第85話 模擬戦その④
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コロナワクチンの二回目を打ちに行くんですが、土曜日に資格試験もあるので副反応が心配です。
ケルクが他の学生たちのもとへと戻るのを見届けてから今度はメイリーンを呼びこんで次の模擬戦に移る。
メイリーンはハーフエルフという種族柄か他の学生よりを圧倒するレベルで魔力が高く、その他ステータスも魔導士寄りなのでスキルを考えると少しちぐはぐな印象を受ける。
こちらに来るメイリーンは手に持っている木製の槌、棍棒とでもいうべきそれをブンブン振り回しながら歩いている。正直素振りを見ていても技術的なものは一切感じられないが、その音は要注意だ。
おそらく豊富な魔力で〔身体強化〕を発動して筋力などを大幅に強化しているんだろう。〔戦力把握〕でステータスを見ても表示されない部分だ。
さっきまではブンブンという快音を鳴らしていた棍棒が、近づいてきた今となってはブオンブオンとより物騒な音に変化している。
「お待たせいたしましたわ、先生。4人目はわたくしでいいですわね?レイア先生がよろしいとおっしゃってくださいましたので、よろしくお願いしますわ。」
「ああ、こちらとしては順番に意味はないからな。それじゃやろうか。」
「はい!」
いい返事が帰ってきたわけだが、その表情も返事と同じように良い笑顔だ。何をそんなに喜んでるのかと思ったが、どうやら魔物を殴り殺すだけでなく、普通に殴るという行為が好きなのか。
つくづく物騒な娘だ、とため息が出そうになる。慌てて開きかけた口を閉じてキラキラと目を輝かせながら開始位置に移動して素振りを繰り返すメイリーンを見やる。
俺が図書館で調べた限りだが、エルフという種族は他の種族に加えて魔力を魔法などに変換する際の効率が非常に優秀らしい。
現に今も高水準で〔身体強化〕をしているはずのメイリーンの魔力値は最大値から5減っただけで、人族の冒険者が同じ水準で発動を続けたらすでに50は消費しているだろう。スキルの熟練度を考慮してもあまりにも効率がいい。うらやましい限りだ。
「それじゃ、両者とも開始位置に着いたわね。始めるわよ?......はじめ!」
開始の合図とともにメイリーンが動き出す。俺はまずは待ちの姿勢で受け止める。
ここで俺が驚いたのはまず最初にメイリーンがとった行動が、何かを投擲するといったことだった。突然のことだったのでもろに食らってしまったが、何かの薬品のようだ。
〔調薬〕を持っているのは知っていたので警戒していたが、ポーションの類を作っていると思っていたが、毒かもしれない?
まあ、全力でという話なので咎めるつもりはないし、この思い切りはむしろ褒めてやるべきだろう。俺は濡れてしまった顔を拭ってメイリーンを見る。
いや、見ようとする。
「奇襲で薬品を投げてくる、思い切りは良いが、特に困らな...い?あれ?視界が?...ふむ、《ブラインド》か。」
「ご名答。わたくしとケルクさんの合作ですわ。単純な魔法でも解除は難しいですわよ!」
俺の視界を塞いだのは〔闇魔法〕の最初級魔法の効果が付与された魔法薬のようだが、先ほどの俺の試合を見ていなかったんだろうか。
アルフレッドの試合の時は目隠しと耳栓というハンデがあっても問題が無かったわけだし、これくらいじゃ止まらない。〔気配探知〕と〔魔力探知〕でいくらでも周囲の状況を把握することができる。
まずは〔気配探知〕でメイリーンの位置を把握する。
ふむ、何やら俺の周りをくるくると回っているようだが、何をしたいんだろうか。先ほどの模擬戦を参考に俺が〔気配探知〕を持っていることがわかっているから、素早く動いて翻弄するということかね。ただ、時折しゃがむような動作を挟んでいる。何かをしているのだろうか。
「おいおいどうした。目を潰したのは良い作戦だったが、まだそれじゃ俺を止めることは難しいぞ。」
