第222話 VS偽物⑤
ファイシュが額を抑えて苦しんでいるのを横目に俺は得物を追加する。イシュガルを上の両手で持ちながら、下の両手にガントレットを装着した。
ドヴァル合金でできたガントレットなら先ほどの様にアダマンタイトに体を変化させても、そのまま破壊してやることができるはずだ。
イシュガルはさすがに当たるのがまずいと分かっているのか、ファイシュも全力で回避する。それに対して、このガントレットなら警戒されることはないだろう。たとえ、そのガントレットがイシュガルと同じ素材で作られているとは思うまい。
「オラァアア」
「ぐッ、今更ただの籠手?フッ。ぐふぅ...!ぐあ、な、なんだこれは?」
俺は転げるファイシュに拳を振り下ろす。案の定ファイシュはイシュガルの時ほど危機感をもって避けることはなく、むしろ馬鹿にするように鼻で笑いやがった。
自分が原因不明の痛みに襲われているというのに、余裕がある様はどこか傲慢にさえ思える。
まぁ、想像よりも重く鋭い一撃をもらい、面食らっているだろうが、自分で蒔いた種なんだからしょうがない。
さて、俺はこの隙に拘束させてもらうとするかな。ファイシュは俺の一撃で十数メートル飛んでいったあと、壁に当たって止まる。
「村長。」
「うむ、あのまま壁に拘束しておこう。して、アルカナ様にはじっくり観察したうえで得られた結果をお伝えしようかのぅ。」
村長は俺がファイシュと戦っている間に何かに気が付いたらしい。戦っていた俺では気づけなかったことでも、外から観察していた村長にははっきりと写る何かがあったのかもな。
「何が分かったんだ?あの〔擬態〕の制限か代償か?」
「いいえ、悔しいですが、あの〔擬態〕は完璧ですじゃ。儂がじっくり観察しても隙が一切見つからないほどですからの。」
村長はそこで一回区切って息を整えてから二の句を継ぐ。戦闘中なので息も切れてしまっているので、仕方がない。
「しかし、あの〔擬態〕は完璧が故に付け入る隙があると考えなおしたのじゃ。」
「どういうことだ?」
「それはですな。————」
俺は村長が何を言っているか理解ができなかった。なのでそれについての詳しい説明を求めようとしたところで、ファイシュが動き出す。さすがに防壁に縫い付けるだけでは、拘束の強度が足らなかったみたいだ。
「フンヌゥ、ガァアアアア。フゥ、フゥ、フゥ。やっと抜け出せたよ。それにしても、少々抜け出すのが早かったかな?作戦会議の途中でしょ?悪かったね。」
村長の言葉を遮るように言葉を口にしたファイシュは、口では直接言わないが、要は作戦会議をさせたくないのだと思う。
「そう思うなら、もう少し待っていてくれよ。まぁ、村長、もういいよ。教えてくれ。」
「ふむ、まぁ、わかったところで、という話じゃな。」
本当は村長が何かに気が付いたことは伏せておきたいが、それよりも情報を共有することの方が大事だと感じた。
「あ、そう。作戦会議続けるんだ。ボクは遠慮なく攻撃させてもらうけれど、良いよね?答えは聞いてないけど。」
ファイシュは一人で言い切ると、次の瞬間には俺たちの目の前まで移動して魔術を発動させる。
使った魔術は水で拘束するもので、〔水魔法〕の《水の牢獄》に似た魔術である。
ファイシュが発動した水魔術は俺、ではなく、村長を包み込み、その自由を阻害する。どうやらそこまで話させたくはない様だが、だとすると、やり方が杜撰だと断言できる。この程度では村長の口をふさぐことは不可能だろう。
『カッカッカッカ。この程度では儂は止められませんな。お忘れかな?いや、そもそも知らんのかのぅ。儂が何から神へと至ったかを。』
村長は水の中で不敵に笑うと水中であるというのに普通に言葉を発する。神なのだからそれくらいできると言ったらそこまでだが、あれは仙人であるミザネ村長だからできることなのである。
「なんで水中で話せるんだ?!」
『仙人とは、自然との融合が最大の存在意義、その修行の中には環境に適応し一体化するものもある。儂は神へと至る前から、その修行を重ねてきた。今でも息を吸う様に適応できるのじゃよ。』
こともなげに言うが、ファイシュはそんな村長に愕然とする。大方、どうやって口をふさげばいいかわからなくなったんじゃないか。
