうとした2頭だった。

俺の目の前にいたのがクーとジュー?

まさか、そういうことなのか?


「どうですか先生?大丈夫だったでしょ?」

「ああ、やられたよ。まさか、こんなにわからないとはな。」


俺が攻撃を食らってしまった理由としては軍隊狼の個体差を理解できなかったというに他ならない。成体の6頭はイチとそれ以外、幼体の4頭はすべて、どれがどれかわからない。

イチ以外の個体は皆同じような見た目なので、名前を出して指示を出したところで俺が判別できないと踏んでミーチェは「大丈夫」と言ったのだろう。


まずったな。本当に見分けがつかない。

先ほども戻っていくのがクーとジューと思ってしまったが、今は実はそれがナナとハチだったということはわかるが、対策は難しい。

攻撃を食らってからすぐに〔探知〕を使ってすべての軍隊狼を見てみたが、気配、魔力、生命力とイチ以外の成体5頭、幼体4頭でほとんど一緒で〔探知〕による差別化は不可能だ。いちいち〔戦力把握〕を使うのは戦闘中は集中できないためにむずかしい。


いよいよもって厄介だ。


「ずいぶんと厄介な特性を持っているんだな、軍隊狼ってやつは。それは野生でも同じなのか?」

「そうだよ、軍隊狼は群れとして統一されたステータスと見た目を持つ魔物で、その様がまるで既製装備の兵隊さんたちに見えると“軍隊”狼と名付けられたそうなんだ!

新しく家族になった子でも一か月で同じ水準まで引き上げる訓練を行うことも軍隊みたいだよね。

イチに合わせたステータスになるので、イチがレベルアップすると他の子もレベルが上がる不思議な特性を持っているの!」


ミーチェの説明を聞くとずいぶん特殊な生態を持つ魔物のようだ。たしか学園に入るまではイチだけだったはずなので、イチがそれだけ強い個体だったのかもしれない。


こう考えて受けこたえている間もミーチェの指揮の下、6頭の軍隊狼が俺を攻撃している。これはおそらく魔法を発動させるまでの時間稼ぎだろうが撃たせるわけにはいかないな。

ただ、この6頭の連携が厄介だ。この軍隊狼たちには自分で考える頭もあるようで、その場その場で補助し合ったり、各々ができる最大パフォーマンスを維持している。


どうしても小回りが利かない鎌を振り回すのは不利だな。


「グルァアア、!?キャウン」


俺は躊躇なく木製大鎌を投げ捨てるついでに目の前から飛びかかってきていたニーかシーに当ててそのまま倒す。空中で当てられて落ちたところを〔温情〕を発動させた状態の拳撃で脳を揺らして気絶させる。


「これで1頭。シーか?「ニー!!」あ、ニーだったか。なんにしても1頭沈んだぞ。それ次はほい、お前」

「ガウゥ」


名前を言い当てて見分けがついてるんだというブラフを立てることは盛大に失敗してしまったが、その代わり子狼を捕まえた。

再び〔温情〕を発動して右ストレート、子狼は吹っ飛んでいきレイアの前で伸びてしまった。


これで2頭。まだまだ少ないがそれでも仲間が倒れたことで、憤る者や恐怖を感じる物など主に大人か子供かで別れた反応をする。

さすがに大人の士気は削れないが子供はすでにビビッて腰が引けている。まあ、言ってしまえば隙ができたということで、ピンポイントで〔王威〕をぶつけて止めだ。


手加減したと言っても相当な圧力を感じたはずなので、子狼たちが3匹とも気絶してしまったのはしょうがないことだろう。ミーチェは何が起こったかわからなかっただろうが。


「ナナ、クー、ジュー!?どうしたの!?」

「安心しろ気絶しているだけだ。さあ、子狼たちは全員戦闘不能。あとは成体が5頭か。」

「クゥッやっぱり強いなぁ。みんなとの模擬戦も圧倒的だったけど、わたしはあきらめないよ!サン、イツ、ムー、魔法発動『バインド』!」


あきらめないというのは大事だが、すでに戦力が半分、いや、4体は子狼だったから純粋に半分ではないがそれでも連携に楔を打てたと考えれば十分だ。


そんなことを考えている余裕があるかと言えば、ある。ミーチェのバインドの掛け声は〔統率〕か〔従魔術〕の発動キーのようだ。

サン、イツ、ムーの3頭から飛んでくる魔法はすべて拘束の魔法だったがこれはメイリーンと同じだ。容赦なく引きちぎる。


俺が一瞬止まった瞬間に近くにいたシーはミーチェのもとに戻って、2:2:1のフォーメーションを組む。魔法はほとんど不発に終わったが、陣形を組むことを優先させたことで、こちらのカウンターを透かしてきた。


