第54話 「旅の中で祈ろう」
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ルグラを出発してから、約11日ほどの時間が経ったが、まだ中継地であるニピッドに滞在しているというのはどういうことか。
マロ氏が用意してくれた宿の一室で頭を悩ませる。
そもそもルグラと王都の間の移動には通常の馬車での移動で、およそ2週間かかるという話だった。もともとこの領地を治めるトゥーピッド子爵家やその縁戚であるムリニール伯爵家によって下手な横槍が入ることで伸びることになるかもしれないということを考えても、獅子王面で〔獣化〕した俺がレイアを乗せて走れば、半分の1週間ほどで到着する予定を立てていた。
まさか予想していた横槍が、ここまで鋭いものだとは考えていなかったな。引っこ抜くのに時間がかかりすぎだ。
これも一つの経験か、と勉強領としての5日を悪いものではなく良いものだと思うことにして、ベッドから起き上がる。
亜人が取り締まられる対象にならなくなったので、わざわざステータスの低い人族でいる必要もなく、獣人に戻る。
「〔換装〕!」
もちろん、〔換装〕時にそのまま〔人化〕し、頭の上に耳があることを確認して一息つく。服装はオーリィンに贈られた黒の上下だ。勝手に着た状態になれるから便利だが、逆に、裸を意識した状態で〔人化〕すると、裸のままになってしまう。特に不自由はないのでこれについては特にいうことはない。
ゴブリンエンペラーの時のように、裸になる、と考えてしまうことはテンパりでもしなければ、あり得ないことだろう。まあ、きっと、またやらかすんだろうなぁ。なんて考えてしまうのは、自分のうっかりなところをさんざんと実感したからだろう。
今回の一件も、俺が獣人ではなかったら怒らなかった出来事だったに違いないわけだし、そもそも、獣人ではなく人族になることが可能であると気づくのがあまりにも遅すぎた。
嘆いたとしても結果は変わらないし、そのうっかりがなければ、オジアル・マロ氏は今も牢に繫がれたままというのであれば、ナイスうっかりなのかもしれない。
「さてと」
と部屋から出ようとしたところで、ドアがノックされる。
「おはようございます。アルカナ様、起きていらっしゃいますか。朝食の準備ができましたので、食堂までお願いいたします。お連れ様はすでにいらしてますので、よろしくお願いします。」
「はーい。すぐに向かいます。」
朝食の時間に起きれたのはよかった。牢の中でマロ氏が、自分が経営する商会の料理長は腕がいい、と聞いていたので楽しみだったのだ。
すでにレイアも食堂にいるようだし、彼女も美食家である前に相当の健啖家のようなので、俺の分がなくなるのはまずい、と急いで食堂に行く。
まあ、俺の予想は見事に外れ、レイアは紅茶を飲みながら俺が来るのを待ってくれていたようだ。どうにも失礼な想像をしてしまったのが後ろめたいわけだが、まあ、想像は想像で口に出さなけりゃただの妄想だ。彼女は勘が鋭いから、もしかしたらばれるかもしれないが、しらを切り通そう。
「おはよう、アル。ゆっくり眠れたかしら。やっぱりマロ商会の宿屋は素晴らしいわね。ここまでの宿屋がニピッドにあるとは思ってもいなかったけど、創業者の故郷ともすれば支部の一つは置いてあるわよね。意外な形で先代と縁を繋げたのはアルの運がいいところなのかもしれないわ、フフフ。」
「おはようさん。ここまでぐっすりなのは久しぶりだな。フフフって、牢屋につながれるのは運がいいのかね。マロ氏に出会えたのを加味しても足し引きゼロの気がするけどな。」
紅茶を飲んでいるレイアと話していると、マロ氏がやってくる。傍らにはコック帽を被った獣人がいた。その獣人はおそらくだが今回の件でマロ氏によって隠されていたうちの一人なのだろう。やっと自由になれたからか晴れやかな表情をしている。
「アルカナさん、レイアさん、おはようございます。改めましてこの度は我々をお救いいただきありがとうございました。商会を代表してお礼申し上げます。」
頭を下げるマロ氏と獣人コック。正直俺は一緒に捕まっていただけなわけで、誰かを助けたといってもマロ氏のけがと飢餓状態をどうにかしただけだ。後ろの獣人は特に何もしていない。
俺がその胸を伝え感謝は無用だと、するなら第二王子と法務局だろう、と伝える。
「もちろんユーゴー殿下と法務局の方々には王都で正式にお礼の品をお送りいたしますが、あの牢屋の中で、アルカナ様に気持ちの上で本当によくしていただいたことで、どうにか生き延びれたのだと思っております。」
「我々、亜人もアルカナ様のおかげで大恩あるオジアル様を失わずにいられたことを非常に感謝しております。ありがとうございます。」
