第231話 海龍王の上陸
ぞろぞろと村人たちを引き連れた状態で村の外、西側にある入り江を目指して進む。どうやら村長は久しぶりに会う海龍王を村人たちにもお披露目しようとついてくることを黙認するようだ。ディランはそんな村人たちと談笑しながら歩いている。
この村の村人はほとんどが海龍王の導きによって島へと流れついているため、無礼を働くようなことはしないという信頼があるのだろうな。
俺とディラン、ガルガンドは海龍王と割と近い立場にある。ガルガンドはいわば海龍王の使徒であるし、ディランは直接面識のある根源種で、本人曰く友人なのだそうだ。
そして俺は、面識こそないが根源種で、豊穣と生命の神ガリア様の根源種とはかなり久しくさせてもらっている。レイアは海龍王との面識があったんだかどうかわからないけど、挨拶はしておいて損はない。
それに村長が言うには、俺が海王に海に引き込まれた挙句、魔力を吸い尽くされてどうしようもなくなった時に隠れ島まで漂着させてくれたのが海龍王らしいから、その礼はしなくてはならない。
あの時、俺は〔人化〕が解けて骨になっていたから死にはしなかっただろうが、シュツェンは危険な状態だったと思う。生きて漂着したから忘れて、というか、考えるのを後回しにしていたが、空気を吸う必要があるシュツェンは島までの間に死んでいた可能性が高い。それを海龍王が何らかの手段で空気を肺に送り込み生き永らえさせてくれたのだと俺は考えている。
俺がどんな礼をするのが良いかと考えているうちに、一行は目的の場所である、西側の入り江に到着した。
ここまで歩いてくる間にも、神獣としての異常なまでの存在感とリオウにも似たどこか懐かしい感覚を肌で感じて、懐かしい気持ちになる。
リオウと会ったのはそこまで前ではないのにな。自分がどれだけ濃い時間を過ごしてきたか、実感することになるとは思いもしなかった。
さて、もうすぐ海龍王とご対面な訳なのだが、俺はどういう立ち位置でいるのが正解なのか。村に居候している狩人?たまたま助けられた根源種?どちらにせよ、あまり対等とは思わない方がいいかもしれない。
「なぁ、村長?村人たちはどこまでついてくるんだ?」
「彼らには入り江の外側で止まるように伝えてあるのじゃ。儂の加護も本物の海龍王様の神気に晒されてはひとたまりもないからのぅ。」
村人たちが足を止める直前に質問すると、そんな答えが返ってきた。
なるほど、村長の加護は偽使者に効かなかったように海龍王の神気も通してしまうわけだ。ここの村人たちは魔物が多く、世代をさかのぼると大体に魔物の血が混じる。そりゃ神気が毒になる場合もあるわけだ。
そんな村人たちを置いて俺たちは歩みを続ける。
リオウは神獣だけど、オーリィンの死という性質からか、魔物を浄化するような力がないから忘れているが、本来の神獣は魔物に対して絶対的な浄化能力を持っていることがほとんどだ。例外はあるんだけど。
海龍王の例外は海の魔物で、人魚族はだから平気なんだとか。リオウも魔物は浄化しなくてもアンデッドは近づくだけで逝っちまうだろう。そうなると、天竜王はどうなんだろうね。今度、ディランに聞いてみるか。さすがに今はその雰囲気ではない。ここまで来るのに村人と話し続けていたディランが今は一言も発さないくらいだからな。
「ふぅん。」
俺は気の抜けたような声で相槌を打つと、気持ちを目の前の大きな体、海龍王に集中する。今俺と並び立つのは、村長とディラン、ガルガンドだけだ。
村人たちはあの場で止まって跪いているし、竜宮氏族の者たちはそもそもこの場所までついてきていない。ガルガンドがこの後のことを考えて、竜宮城へと戻して準備をさせている。ソフィアは粘っていたが、氏族長に命令されては逆らえなかったみたいだ。
「ふむ、少し疲れているようである。吾輩、存在する場所までは分かっても何をしているかまでは把握できぬ。よほど大変なことをしていたのであるかな。」
「私たちとの連絡を絶つほどの出来事と考えれば、想像を絶するのでしょう。」
「うむ、偽神ファイシュが何かしら策を講じたのであろう。儂から見るとあの偽神はそれくらいはするように見えたわい。」
村長の考えていることはおそらく正しいだろう。あれは陰湿な性格で用意周到に計画を練るタイプだ。どうせ、足止めでもするために何か厄介なことをしでかしてきたんだろう。海龍王がてこずるのだから、力で解決できないような面倒ごとのにおいがする。
まぁ、ここまで来たんだから、解決したということだろう。手伝えと言われる可能性が低いだけで俺としてはまだいいや。
俺が納得してホッとしていると、入り江に巨体が入ってきて、とぐろを巻き始める。入り江は深いと聞いていたのに、とぐろを巻き始めた海龍王の体がどんどんと高く積まれていく。海中でも巻いているんだろうから、相当に長いことが分かる。下手したらファイシュの〔擬態〕よりも数倍くらいあるかもしれない。
「そろそろじゃな。」
「うむ。レヴァルトラーネはいつも上陸をしないのである?」
「いや、とぐろを巻いた後じゃな。できるだけ小さくなってから〔人化〕するのじゃ。理由は分からぬがのぅ。」
村長がそう説明した直後、海龍王が光を放ち始めて、体がだんだんと縮み始めた。言った通りに〔人化〕を始めたようだ。いや、正確にはファイシュがやったように〔龍人化〕か?
