第81話 「あれは常識」
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そんなこんなでブラッドレイ邸に帰ってきたわけだが、結論から言って俺が冒険者ギルドで出した依頼は希望者がまだ出ていなかった。いつも通りの男性職員のところに行ったわけだが、彼が言うには、見て内容を確認するくらいはあってもやはりエルフの国の料理を作れるという条件がむずかしいようだ。
「エルフの国は船で行けば直通なので楽ですが、陸路となると組合連合国ミツバを抜けて行かなければならず、手続きなどが手間ですからね。そこまでする人はいないんですよ。
それなら国内で料理人に弟子入りして修行するか、行ってもミツバで料理人ギルドに加入してそこで料理人に弟子入りして店を出しに王国に戻ってくる方が断然成功の目がありますからね。
料理人からしたら本職のいるエルフの料理を学ぶのは下手なサイコロを振るようなものですし、現地のエルフ料理以外は認めないという方もいるので、エルフの国以外で、しかもエルフ以外でエルフ料理に出会うのは相当珍しいです。」
とのことだから、まあ、期待はしていなかった。期待していなかったが、希望を持っていなかったわけではないので、しっかりショックは受けている。
俺のエルフ飯生活はまだまだ先の話ということか。ルグラでは幸運だったな。ありがとうフィンさん。
そんなわけで、ギルドでは特に収穫もなく、帰途についた。あ、ギルドでは土竜の件で感謝はされたわ。依頼者が国だったことから、ギルドから感謝といっても正式なものではなくて、一個人として、みたいな感じだけどな。
さて、家に帰ってきたはいいものの、夕食までには少し時間があったので、久々の自由時間だ。すでに帰ってきたことを玄関にいたマイさんに伝えているため、これ以上の報告義務はない。レイアにも報告されているだろう。
俺は自分の部屋ではなく庭に出る。庭の地中には樹人の庭師ニウさんがいるが、地上では荒らしさえしなければ自由にして良いとは言われているため、これまでも夕食後や朝など時間があるときにここでスキルの修練や武器防具の整備をさせてもらっている。
たまには獅子王面を洗濯したりもしているが、ニウさんが何も言っていないので大丈夫だろう。獅子王面を洗った際の汚れた水をそのまま庭に流しているが、注意されていない。
今日も時間が開いたし、動き回ったので洗濯をしようと部屋で獅子王面を外してただの骨として〔人化〕する。土竜の件もあったため獅子王面を外すのも久々な錯覚がする。
洗濯は使用人に任せればいいじゃん、とレイアには言われたが、まあ、やめた。屋敷の人たちには獅子王面のことは言っていないため洗濯を任せられないってのもあるが、俺が譲り受けたものの洗濯を他人に任せるのはどうかと思ったからだ。
洗濯かごにカモフラージュ用の布を入れて使用人のもとに向かう。俺は便利な魔法を持っていないし、水を出す魔道具はあってもせいぜい飲み水程度の水量しか出せないため、使用人に水を入れた大きな桶をもらっていった方が効率がいい。
「うぃーす。水もらっていいか?」
「はいはい、ちょっと待ってくださいな。お洗濯ですか?いつも通り大きな桶に水を入れますんでちょっとお待ちください。」
「りょーかい。じゃあ、洗濯物を庭に置いてくるんで、また来るわ。」
このやりとりも毎度のことで何度もやっていれば俺も使用人の彼女もすでに慣れたものだ。そそくさと庭まで洗濯かごを運んで、洗濯用の板や洗剤などの用意をしてから戻る。
すると、いつも通りの大きな桶に水がなみなみと溜められて置いてあった。
「それじゃ、これもらっていくよ。ありがとなぁ。」
「はーい。使い終わったら、またここに戻していただければ大丈夫ですので、よろしくお願いしますね。」
「うぃーす。」
こうして無事に水と桶を借りることができたのだが、実際はここからが大変なのだ。桶にたっぷりと溜められた水が揺れることで桶のバランスを保つのが難しくて初めての頃はこぼしてばかりいて何度もレイアに注意された。
今ならほとんどこぼさずに庭までたどり着けるが、気を抜くとまたこぼしてしまうため、気を抜くことはしない。慎重に一歩ずつ足を踏み出して庭まで行く。
どうして一歩一歩に集中して歩くとつま先立ちになってしまうんだろうな?え?俺だけ?......そうですか。
さて、これでようやく選択の準備ができたわけだが、今日はいつもとは違うことをしようと思う。
