第51話 「どういうことですか?」
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アルカナが拘束されてゲオルギアの殺害容疑で地下牢に入れられてから4日が経とうとしていた。これが現代日本だったら容疑の段階で何日も拘束するというのは明らかな違法になるのだが、この世界には明確な身分制度があり、貴族が行う横暴としては、数日間の拘束など可愛らしいものであった。
牢の中にはアルカナが提供したポーションや食事により健康状態が著しく回復したニピッドの商人オジアル・マロが今もおいしそうに焼き串を食べていた。
健康になったマロ氏は胃に優しいものではなくても問題なく食べることが可能になったようだ。
たくさん食べることができるようになっていろいろと話したが、マロ氏は商会長を引退して、ニピッドの支店に支店長として隠居同然でやってきて、友人《先代》の無念を晴らすためにも亜人の保護をしてきたらしい。それがもとでトゥーピッドの次男に拘束されているらしい。
「いやあ、アルカナさんのおかげでこうして健康も回復いたしましたし、今じゃ、私兵どもが来たときにボロボロの演技をしなくてはいけないのが大変ですね。早く釈放してほしいです。そもそも私に対する罪状がないに等しいのですから。先代のころとは全然違う気風の町になるとは思ってもみませんでしたし、変わっていくのを見ていたのになにも出来なかったのは辛かったですね。」
「それは大変でしたね。短い期間で変わってしまったということなのでしょう。それにしても毎日毎日できないことをしようとして、どういうつもりなんでしょうね。拷問なんて意味がないとわかったはずなんだけど。」
アルカナは拷問が始まってからも特に抵抗するでもなく、いつになったら終わるのか、とのんきに拷問?を受け続けていた。
どんなに一生懸命になって、大人数で、得物を変えても、その結果は変わらなかった。
無傷。その一言に尽きる。
そもそも、アルカナは生物としての格が1つも2つも上の存在である。それが、既成の拷問具に傷つけられるわけもない。たとえそれが鉄よりも上等な鋼やミスリルなどに代わったところで大した違いでもない。そもそもアルカナは防御特化の魔物であった。その骨の密集度によって、通常種のスケルトンを大幅に超える耐久値を誇り、それは人化している状態でも同様だった。これが獅子王面を〔換装〕しているのであれば、また違ったステータス配分になるわけだが、高防御力という点は変わらない。
唯一、ドヴァル合金であれば違う結果を得ることが可能であるかとも思うが、それはないだろう。
アルカナはふっと笑って自分の装備を作ってくれたドワーフの名工を思い出す。あの頑固者が拷問具なんて明確に使用目的がある実用品を作るとは思えなかったからだ。
この時点でアルカナを傷つけることはあり得ないことであるとわかってしまったため、あとは相手側があきらめるのを待つしかない。
こうして特に被害を被らない無駄な拷問(笑)を受け続けたわけだが、拘束されてから5日になって変化が起きた。
今日もいつものように尋問官に地下牢から出され、拷問室に連れていかれるかと思いきや、どうやら別の部屋に連れて来られたわけだ。
「入れ!ここで尋問を行う。今日は言い逃れなどできないからな!お前の命運も尽きたというわけだ。」
ここ数日で明らかに失くしていた自信を取り戻したようにはきはきとこちらを罵ってくる尋問官には苦笑いを返しておく。
どんなにいい武器を持ってきたところでたいして変化のあることじゃないと思っていたが、そのたいしたものを持ってきたのかもしれない。
聖剣や魔剣などに対して自身の耐久力が勝るかどうかはわからない。もしこの自信が新しい拷問具によるものだとしたらまずいかもしれない。
たらぁ...と汗が額を伝う。自分は特に魔王というわけではないし、どちらかといえば神寄りの精神生命体だが、魔物の特性を保有しているため、聖剣は効果があるかもしれない。
いつも通りグルグル巻きのまま吊るされて定位置に置かれる。
自分がただの人間であったなら、この状況下では頭に血が上っただろうなぁ、なんて詮無いことを考えていると、ガチャリと部屋の扉が開き、尋問官とは別の人物たちが入ってくる。
一人目は痩せ型のジャラジャラと品のない装飾品をつけた貴族服の男性、ニピッドの町長、ニコラス・トゥーピッドだ。その顔はいつもより不健康そうで青褪めている。まさか、こんなに何も得られずに拷問も苦ともしないとはおもわなかったことだろう。
二人目は、2度目の邂逅、チビハゲデブ、こちらも例によってジャラジャラの装飾品に品のないキンキラの貴族服。ニコラスとの身長差とおっさん顔により、髭のないドワーフにも見えなくもない。その顔は怒りで真っ赤だがどうやらこれから起こる拷問の内容を知っているようで、にやにやとしている。真っ赤な顔でにやにやしていると、気味が悪い。
「本日はニコラス・トゥーピッド町長とズカーホ・ムリニール伯爵令息が貴様が罪を認める場に立ちあってくださる。遠慮などせずに罪を告白しろ。」
遠慮なく告白って、意味がわかんねーよ。そもそもどういう風の吹き回しだ?よほど自信があるんだろうか。俺が拷問器具など意にも介さないことは報告されているだろうし、その上で自信があるというのだから、やっぱりか?