「ええ、先生のスキルはいくつかわかっています。〔気配探知〕をお持ちでしょう?あとは〔魔力探知〕ですかしら。わたくしだってわかっているのに対策はしないなんてあり得ないのですわよ!!木よ、育て《グロウ》!」
「ああ、魔法か......む?そういうことか。」
メイリーンが足を止めて使った魔法は俺の知らない魔法だったが、何をするかは一目瞭然だ。ただ、ここでこの魔法を使った理由には皆目見当もつかなかった。
しかし、魔法が発動した次の瞬間には何を目的とした魔法なのかを理解する。それはあまりに巧妙で有効な手法だった。
俺は今、薬品によって視界を塞がれた状態だ。アルフレッドとの模擬戦とは違い視界だけなので耳が使えるぶん状況はまだましだろう。
しかし、この模擬戦において目の代わりとして用いるべきは〔探知〕だ。俺は普段はこれらを一つずつ、気配、魔力、といった感じで使い分けている。
視界が無いならその気配を探ればいいというのが常套手段だった。
ただ、今回はそれが裏目に出る結果となる。
メイリーンが使った魔法は、ただ植物や樹木を成長させるという木魔法の中でも簡単な部類の魔法だと思う。しかし、この魔法はそれだけではなかった。
メイリーン独自かそれとも一般的かわからないが、この魔法にはどうやら発動者と同じ気配を植物に持たせることが可能なようだ。
魔法が発動すると同時に、メイリーンの気配が俺の周囲を囲むようにしていくつも出現した。気配だけなら10人近くのメイリーンが俺を囲んでいることになる。
しかもその配置は規則性が無く、微妙に揺れているようで本物と偽物の差がわからない。
それならと今度は〔魔力探知〕に切り替えて周囲の把握を行う。〔魔力探知〕は熟練者になると魔力を介して周囲の地形までも理解できる程の可能性を秘めたスキルだ。俺ではそこまでできないにしても、人を一人発見するくらいは造作もないことだと思っていた。
メイリーンはエルフの血が影響して魔力が高く、さらに簡単だとも。
しかし、現実はそうはならなかった。
「ハハハッ、やられた...」
「どうやら〔魔力探知〕に切り替えたようですわね。でも残念、わたくしそんなの想定済みですわ。さあ、そろそろ攻撃しますわよ。」
どうやらこのメイリーンという少女は思っていたよりも強かで、貴族の令嬢としてだけではなくエルフの娘としてもずいぶん優秀らしい。
俺の視界は完全に塞がれてしまったようだ。
〔魔力探知〕で分かる周囲の状況は何もない。いや、正確にはある。ありすぎるのだ。
空気中にはメイリーンの魔力が充満していて、俺の周囲は完全にメイリーンの魔力で支配されていると言っても過言ではない。
「さっきの薬品だな?あれは個人用の魔力回復薬を改造したものか。さらにあのとき俺の嗅覚まで攻撃されていたとはな。気付かんわけだ。」
「ええ、先ほどの薬品は私専用の魔力回復薬に《ブラインド》の付与をしてもらった特別品です。それに嗅覚をおかしくする無臭の薬品を追加しました。舐められたらばれていたと思いますわ。」
なるほど。最初に俺の〔魔力探知〕を潰し、《ブラインド》という囮を兼ねた本命で〔気配探知〕まで潰すと。手の込み様には舌を巻くが、どちらも俺の慢心が引いた最悪ということだろう。
「先生がわたくしたちをただの学生だと思っていることは先ほどまでの模擬戦を拝見いたしまして理解しました。これはチャンスだと思いましたのよ?ひと泡吹かせ、殴りつけるにはこれしかないと。」
「いや、マジでそうだな。返す言葉もない。ただ、このままやられるわけにも行かんな。」
伊達にSクラスというわけではない、か。まあ、実際こんな手段で俺の視界を潰されるなんて予想していなかった。警戒していてもこれは予想できないだろう。
ブオン
おっと、危ねぇ。
どんだけ魔力を込めてんだってくらい全力で〔身体強化〕したメイリーンの振り下ろしは俺の頭をかち割る勢いで襲い来る。
学生諸君のほうから息をのむ声が聞こえる。俺が死ぬんじゃないかと心配してるのか?