今の俺でこの前の洗濯の時と違うのは保有スキルだ。前の時は〔魔力探知〕と〔気配探知〕だけしかもっていなかったため、薄い気配と張り巡らされた魔力にニウさんの場所が把握できなかった。しかし、〔生命探知〕を手に入れて〔探知〕になったことでそれも可能になったわけだ。
というわけで、今日は洗濯をする前にニウさんに挨拶しようと思う。〔探知〕発動。
おー、こんな感じで見えるんだ。最初は気配はこっちとかあっちって言う方向がわかる程度で魔力は自分を中心にレーダーが展開されているような感じだったのだが、〔生命探知〕が追加されて気配も生命もレーダーに同居するような形に収まった。便利になったのは間違いないので文句はない。
レーダーで見るとここらいったい、庭の隅々までニウさんの魔力で満ちている。魔力でというよりは根っこが伸びてそれが保有する魔力を〔探知〕しているようだ。
次は気配だが、大体の場所はわかる。根っこにも気配があるようで、どうにも本体までたどり着けない。
そして最後は真打登場、〔生命探知〕。これの効果は一目瞭然だった。庭の中心地あたりにかなり強い反応がある。その強さのレベルを誰かほかの人物と比べることができるほど〔生命探知〕の実績が無いため何とも言えないが、ニウさんが弱いわけではなさそうだということはわかった。樹人に戦闘力のイメージは無いが、強いのかもしれないな。
ニウさんを見つけた俺は中心まで行ってニウさんに呼びかけるように地面の土をトントンと叩いて語りかける。聞こえているかわからないが、こちらの気分の問題だ。
「ニウさーん、アルカナです。今日も洗濯をするので庭をお借りしますねー。」
本当に一方的な申告だったわけだが、声をかけてからすぐに地面の土がゴゴゴと盛り上がりはじめ、小さめの盛り土の山ができるとそこからニウさんが頭を出した。ニウさんの見た目は普通の人族と同じなので、生首のようにしか見えないシュールな光景だ。
「アルカナしゃん、こなーだぶりでにゃーけ。元気しょか?洗濯は自由にしんしゃい。」(アルカナさん、この間ぶりではないですか。元気でしたか?洗濯はご自由にどうぞ。)
「ええと、ありがとうございます。なんだか、前よりも訛りが緩い気がしますが、気のせいですかね。」
「んーにゃ、気のせいでにゃーよ。アルカナしゃんのおかげだぁよ。こなーだのアルカナしゃんが洗濯した水をにゃーしてくれたで、ワスの成長につにゃがーたにゃー。庭仕事にえー影響にゃーよ。」(いや、気のせいではないよ。アルカナさんのおかげだよ。この間のアルカナさんが洗濯した時の水を流してくれたおかげで、私の成長につながったよ。庭仕事にいい影響だよ。)
ほぼ何を言っているか分かる様になったのはありがたいが、洗濯で出た水が成長につながるってどういうことだ?......あ!もしかして神獣を洗った水だからとか?そう、かもしれない。
神聖な水に変化したから植物にもいい影響を与える的な?
そういや獅子王面は純粋な光属性の装備だし、植物は光合成するんだから、光属性の吸収もしているのかもしれない。それなら洗濯水が影響を与えるというのも、一応納得できる。
「にゃーわけで、ご自由ににゃーよ。ワスは下におるでね。」(てなわけで、ご自由にどうぞ。私は下にいるのでね。)
「わかりました。ありがとうございます。」
そう言ってニウさんは地中へと戻っていく。くるくるろ回りながら潜っていくのは何度見ても不思議な光景だ。
俺の洗濯水がニウさんに成長を促したということは、周辺の植物にも何かしらあったはずだが、それはニウさんが〔植物支配〕で調整してるのかな。
さて、それじゃあ、洗濯の許可も正式にいただいたことだし、やりますかね。洗うのにはサイズは元のまましっかりとやらないと細かい汚れなんかはとれないから、〔縮小化〕は使えない。白い毛皮は汚れが目立つので手は抜けないのだ。それに相当な大きさの獅子王面を洗うのは時間がかかるので、夕食までに終わらせるためにひと頑張りしましょうか。
「おし、やるか。」
まずは頭だ。ライオンだけあって立派な鬣があるし。ここも丁寧に洗わないと。人化しているときに体を洗うのも効果はあるが、客観的に見てもらうことはできないので、自分で見て洗うのは大事なことなのだ。
ゴシゴシゴシゴシ
ゴシゴシ
ゴシゴシゴシゴシ
あー、この作業何度やっても慣れない。鬣をブラシみたいなのできっちり洗うのは、あのふさふさを維持するのに大事なわけで、必須作業だ。
しかし、鬣は〔人化〕した際には髪の毛に値するようなので、こればかりは〔人化〕状態で頭を洗ったほうが断然楽かもな。
さて続き続き。今度は体。