やっぱり聖剣なのか?
「ぐふふふ、貴様の運も今日で終わりだ。しかし、今なら自主的に罪を認めるのであれば、これ以上は追及はしないし、レイア嬢にも手を出さんでおいてやろう。そうでなくば今日で貴様はより重い罪にかけてやる。しかし、獣人じゃないのはどうしてだ?」
特に認めるつもりは無いので黙秘する。どんなに脅しても俺がゲオルギアを正当防衛で殺したという事実は変わらないし、賞罰の珠での判別も行った。変な札でそれの真偽も確かめたし、俺を罪に問うことなどできないはずだ。
しかも今更ながら獣人じゃないことに気が付くとは、馬鹿なんじゃないか?
「今、貴様は“罪に問うことはできないはずぅ”などと考えておるのだろうが、甘いわ!貴族に楯突いたのを後悔するのだな。法務官殿を呼び寄せた。殺人容疑者の取り調べということでな。貴様は、殺人犯、レイア嬢は殺人幇助犯として投獄してやろう。その後に奴隷として出してやらんでもないがなぁ!!だっはっはっは!」
こりゃ旗色が悪いかもしれない。
今の話だけで推測するとしたら、法務官とこいつはずぶずぶの関係。もはや罪状が決まった上で呼びよせているのかもしれない。
ギルドが何かしら助けてくれるだろうと高をくくっていたが、Sランクじゃそこまで動いてくれないのかね。
俺が焦り始めたことに気づいたのかズカーホはよりニヤついて尋問官が差し出した椅子にドカッと座る。
その横に用意された椅子にニコラスが座る。それから何かするでもなく沈黙が場を支配する。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
コンコンとドアがノックされ、許可を得て執事が入室する。
「失礼します。王都より法務官様御一行が到着されましたので、お連れいたしました。」
「ご苦労下がって良い。お待ちしておりましたぞ。」
ズカーホは立ち上がりドアから現れたこれまたぎらついた服装の中年男性にお辞儀をする。どことなく似た雰囲気の二人に、やっぱりずぶずぶか、と確信する。
ご一行とは言っていたが、どうも御一人様らしい。
「さて、私も忙しい身ですので、手早く済ませてしまいましょうか。」
「はい、それでは、罪状の説明をさ「いえ、すでに資料をいただいているので大丈夫ですよ。あなたはお土産の用意をお願いします。」・・・はい。」
そう言われたズカーホとニコラスは執事に指示して、法務官へと渡すお土産を用意させる。執事は心得たとばかりに退出していく。
その場に残ったのは、尋問官と貴族が二人、法務官だけになる。
「さて、罪人よ。貴様が被害者を殺害したことは間違いなく事実であると認めているのだろう?よって貴様を有罪と認め、監獄にて禁錮10年とする」
俺が反論するために口を挟む隙すらなく刑が確定してしまった。さっきまでは余裕だったのに突然窮地に追い込まれた。どうしようか。
「ちょっと待ってくれ。俺は確かにゲオルギアを殺したが、飽くまで正当防衛だ。それは今までもさんざん説明してきたし、“賞罰の珠”でそれも証明されたはずだろ!?こんなに突然刑が確定するのはあり得ないはずだ。」
俺の主張は当然正当防衛の無罪。今もグルグル巻きで宙吊りなのはどうにも滑稽だが、とても笑えるような状況ではない。
法務官はその主張を聞いて、あくびをする。
「貴様の主張など何の価値もないわ。私はその魔道具の結果を知らされていないのでな。そんなに重要な証拠なら私に報告がないことはおかしいだろう。残念だが貴様にはこのまま監獄に入ってもらうよ。Sランクだろうが罪人は罪人、その資格も剥奪だろうが。」
「ありがとうございます。今日はお土産を用意しておりますのでお持ちください。書類作成が完了したことを確認しましたらお渡しいたします。」
「そうですか、それではさっさと作成してしまいましょう。」