「やっぱり、バインドは効果ないかぁ。さっきの離れたところから気絶させた技が何かわからないし、うかつに距離を取るのも。うーん、イチ、どうしよっか?」

「グアウ」

「相談しているところ悪いが、今度はこちらから行くぞ?」


俺は相談をよそにさっき捨てた木製大鎌を拾って横に振りかぶった状態で突貫する。

ミーチェに届く間合いまで一瞬で近づき横薙ぎの一撃を放つ。魔力を斬撃上にして飛ばすという魔法の亜種みたいな技だが広範囲に攻撃するには魔力を多く使うだけなので便利な技だ。


「グルゥ」

「キャゥン」

「イツ!ムー!...イチ!サン!シー!先生を抑えて!」

「「「グルゥォオオオオオオン」」」


残り3頭となったところでミーチェがイチから降りてこちらに向かわせる。まさかボス個体までをこちらに来させるとは思っていなかったが、3頭で連携を取りながら攻撃を始めた。サンは魔法を使う個体の様で爪や牙での攻撃に魔法を合わせて他の2頭の援護をしてくる。


3頭の対処をしながらミーチェの方をちらりと覗くとそこにいた彼女は何か詠唱をしているようで、魔力が体中をめぐるように荒ぶっていた。

このタイミングで魔法を放つのはずいぶん思い切ったことをするな。下手したら従魔ごと被弾することになるぞ。


「何をするつもりか知らんが、良い覚悟だ。来い!」

「行くよー!水よ、荒れ狂う波となれ!《タイダルウェイブ》!!そして!〔従魔術〕師匠直伝!奥義《サモン》!」

「なんだと!?」


放たれた水魔法はもはや津波だった。すべてをのみこむような大きな波が結構な速度で俺たちに迫る。飲み込まれる寸前に俺の目の前にいた3頭とぐったりするその他7頭が消えてしまった。

波に飲み込まれる直前に見えたのはミーチェのそばに現れた軍隊狼たちだった。


「なるほど、疑似的な召喚魔法ってところかな。ユーゴーとは魔力の使い方が違うみたいだ。」


正直為す術もないのでそのまま流されて水が無くなるのを待つ。ダメージはないが流れが早く身動きがとりずらい。俺は平気でも地面が削られるため立ち続けることができないほどの威力になった。よほど多くの魔力を使ったのだろう。本来なら波が押し寄せる程度の魔法だったはずだからな。


でも。


「惜しかったなぁ。ここが屋外であればそのまま川にでも流れて窒息で終了ってところだろうが、ここは訓練場だから。運が悪いと思ってくれ。」


正直なところやられた感はあるが、屋外であっても無理やり回避できたと思うので問題ない。それじゃ、そろそろ決めようか。


俺は影龍の外套を被り気配を消す。そのまま音を立てないようにミーチェの後ろに回りこみ首に手を回す。


「おっと、動くなよイチ。ご主人様はこちらの手のうちだ。降参を希望するがいかがかね?」

「ぐぅ」

「グルル」


さすがにイヌ科の動物だけあって狼ってのは鼻がいい。水で匂いも落ちたと思ったが、イチの鼻をかいくぐれるほどではなかったみたいだ。

まあ、ニーチェは完全に俺が拘束したのでこちらの勝ちだな。


「そこまで!!アルカナの勝ちよ!」


レイアの声を聞いてニーチェを放す。絞めていたわけではないので怪我はないと思うが一応聞いておく。学生を怪我させるのは良くないからな。


「お疲れさん、けがはないよな?」

「はい。ありがとうございました。」

「はーい、お疲れさま。二人とも頑張ったわね。ワンちゃんたちは私が回復させておいてあげるから、アル、わかったことを教えてあげて。」

「あいよ。ただ、ご主人様のことだから聞ける軍隊狼は聞いておけ。」


レイアが治療してくれるなら狼の心配はいらない。それじゃ遠慮なくミーチェにどこがいけなかったかどこがよかったか指摘しようかな。


「ミーチェ、何が悪かったかわかるか?」

「はい。最後は油断してしまいました。」

「そう。それもある。あれは普通なら流されて戦闘不能というような大技だろうが、気を抜くのはよくないな。しかし、戦闘自体は言うことなしの良い連携に魔法だったぞ。

言うことがあればミーチェも気配以外で相手を見つける手段が必要だぞ。魔力でも生命力でも良いが〔探知〕はあると便利だ。

ミーチェはテイマーだから、自分で覚えなくてもそういった従魔をそろえるでもいいしな。」

「なるほどです。ありがとうございました。」


素直でよろしいが、これ以上従魔が増えるというのは学生が管理するというのは難しくなるか?

まあ、そこは学園長が何とかするだろう。


よし、これで模擬戦も終わって、学生たちに何を教えるべきかわかったから、今日は総評して終わりかな。

レイアも何かあるだろうし。


「それじゃみんな集合してくれ。」



総評して帰りましょうか。




総評しましょう


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