ゴーシゴシゴシ
ゴシゴシ
ゴシゴシゴーシ
でかいというだけで大変だが、さらに胴体は鬣よりも毛が短いので泡が立ちにくく洗剤もたくさん使う。水を変えるついでに洗剤ももらいに行こう。
***
先ほどの使用人の彼女に洗剤と水を分けてもらってきた。もともとの汚れた水は、前回同様に庭にそのまま流し込む。この水も一種のお礼という形になるのかな。
さてさて、胴体の続きを洗いましょう。
ゴーシゴシゴシ
ゴシゴシ
ゴシゴシゴーシ
よし、何とか終わり。あとは手の先と尻尾だ。
尻尾は簡単だからとっととやって、手の先に集中しよう。
サラサラワシャワシャと尻尾をブラシで擦り、尻尾の先を手で揉みこむようにあらっていく。なんだか知らないが棘があるので気をつけねば。
ふむ、こうやって洗っているだけでも気持ちがいいな。モフモフを感じる。何回目かの洗濯ではあるが、面倒臭いとならないのはこのモフモフがあるからだろうな。
手の先は肉球が付いているが、ただのネコ科ではなく神獣の遺骸であることからもわかるように最高の触り心地だ。〔人化〕すると人の手になってしまうので普段は感じないが、この状態なら触り放題だ。
ムニムニと触りながら洗っていく。手には爪が隠されていて指で押すと爪がにゅっと出てくるのだ。その爪は神獣の名にふさわしいほど鋭くとがっている。鉄製のナイフならこの状態でも一刀のもとに真っ二つだろう。
俺でなかったら洗っているときにけがをしてしまうだろうことも、人に洗濯を任せられない一つの理由だ。
ゴーシゴシゴシ
ゴシゴシ
ゴシゴシゴシゴーシ
***
ふう、どうにか洗い終わった。結構時間がかかったな。もう日が暮れ始めてしまっている。夕飯の時間だ。
部屋までこれを持っていってもびしょびしょだから、この場で乾かしてしまおう。
魔法は無くても乾燥の魔道具は持っている。ダンジョンを出た後に山賊のアジトで接収したいくつかの魔道具のうちの一つだ。飲み水を出す魔道具なんかと一緒にあった。
これの優れているのは魔石消費型ではなく魔力消費型であるということ。一日寝ていた俺は魔力もずいぶん戻ったし、思う存分使える。最大出力で獅子王面を乾かす。
乾かし切ったところで〔換装〕〔人化〕。人に見られても困るので全速力で行ったし、普通の人には俺が一瞬光って髪色が突如白くなったように見えるだろう。
良し、片づけるか。
まずは水を庭にまく。次に空いた桶に洗剤などを入れて持っていきやすいようにまとめる。
ん?何やらニウさんが近づいてきている?
〔探知〕にニウさんの反応をキャッチし、そちらに意識を向ける。
ズズズと地面から生えてきたニウさんはなんだかさっき見たよりも背が高くなり髪の色が濃い緑になっている。ずいぶんと変化したものだ。
「アルカナさん。今日はありがとう。おかげで私は大人まで成長することができた。あそこまでの光属性の魔力はただ日光を集めているだけではまだまだ時間が必要でした。感謝します。」
「え、ええ。お役に立てて......よかった...です?ちょっと意味がわからないんですが。」
「ああ、すいません。今まではあんまりしゃべるのが得意ではありませんでしたが、それは子供だった故です。今は大人になりましたので。これまで以上に頑張りますよ。」
どうやら成長して流暢にしゃべることができるようになったようだ。これは後でレイアに報告かな。
「さらに光属性の魔力が余りましたので、眷属を生み出すことができました。こちらです。」
ニウさんが手をかざしたほうの土が盛り上がり中から2頭身の木の精みたいなのが出てきた。
「ユー!」
「こちらが眷属のユーです。私の仕事を手伝ってもらうことになりますのでお見知りおきを。お嬢様には私から紹介いたしますが、簡単に説明していただけますと助かります。」
「あ、はい。」
怒涛の展開にちょっとついて行けない俺だが、まあ、こういうもんか、と半ば現実逃避しながら桶を持ち上げて屋敷の中に戻る。
俺を見送るニウさんと眷属のユーは二人して地中に戻っていったので、樹人ってのは大人になっても変わらない生態を持っているんだなぁ、とどうでもないことを考えてしまう。
ドッと疲れた気がするけど、レイアには報告しなきゃな。
***
あ、レイアに報告したら、成長の件は驚かれたけど眷属に関しては知ってたみたいですよ。
あれは常識......?
――――うん。あれは常識とは言えないよなぁ。
学園での特別講義に行きましょう。
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