俺の罪を確定させて、ひと段落付いたつもりなのか、談笑を始める。どうにもお土産というのはわいろのようだ。法務官は自分から要求していたが、相当な汚職法務官なんだろうな。
どうにか活路を見いだせないかと考え、一つだけ思いついた彼らの盲点を突く。
「俺が、他の人物にお前らの不正を話したらどうなるんだろうな?俺はただじゃ転ばないぞ」
俺がなかば脅しのように話しかける。威圧はしない。話ができない状態になるのは困るからな。穏便に済ませるってのが今回の目標だ。最悪の場合はしょうがないけど。
俺の言葉に多少はひるむかと思った貴族二人と法務官は、何かおもしろいことが起こったかのように笑い声を上げる。
「はっはっはっは。これはおもしろいことを言うな。貴様はこの国で起こった出来事を知らんのか。昔の出来事であるからしょうがないかもしれんが、貴様のような無知は恥ずべきよ。」
「そう言ってやるなニコラス殿、ズカーホ殿のように頻繁に見る物ではないゆえに知るものは少なかろう。庶民が知らんのも無理はない。」
「そうですな。奴隷を扱うものか刑務官くらいしか知っているものは少ないでしょうな。いいだろう。無知な貴様に教えてやろう。」
そこからの説明は正直胸糞悪いものだった。
この国は今でこそ奴隷という制度は完全に撤廃され、犯罪を起こしたことで捕まったものを除いて、すべての奴隷が解放された。若者で覚えているものがほとんどいないほど昔の出来事であるようだが、その制度は今では帝国以外では存在すら無くなったとされている。
それでは、その奴隷を奴隷たらしめていたものはなんなのか。パッとなくすことができるものなのか。
奴隷は“隷属の首輪”をつけられることで奴隷として完成する。拘束されて使役されるだけではなく、魔道具により行動を制限される。
”隷属の首輪”は奴隷の行動制限をかけることができる魔道具、つまり言動などにも左右され、最終的には無表情無感情の完成された奴隷が作られる。
奴隷制度はそんな奴隷を量産していたが、あるとき大国同士で奴隷制度をなくそうという結論が出た。
その結果、帝国以外では奴隷制度が撤廃された。
撤廃された結果、ある問題が浮上する。それは、奴隷に使用されていた魔道具“隷属の首輪”の処分である。
すぐにでも処分すべきであろうそれは、現実問題として処分するには問題があった。
要は、もったいなかったのである。
魔道具には魔力を必要とする関係上、作成に魔力に親和性がある素材が必要である。そこで一番都合がいいのがミスリルなのだが、これにも欠点がある。ミスリルは一度加工するとよほどの名工でない限り、素材へと変えることは不可能なのだ。
“隷属の首輪”も同様で、使われたミスリルを廃棄するにはあまりに多くのミスリルが使われていた。そこで考えられたのが別の使い道である。
それは、罪人の拘束具としての使い道だった。
罪人に使えば、自白もさせることが可能で、逆に言えば黙らせることができる。また、拘束するのにロープなどは必要なくなる。なぜなら自主的に動くから。それまでは、軽犯罪者を犯罪奴隷とする場合のみ使われていたため、この提案は各国に喜ばれた。
扱いに困っていた国としては絶好の使い道だと考えたのだろう。すぐに実用化され、今日に至るという。
「これでわかっただろう?貴様が投獄された時点で何もしゃべることはできなくなる。さすれば私たちに不都合なことは何もなくなるのだよ。」
ズカーホは勝ち誇った顔をしているが、盛大に口封じを自供しているがいいのか?と法務官のほうを見る。まあ、そうだよな。法務官もグルか。
このままここにいたらまずいことはわかったが、どうしようかね。無理やり脱出もそろそろ考えるべきかね。ていうか、それしかないようだ。
レイアには事情を話して、ほとぼり覚めるまで〔死の祠〕でおとなしくしているかな。レイアならマロ氏もどうにかしてくれるだろう。