「いらっしゃるぞ。」
ガルガンドの一声で、ミザネ村長とガルガンドは跪いて頭を垂れ、俺とディランは直立のまま見据える。根源種と神獣には明確な差はなく、立場としては同じなので頭を下げることはない。ただ、生きた年数は桁が違うので、そう言った点で敬う必要はあるかもしれないが。
だんだんと海龍王の周囲の海面が荒くなり波が高くなると、光を放っていた海龍王の姿が海に呑まれて見えなくなった。
「あっ!」
「大丈夫、いつものことじゃよ。」
「あれだけの巨体なのだから人と同じサイズになれば沈むに決まっているのである。」
俺が驚いていると、跪いているミザネ村長に言われ、ディランにも落ち着けと暗に言われて、一度深呼吸して落ち着く。言われてみれば確かにそうだと思えば、すぐに落ち着けた。
リオウはそこまで規格外の大きさではなかったから、そこまで思い至れなかったのは失敗だな。
反省する俺を横目に再びミザネ村長が頭を下げると荒くなっていた海面がだんだんと静けさを取り戻していき、最終的には静かな、凪のように変化した。
そして、完全に波が無くなった次の瞬間、その海面を突き破るかのように勢いよく何らかの物体が飛び出してくる。
ザパンと音がしたそれはヒトの大きさというには少々難しく、大きかった。この世界の人の身長は平均して165㎝ほどと前世と比べると少しだけ小さいが、その影はそれと比べるまでもないほど大きい。
ダンと着地したそれは、俺たちの前へと立つと見下ろして言う。1.8mはある俺や2m越え(正確には2.3m)のディランをも見下ろすその人物は、果たしてどれくらいの身長だろうか。3m近い、もしくはそれ以上かもしれない。
海龍王自身の鱗の色に由来するだろう深い青色の髪。長いそれを後ろの高い位置で結んで下ろしている。まるでギリシャ神話の神が来ているキトンのような服は素材こそわからないが、非常に優れた装備でもあることが分かる。
俺たちを見下ろす|赤金色(赤みがかった金色)の瞳は全体的に寒色気味な海龍王において確かな温かみが感じられた。
「海龍王様、この度は我が島へのご来訪、誠に感謝いたします。多少のトラブルこそございましたが、こちらのアルカナ様とディラン様によるご尽力により、解決いたしまして、本日このようにお迎えすることが叶いましてございます。」
「レヴァルトラーネ様、私からもご報告が。今回の隠れ島における騒動に際して、我が海底でも事件が起こりました。そちらも結果としてアルカナ殿に世話になった次第です。」
村長とガルガンドがそれぞれ起きた出来事を海龍王に伝える。普段は『レヴァ様』と呼ぶ二人がそれぞれ呼び方を変えているのは、ここが堅苦しい場所であることを占めているのだろう。俺もディランもそれに倣うべきだろうな。
海龍王はその報告を聞いて俺とディランの方を向くと、その高い頭を下げて礼を言う。まさか礼を言われるとは思っていなかった俺は面食らってしまったが、ディランは当然とでも言う様に受け取ると挨拶をする。俺の分まで偉そうだ。
「海で起きたことでもあるが故、詳細は知っておる。我が領内で起きた不始末、及び、突発的神災に対する助力、この者たちの庇護者として、礼が言いたい。ファイシュやザンビグル、デルキウスなどによって殺害された者たちには申し訳ないことをしたと思っているが、彼らを冥界へと送ってくれたことにまずは感謝したい。ありがとう。」
「へ?え、あ、ああ。」
「うむ、感謝するのである。海龍王よ。久しいのである。こうして再び見えることうれしく思うのであるぞ。吾輩が海へと近づくことは稀である故、数百年ぶりとなるが息災であったか?」
ディランの挨拶は本当に久しぶりに会う友人との会話のようだったが、そのスケールが違う。数百年ぶりに会うって、さすがは根源種最年長という感じだ。海龍王も平然と対応する辺り神獣も気が永い。
「ククク、貴様は変わらぬな、ディランよ。ああ、我は元気も元気、と言いたいところだが、お主も気づいて居ろう。少々疲れたぞ。」
「で、あろうな。それほど疲れた貴殿を見るのも久しぶりである。その疲れは貴殿が島の危機に遅れた理由と関係しているのであるか?」
ディランはとてもスムーズに話題を海龍王が遅れたことにつなげる。村長やガルガンドでは上位者である海龍王に尋ねられなかったことをポンと聞くのだからさすがである。
ただ、その話の前に俺はしておかねばならないことがある。後々になるほど、それをするのが気まずくなるので早いところ済ませたいのだ。
「ああ、それで「ちょっと待ってくれ。先にしておきたいんだ。」な...む?」
俺は話始めようとした海龍王を遮って割り込む。俺がしなくてはならないと思っていたことを説明して時間を貰うことにした。
「まずは初対面だし、自己紹介をさせてくれないか。さすがに俺でも自分と同格と言えど、年長者に自己紹介もせずに本題に入るのは失礼過ぎると思う。」
「ぬ?それはそうだな。我も貴様とは話してみたかったのでな。ちょうどいい。終わった話はいつでもできよう。先にそちらからにしよう。」
海龍王はすぐに俺の主張を認め自己紹介の流れに移行する。話の分かる神獣でよかった。ちょっと前に戦った元神獣には話し合いなど夢のまた夢だったので、安心してしまった。
よし、自己紹介は落ち着いてしっかりと行うかね。
自己紹介をしましょう
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