「とにかく、この感謝は正当なものですよ。遠慮などせずに受け取ってください。あ、申し訳ございません。この者の紹介がまだでしたね。こちらはマロ商会ニピッド支部の食堂を管理する料理長コーザといいます。本日の朝食はこの者が調理いたしました。どうぞごゆるりとお楽しみください。」
ふたりしてふたたび頭を下げる。コーザは背の高い無駄のない筋肉の付いた犬獣人だが、所作がキレイで、そんなところからもマロ商会の教育が行き届いていることがわかる。
マロ氏が頭を上げて手をたたくと、俺たちが座っている席に料理が運ばれてくる。
料理はコースではなく、異世界版ラーメンとでもいうような麺料理である。ごちゃごちゃといろいろと乗っているからインパクトはなかなかだと思う。最初に箸と蓮華が運ばれてきて普通に驚いた。箸って普及してんのな。
レイアもこの通り。
「きゃー、アル、見て!すごいわね。こんなお料理見たことないわ。エルフ料理もいいけど、これはどういった料理なのかな?」
「おいう¥おうい、落ち着いてくれよ。そう興奮するなって。あっいだっ、耳を引っ張るな!」
「お喜びいただけてありがとうございます。こちらは料理長が旅をしながら研究した料理だそうで、料理長の学んだ調理法などを組み合わせたオリジナルです。彼は商会でも特に人気の料理人なんですよ。」
へー、なるほどね。レイアはだいぶ興奮しているが、前世の料理の記憶がある俺としては、見た目のインパクトでいえば、まだまだ足りない。前世の料理でいえば、羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でたスコットランドの料理とかイギリスの魚が天を見上げるパイなんかのインパクトは衝撃がすごい。
そんなわけで俺はそこまでの驚きはないが、問題は味である。見た目より味がうまければ十分インパクトがある料理といえるだろう。さて、まずはスープから。
ズズズッと蓮華ですくって飲んでみる。
なんと!旨いじゃないか。これが何の出汁が出ているかは皆目見当はつかないが、魚介系であるようだ。朝からラーメンかよって思ったがこれは存外あっさりとして朝飯にもちょうどいい。
次は麺、とズルズルっとすすっていく。特に珍しくない中太麺だが、麺にしっかりとスープが絡んでモチモチとした触感も相まってこれまた旨い。そこで上のごちゃごちゃした中にある見慣れない食材の中からチャーシューらしき肉塊が出てきた。
普通に切って出してくれよ、と思ったがは箸で触れるとほろほろと崩れてスープに溶けた。
溶けた部分を再び蓮華ですくって飲むと、味が一変した。これには驚き、料理長もマロ氏もその様子にご満悦だ。俺が見た目でそこまで驚かなかったから、味で驚かすことができてうれしかったのだろう。しかし、料理に驚きっていらなくね?
チラッとレイアをみると、すべてに感動している。スープひとすくい、麺ひとすすり、具材を崩してスープをひとすくい、また麺を、と忙しなく食べている。
視線を自分の皿に戻すとそのあとは、止まらずに食べ続けた。
朝食を堪能して一服したところで、レイアがふと予定の確認を行う。
「それじゃ、アルはここから、また頑張ってもらうことになるけど大丈夫?まあ、その姿で来たわけだから大丈夫よね。本当だったら今頃王都についているはずだったけど、こんなことになっちゃったから、当初の予定の倍はかかってしまったわね。祭りには間に合うだろうけど、準備が間に合うかなー。」
「予定だと大体8日だったからな。今から動いて2日か3日ってところだけど、祭り本番が2週間後だろ。大丈夫じゃね?最悪、街道じゃなくて直進して突っ切ればいいし。」
うーん、と考えるようにして顎に手を当てる。どうにも美人が眉間にしわを寄せていると不機嫌に見えるが、真剣に考えているだけのようだ。
ただ待つのも暇なので、〔骨壺〕から骨を取りだして、ポリポリとおやつ間隔で食べ始める。
うめぇええええ。やっぱりうんまいなぁ、骨。ポリ
しかし、今までは街道に人があまりいなかったから〔獣化〕して突っ走ったが、ここからはそうもいかないことを考えると、3日はかかるかもなぁ。ポリ
王都に到着してからもすぐにエルフの国に行けるかわからないし、依頼を受けるにしても、なんか、騎乗用の従魔でも探すか。ポリポリ
取りだした骨をすべて食べ終わったところでレイアが思考の海から浮上した。
「決めたわ!私がここからコウモリを飛ばして王都の仕立て屋に指示をして到着したらすぐに仕立て始めることができるようにするわ!だから、今日は出発の前に、私とアルの採寸をするわ!」
「え!?」
採寸ですか。それって割と体を密着させないとできないやつですよね。いやー、大丈夫かなー。発情しないかなー。