良し決めた。どうせ逃げるならこいつらもyaってくか。そうすりゃニピッドもすこしはよくなるだろう。
「決―めた。」
決めたとなったら即行動。笑い続ける3人を横目に足をフックから外して一回転し着地する。そこからはわざと腕力でロープを引きちぎり、〔王威〕を発動させて威嚇する。
もちろん貴族二人は対した魔力もなく、戦闘に関しては素人同然なのでそれだけで戦闘不能どころか白目をむいて気絶する。
法務官はどうやら多少は戦闘の心得があるようで、ぎりぎり意識を保っている。
保っているが、もはや動くこともできないだろう、がたがたと震えて少しでも距離を取ろうと後退る。
「おいおい、そう怖がるな。って言ったところで無理な話かもしれないけどさ。どうやら俺も詰みみたいだから、潔く罪でも被って隠居するさ。その前に、お前らの首はもらっていくよ。世のため人のため、生きる価値無し、有罪」
俺が一歩近づくと悲鳴と小さな反抗を見せる。
「貴様は何も武器を持っていないのに殺すことなどできるか!今ならなかったことにしてやるから、お、おとなしくしろ!」
「どうした?声が震えているぞ。ふむ、武器が無いって?〔換装〕影龍のローブ、〔換装〕大鎌斧イシュガル、解放。さて、動くと痛いぞ?」
「し、死神!?」
ローブとイシュガル出して、さらにイシュガルを解放して鎌モードにする。さてと、と鎌を振り上げると、扉がバーンと開き数人の男が入ってくる。もちろんそこは〔王威〕の範囲内なのでそれなりの影響があるはずだが、ものともせずに入ってくる。
先頭にいるのは気絶した法務官の服を地味にしたような格好をしている。
「待ってくれないかね。」
突然話しかけられたため、鎌を振り上げた状態でそちらを見る。法務官もすでに気絶しているため、警戒の必要もなく、入ってきた集団をしっかりと見る。
全部で5人か。
大体Aランク上位ってところと、ん?この地味な服の男、強いな。ほう。此奴も法務官か。ゴードンくらいの強さだが、万能型だな。他にも恐れ多い称号持ちだし、話だけ聞いて見るか。
「なんだ?今度はお前らが相手か?ん?」
「いや、我々には戦闘の意思はない。どうか我々の話を聞いてくれないか。どうせこちらに勝ち目はないのだから頼むよ。いざとなれば、どうとでもなるだろう?Sランク冒険者『死神』よ。」
こちらの名前を知っているのね。ギルド側の法務官と考えていいのだろうか。わからんな。警戒はしておこう。
ふむ、よく見ると金髪碧眼イケメンだ。ふーん、立場ある人物はそんなのが多いのかね。
話だけは聞いてみるつもりなのだから、鎌を下ろす。警戒は必要なので〔骨壺〕に仕舞うことはせずに〔王威〕を弱める。するとすぐに後ろで控えていた4人が気絶している三人のもとに動き縛りあげる。
「さて、私たちの行動から察していただけるとは思いますが。私たちはどちらかといえばあなたの救出が目的です。この町長館はすでに制圧しました。安心してください。オジアルは無事に救出いたしました。」
「そうか。」
どうやら敵ではないようだ。しかし、まだ警戒は解けない。〔王威〕は完全に切らずに〔気配察知〕〔魔力察知〕で館を探ると、確かに救出されているようだ。
「どうして俺を助けるんだ?」
「うーん、まあ、ギルドから頼まれたっていうのもあるけれど、それはついでだね。本命はこいつ。不正を行っている噂があって、ムリニールごと検挙したいんだ。根こそぎね。」
気絶した法務官の頭をこつんと蹴って話す。ギルドが動いたということでいいのだろうか。
「ああ、それじゃ、君の無罪を示す取り調べを行おうか。ちょっと頭の中を見せてくれる?」
どういうことですか?
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