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第50話 一方その頃

お読みいただきありがとうございます。


アルカナがついに始まった拷問をあくびが出るほど退屈しながら受けはじめてから時間が経過し、どうにもならないのであきらめて翌日に持ち越しとなった頃、町長館の客間では、この騒動の発端ともいえるチビデブハゲ、もとい、ズカーホ・ムリニール伯爵子息が、自身が親衛隊長を使って仕掛けた今回の終着点を夢見て、それを肴に奴隷に注がせたワインのグラスを傾けていた。

あのゲオルギアが、あんな獣風情に負けるはずがない。しかし実際に死んだことは間違いない。そこから考えて、レイアが手を出した。

そう考えているズカーホには、まさかその獣風情に殺されたとは夢にも思っていない。


「くははは、トゥーピッドの次男も馬鹿よなぁ!我がムリニール伯爵家が本来、親衛隊長とはいえ魔族が近くにいたことを公にすることなどあり得ないということがわからんとはな。人族以外は虫けら同然よ。我が国の貴族はほとんどが純粋な人族ではなくなってしまっている。そんな中で珍しくも虫けらどもの血が混ざっていないから我が派閥へと迎えてやったが、この件が終わったらどうにか処分せねばな。とはいえこれでレイア嬢が手に入るとなれば。グフフ。」


ズカーホは地に足が付かずにプランとさせた状態で、ひじ掛けに頬杖をついてニコラスが自分につけたエルフの奴隷をみやる。

そのエルフはとても生きているとは思えないほど、不健康で、今にも死にそうな状態であった。

よっこいせ、と足の付かない椅子から立ち上がり、どたどたと部屋の隅に立っている奴隷のもとへと近づく。


意思もなく表情もない、生物としての矜持すらなくなった奴隷をズカーホは取りだした鞭で叩く。バシンと音がして転がるエルフにさらに追撃を仕掛ける。

叩かれ続けるエルフは特に抵抗するでも反応するでもなく、されるがままである。


「フンッ帝国製の奴隷は意思まで刈り取ってしまうのが面白くないわ。反応がないと楽しめんではないか。やはりムリニール領で作った奴隷でなければ、良くないな。レイア嬢を手に入れたら、ちと危ない橋ではあるが、帝国で加工をさせずに我が領で加工を行うしかないな。」


そこに、アルカナとかいうゲオルギアに殺させようとけしかけたはずの獣人の拷問を担当させているはずの親衛隊の者が部屋へとやってきた。

コンコンとノックをしてはいってくる。


「し、失礼します。ゲオルギア殺害容疑の尋問の途中経過の報告に参りました。」

「うむ。あの獣はレイア嬢の犯行を吐いたか?貴様らの腕なら、もうはいたのであろう?」


ズカーホはそれが当たり前であるかのように言う。しかし、そう言われた親衛隊員は、いきなりドッと冷や汗が出て、背中をツゥーとつたる。

その様子に気が付かないズカーホは、返答がないことを不思議に思う。


「どうしたのだ。いつもの貴様であれば、得意げに語るであろう?まさか、まだはいておらぬのではないだろうな?やつはしゃべらんのか?」

「は、はい。それでは簡単にご報告したします。ま、まず、ゲオルギア殺害の容疑者の情報からご報告いたします。やつはどうやらSランク冒険者のようです。これは本人のギルドカードを提出させたので間違いございません。次にレイア様と一緒に行動していた理由ですが、耳長の国に向かうという共通の目標があるためと考えられます。最後にゲオルギア殺害の件ですが。」


そこで一度言葉を着ると、困惑した様な顔をして遠慮がちに声を出す。このあたりでズカーホにも目の前の親衛隊員の額から大量の汗が流れていることがわかった。

いつも堂々としている尋問担当親衛隊員がここまで焦っているということも珍しく、次の言葉を興味を持って待つ。


「やつは、その犯行を認めました。レイア様をかばって言っていることも考えましたが、真贋の札を用いて確認しました。これは、私のほかにもう一人の尋問官も確認しており、間違いがないかと思います。」


ここで使われた“真贋の札”とは、スキル〔看破〕を一度だけ使うことができるようになるという魔道具である。作ることができる人間がすべて王家に握られているため、王家と仲が良くないムリニール家が調達するのは難しい。しかし、レイアを手に入れるためなら、苦労して手に入れた2枚の内の1枚を使ってまで調べたのは間違っていないと感じた。


ズカーホはレイアがゲオルギアを殺したのだと一切の曇りなく信じ切っていた。なぜなら、ゲオルギアは非公式ながらもSSランクの冒険者とも戦い勝利したことがあるような強者である。その腕があったからこそ親衛隊長に魔人などという虫けら同然の種族でありながらの大抜擢されたのだ。


馬鹿な馬鹿な馬鹿な。ありえんありえんありえん!どうやったらS級風情がSS級以上のゲオルギアを殺すというのだ。あの獣がそれほどに強いということか?それこそあり得んではないか。そこらの獣人など魔力もない雑魚ではなかったのか。


自分にも魔力がないことを棚に上げて、一般的に魔力が少ないといわれる獣人をこき下ろす。しかし、獣人は少ないだけであって、一切ないという例は皆無なので、魔力的にはムリニールの家系のほうが無能であるのだが、そんな事実には目もくれない。