しないとは言い切れないよねー。するよねー。でもしょうがないよねー。いや、しょうがなくないなー。
いやいや、でもでもと俺が頭の中で葛藤していると、ずっと話を聞いていた料理長コーザが遠慮がちに話に入ってくる。
「あのー、採寸なら我々がしましょうか?従業員には女性もいますし、仕立て屋の出身者もいたはずです。」
「ほんとう!?助かるわ。よろしくね。それじゃ部屋でしましょう。採寸が終わったらここに集合しましょう。またね、アル。」
「あいよー。」
徹して冷静に返しはしたが。心の中では、よくやった8割、何してんだ1割、茫然とする1割で感情がせめぎ合っていた。
ま、まあ、けっかてきによかったことだ、と納得して俺も採寸をしてくれるという男性従業員と部屋へと戻り採寸してもらう。
採寸してもらった結果だが、どうも、身長はいまだ伸び続けているようだ。体がなじむまで成長するみたいなことを言っていたけど、そのうち〔獣化〕状態で10mまで行くかもしれないな。
そんなこんなで採寸が終わり、食堂に集合する。コウモリって言っていたが、従魔でもいたんだろうか。
知りあって間もないのでお互いに知らないことは多々あるが、これもその一つなのだろう。
何をするかは知らないが長距離にわたって連絡を取れる手段であることは間違いがない。俺もそういう手段がほしいものだね。
「さあ、この採寸結果と依頼するための手紙を送りましょうか。といっても対してやることはないんだけど。アル、鎌出して、あ、斧のままでね。」
「はいよ。」
俺は指示通りにイシュガルを斧モードのまま取りだし、レイアに示す。レイアはそれを確認すると、おもむろに手のひらを刃にあてる。
普通の武器ならそれでも大した怪我はしないかもしれないが、イシュガルは相当な業物で、触れただけでもそれなりの怪我をする。
案の定、レイアの手のひらから出血し、相当な量の血が床に滴る。
「「な、なにを!?」」
俺は声は出さないが、その気持ちは今も目を向いて驚くマロ氏とコーザと同じである。
何をやっちゃってくれてんの!?イシュガルできるとか手イランと行ってるのと同じだぞ。斧モードは叩き斬るのが役割だからそこまで切れるわけじゃないが、それでも鎌モードよりはってくらいだ。
けがをした当事者であるレイアは、おろおろしだす男3人を見てからからと笑っている。そんな場合じゃないと思っていると、レイアが何かスキルを発動さする。
「〔血液武器〕偽心臓、〔血液操作〕偽体作成蝙蝠」
すると床にたまっていた血が浮きだし、圧力で固められるようにぎゅっと集まった。その見た目はさながら心臓のように、どくん、どくんと脈打っている。
そして次のスキルが発動すると、残りの血液が心臓の周りに集まり蝙蝠の形を取り始める。
「ふう、これに王都まで先行させて仕立て屋に依頼しておくわね。向こうもこのやり方にはなれてるはずだから、安心よ。でもちょっと痛かったわ。」
レイアが手を2、3度振るとそこにあった傷はきれいさっぱりと消えていた。これもスキルだろうか。とんでもない再生速度だ。
「それじゃ、お願いね、魔力も結構込めたから、明日には王都についていると思うわ。これで到着してから仕立て屋に行くよりも速く準備ができるわね。」
「そんなに早く届けることができる手段があるとは。いやはや、長生きするものですな。商人や貴族にもありがたがられるスキルですな。」
「ふふ、ありがとう。でも、郵便屋なんてやるつもりはないわ。私は冒険者だもの。」
「そうでしたな。これは失礼いたしました。」
こうして、ここでやることは終わったわけだが、ここまでで半日が経過しすでに午後になってしまっている。
もう一泊してもいいかな、なんて思ったが、レイアはさっさと王都に行きたいようで、なにも言わせずに王都行きが決定した。
「じゃあ、マロ氏、コーザさん見送りありがとな。どうなるかわからないけど、エルフの国に行くには案内人に頼まなきゃいけないらしいんだけど、無理そうなら当分王都にいるから、何かあれば訪ねてくれ。」
「はい、それでは、この度は本当にありがとうございました。道中お気をつけて。」
「アルーはやくいくわよー。」
「呼ばれてるので行きますね。それじゃ、ありがとうございました。また。」
オジアルとコーザの二人と握手してレイアを追いかける。
こっから少し歩いてから、また俺が〔獣化〕してはしり、王都の少し前から降りて歩く。
旅の中で祈ろう、ニピッドが亜人にも良い街になることを。
道中、何もなく行けるといいんだけど。
王都に向かいましょう
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