ナイナイ
そんなことはあり得ないだろう。この作戦は確かに俺を動かせなくする効果が得られた。しかし、それは俺が切る札がなくなったことを示してはいない。
忘れてないだろうか。俺が〔探知〕を持っているということを。木や植物と人間では生命力の桁が違うということを。
「な、なぜですの!?満足に動けない状況を作ったはずなのにどうして避けるんですの!?」
棍棒を振りまわし続けるメイリーンは俺が先ほどから一撃も喰らわないことに焦りはじめ、ついには口に出して焦りを表現してしまった。
気持ちはわからなくもないが、余計なことを喋るのは相手に余裕を生むから良くないと思うぞ。
「さて、なんでだろうなぁ。せっかくの作戦でも大きな穴が開いてたら意味がないぞ?まだカバーできていないところが在ったんじゃないか?ハハハ」
「はぁはぁはぁ、カバーできていないところ? はぁはぁ、それはいったい?」
そう簡単に教えたらつまらない。もう少し考えさせてやろう。
「今は教えな―い。模擬戦が終わったら教え「メイリーン様!きっと〔生命探知〕です!アルカナ先生は、探知系2つではなくて少なくとも〔探知〕を持っているんだと思います!」てやる、って、ケルクくん、君ってやつぁ。」
「ありがとうケルクさん!」
俺がもったいぶって話さないでいたら、ケルクが教えてしまった。まあ、どうせ教えるつもりだったし、いっか。これもあいつが度胸をつけることへの第一歩ってことか。
それにわかってもどうしようもない。魔力のように生命力をまき散らすということは不可能だし、生やすなんてことも無理だろう。
「わかったところでどうしようもないって言うのが困りどころですが、魔力が正常に見えることではないのは変わっていないはずですので、そちらから攻めさせていただきますわ。木よ、縛れ《ツリーバインド》」
「ぬお!?」
魔力が見えていないので魔法は反応がむずかしい。音でなんとか反応できるがそれでも足がとられてしまった。
まあ、引きちぎるけどな。
ブチィ
「なっ!?」
「驚いているところ悪いけどそろそろ終わりにするか。わかったし。」
メイリーンはよくやったほうだが、そろそろ手札もすべて出し切ったところだろう。それならすぐに終わらしてしまおう。講義の時間もあと少しなので、早くミーチェとの模擬戦に移らねばならない。
正直、想定の数段上の実力を示してくれたメイリーンには悪いがササッと決めさせてもらおう。
すでにかかっている〔超強体〕の2倍掛けをフル稼働してメイリーンの横を通り後ろへと回り込む。
〔生命探知〕で場所は把握しているので一直線に向かって追い抜きざまに大鎌で足をすくいあげるようにしてバランスを崩させる。木製なので転ばせるだけで済んだが、実戦でなら大抵のやつはこれだけで戦闘不能にできる。足をぶった切ってるわけだからな。
「きゃあっ!」
このまま転ばせて女の子を顔から地面にダイブさせるのは本意じゃないので、一番近いところにある彼女の棍棒を掴んで引き寄せ、抱き留めるようにして抱える。
「おっと。お疲れさん。良い戦術だったぞ。俺もしてやられたわ。まあ、自信がありすぎたのは良くなかったけどな。ほら立てるか?うん、怪我してそうならレイアに回復してもらえよ。」
「はい、ありがとうございますわ、アルカナ先生。幸い怪我もしていないのでこのままミーチェさんの観戦をいたしますわ。」
「おう。んじゃ、とりあえず感想というか、まぁ、評価だが、概ね良いだろう。冒険者としてもある程度やっていけるぐらいには戦闘力はあったし、あれでもう少しだけ魔法との組み合わせで俺の逃げ道を塞いでいたら何発かもらったかもな。」
メイリーンはもしかしたら現時点で一番冒険者としての戦い方というのができているのかもしれない。ケルクの場合は目指すところが違うので一概には言えないが、他の二人はどうにも正直すぎる。あれは貴族の戦い方だ。冒険者は使えるものは使って戦う。メイリーンはそれが一番できていた。
今後に期待だな。
「メイリーンは〔木魔法〕しか使っていなかっただろう?他にも魔法を持っているならそれも使うといいぞ。冒険者なら手数があればそれだけ生き残る確率が上がる。
〔調薬〕にしても魔法にしても先生がいるんだろ?よく学べよ。それ以上俺が言うことはないが、敢えて言うなら、棍棒ならどうせ〔身体強化〕使うことを考えたら金属製の重いやつでいいんじゃないか?重いだけで一つの強みだぞ?」
「そうですわね、魔法や調薬に関しては精進します。でも棍棒は木製がいいんです。金属よりも直接的に殴りつけたときの感触が感じられますから。」
「そ、そうか。ならなにも言うことはないな。できるだけ重量がある木にすると良い。」
「ハイですわ。」
うっとりとしたその表情は正直、背筋が凍るほどの恐怖を感じたが本人が楽しそうなので改めさせるというほどのことでもない。俺に被害が無ければ後のことはどうでもいいとか思っていない。
「んじゃ、最後だな。ミーチェ、ずいぶんと待たせちまったが大丈夫か?」
「うん、大丈夫!先生たちの試合は見ているだけで勉強になったしこの子たちも楽しかったみたい。」
そう言って一番近くにいる軍隊狼のイチとサンを撫でる。今日は全員集合しているようで、イチからジューまで勢ぞろいだ。
軍隊狼はその連携力でCランクという位置にいる魔物だ。本来は一番強い個体であるイチが統率する群れだが、その地位にミーチェが立ち、1つの群れとなっているようだ。
これだけの魔物を従えるテイマーとの試合は初めてだ。
どれだけ楽しめるかね。
最後の一人だし、気合い入れてやるか。
最後の一人と模擬戦しましょう
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