時間が経って落ち着いたのか、尋問官に報告の続きをさせる。

そうだ、結局はやつが殺したと認めたのなら、一緒になって殺したのかもしれない、それしかあり得んではないか。


「犯行を認めたなら、共犯者ははいたのであろうな。ゲオルギアは虫けらであってもSS級以上の怪物よ、S級ごときに後れを取るはずがない。」

「い、いえ、容疑者は共犯者の存在は語りません。また容疑はゲオルギアの殺害ですが、これは認めるものの正当防衛を主張しています。」


これには、ズカーホのほうが驚いた。ズカーホはこれと同じ手口で気に行った冒険者などを奴隷にしたことがあり、その際にこの尋問官の口から犯人側の主張などという言葉を聞いたことがなかったからだ。


「それはどういうことだ?共犯者はいないということか、それとも吐かせることができないということか?主張などさせる余裕があれば、自供でも何でも取って来い!貴様はそんなこともできんのか!」

「は、はい。語らないではなく語れないが正確だと思います。一人でゲオルギアに打ち勝った可能性が高いと思われますので。」

「なんだそれは。根拠があっていっておるのであろうな?」

「も、もちろんでございます。私たちはこれまでもズカーホ様のお気に召すように罪人を自供させてきましたが、その際の方法は言わずもがなですが、拷問です。今回も同じようにやっているのですが、肝心の拷問器具が容疑者の皮膚を一切貫くことができないのです。それどころかすべてが跳ね返され、折れてしまうのです。」


そう話す尋問官の顔には意味がわからないといった恐怖と焦りで冷や汗が滝のように流れていく。

ズカーホはその話を信じることにした。なぜなら、王都で行われた式典での余興において、皮膚で剣を折るといったことをした将軍を知っているからだ。

もし仮にそれと同じことができるのなら、ゲオルギアが殺されてしまうのも理解できるというものだ。

ズカーホは理解できない存在を無理やりにでも理解できる存在に押し込めることでなんとか正気を保った。


「もはやレイア嬢のことはいい。そいつだけでも奴隷にすることができるのであれば、ゲオルギアを失った穴を埋めることも可能であろう。よし、獣人は認めておるのだろう?さっさと刑を執行せんか。すぐにでも帝国に送り奴隷かするのだ。」

「い、いえ、現段階では正当防衛の主張がされており、賞罰の珠でも殺人罪の事実がないため、このままでは殺人を罪に問うことは不可能です。」

「な、なんだと!?本当に正当防衛になっているのか。ゲオルギアめ。しくじりおって。これだから虫けらは信用ならん。」


自分の都合が良いようにだけ話を進めるズカーホはどんどんと体調が悪くなっていく尋問官にどうにかしろと詰め寄る。

尋問官が苦悶の表情で答えた打開策は打開策といえないほど危ない橋を渡るというような内容だった。


「法務官による証言をさせるのはいかがですか?彼らは罪を決める権限を有した特殊な機関です。彼らであれば、たとえ賞罰の珠に無罪とあれど有罪とすることが可能です。」

「ふむ、それは確かによい考えだ。しかし、そんなに都合よくいくものか。」

「大丈夫でございます。ムリニールの縁者が法務官の一人でございますので、その伝手で手を回そうと思います。ギルドも法務官の申請をしたようなので、それに便乗する形で動きます。」


「よいよい。それで実行しろ。くれぐれも、早まるな。拷問でどうにもならなかった時だ。」

「はっ!それでは失礼いたします。」


尋問官が出ていった客間でムリニールはまたグラスを傾ける。


「レイア嬢は残念だが、良い拾いものができたわ。ぐふふふ。」


その時、尋問官は一つだけ引っかかっていたことを訂正し忘れたのを思い出す。


「なんで、獣人・・なんだろう?」


そんなつぶやきには誰からの返答もなく、次でいいかと頭を切り替える。自分には白を黒とする大事な仕事があるから、と。


尋問官は拷問に精を出す。

それから3日が経っても、拷問は成功せず、白は一向に白のままであるという結果が待っているとも知らずに。


*****



一方数日が経った頃の王都冒険者ギルド本部では、グランドマスター個人にあてられた執務室にて一人の法務官とニピッドのギルドマスターが向かいあって話していた。


「それで法務官の派遣を申請しているわけだが、本当にあんたが来てくれるってことでいいのか?こちらとしては願ってもないことですが、王都の法務官が手薄になるのでは?」

「よいよい、儂らでなんとかできるくらいしか問題は起こらんじゃろうて。そもそもその派遣依頼は内容から見ても無視できんどころか、最重要案件じゃ。冒険者それもSランクともなればここで見捨てたとあってはギルドの威厳にもかかわる。本当に犯罪者なら話も違うが、依頼人は連名で、そこにレイアちゃんも入っとる。どちらに肩入れするかなど一目瞭然じゃよ。」


レイア=ブラッドレイ。非公表ながらもSSSランク冒険者。『女神』の二つ名で知られ、その力はSSSランクでも屈指の実力者だという。


「『女神』ですか。SSSランクの冒険者は実績だけでなれるわけではないとわかっています。ですが、その御供が人格者だとは決めつけないほうがよさそうですな。『死神』って、どうやったら付くんでしょうね。」

「かっかっかっか。彼はいたって真面目な冒険者じゃよ。何も心配いらん。いくらレイアちゃんの頼みでも問題ある様なやつを助けたりなどせんわ。」


「そうですか、それがわかったらもう大丈夫です。それでは法務官殿、明日、お迎えにあがります。グランドマスターも失礼します。」

「はい、それでは私も、失礼いたします。」

「うむ、ニピッドの。法務官殿。明日はよろしく頼む。儂も行けたらよかったが、王城で会議での。すまんが頼んだ。ムリニールは儂が抑えておく。」


ばたんと音がして扉が閉まる。


「さて、このまま王国の膿をすべて取り除きたいものだが、うまくいかんじゃろうな。」


グランドマスターの年季の入ったため息が執務室に静かに溶けていく。






審問に戻りましょう


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