村長はファイシュを見て、とどめでも刺すかのように先ほど遮られた言葉を告げる。
『アルカナ様。この者の〔擬態〕はおそらく、スキルではないのだろうということは、まず間違いないじゃろ。スキルではここまで隙の無いのはむしろ不自然じゃ。じゃが、これが権能であるとすれば、話は変わる。まぁ、それは今関係ないのじゃがな。
問題なのは権能による〔擬態〕であるのなら、好きなど見つけることは不可能であるということじゃった。そこで儂は考えたのじゃ。完璧であるが故に付け入る隙はあるのじゃと。』
村長はそう言うが、完璧であると隙ができるとはどういうことだかわからない。それはファイシュも同じようで、頭をかしげている。
「フフフ、なんだかわからないけど、ボクが完璧という話かな?だったら、いくらでも話せばいいさ。それは紛れもない事実だから、ね!」
ファイシュは考えたうえで、論ずる必要なしという結論に至ったのか、今度は俺にめがけて跳躍し、攻撃してきた。またもや水魔術で作り上げたらしい、水の剣で斬りかかったのだ。
俺はそれを受け止めつつ、村長の言葉に耳を傾ける。水の牢獄の中にいる村長は、先ほどのファイシュの言葉を鼻で笑うと、話の核心を言う。
『フン、確かに完璧じゃが、完璧すぎたのぅ。まさか、海龍王様の弱点までを真似てしまうとは、お主でも誤算だったのではないか?』
「なるほど?待て、海龍王の弱点だと?」
村長の言葉には聞き捨てならない言葉があった。要は、本物と同じ弱点までも模倣してしまっているということなのだが、そんな間抜けがいるか?
「そ、そろえ、それ、そんなことが、ある、あるわけないだろう!」
どうやらいたようだな。あからさまに動揺している。
『うむ、海龍王様の弱点は、その他の竜と同様に体にある鱗の内、一つだけ逆様に生えた鱗、逆鱗じゃ。龍種であればそこを突くだけで、卒倒するレベルの激痛だという。』
俺は言われて、そんな弱点があることを思い出す。確か、学園長がそんな話をしていた気がする。あれはレイアの従魔が生まれる前に竜の飼育に関する講義を受けた時だったか。
~逆鱗は親しくなっても触れてはならない~
これを何度も言われた。よく聞いてみれば、逆鱗は個々で生えている場所が違かったり、色が違かったりするが、共通点として、触れるだけでも激痛が走るらしい。学園長が言うには、どれほど高齢の竜であろうとも逆鱗だけは鍛えられないとか。
つまり、何が言いたいかと言えば、海龍王もまた龍であるなら、逆鱗は存在し、それこそが唯一の弱点であり、それに〔擬態〕する目の前のファイシュも逆鱗が弱点だってことだ。
先ほど、突然痛がっていたのは、逆鱗を攻撃されたことで、激痛が走っていたからか。
『儂としては、賭けじゃったが、見事に逆鱗の位置まで同じとはな。驚きの精度じゃ。ここまで正確に〔擬態〕するとは恐ろしい技術じゃな。』
「クソッ!まさか神獣にそんな弱点があったなんて!それじゃあ、この姿の意味がないじゃないか!使えない奴め!」
ファイシュは怒り出す。勝手に〔擬態〕して勝手に弱点を晒して文句を言われたらたまったもんじゃないな。海龍王には同情を禁じ得ないが、まぁ、脇が甘い海龍王自身の責任もあるだろうな。ここまで正確に〔擬態〕するには多少なりとも観察は必要だろうから。
「弱点が分かったところで、それがどうした!それでも海龍王は神獣でも最強だぞ!」
「いや、弱点がむき出しの時点でもはや詰みだろ。」
こんな話をしながらも俺とファイシュは切り結んでいたわけだが、そこで俺は一計を案じて実行する。
〔飛行〕してファイシュに肉薄すると、その額にある鱗を指で突く。手加減なしの本気の一撃だ。頭蓋骨ってのは硬いから、貫通はしなくとも先ほどの説明通りなら、言いようのない激痛がファイシュを襲うはずだ。〔器用〕を発揮してドンピシャで突く。
「ハァアアア」
「グギャァアアアアアアアアアアアアアア」
ファイシュは悲鳴を上げて卒倒する。どうやら気絶まではいかなくても、もはや立つことはできず、まるで蛇のようにうねうねと転げまわる。
村長のさっきの攻撃はさっと触れる程度の攻撃だったが、俺のは明確に強力な一撃だ。この結果も納得だろう。
激痛で魔術の制御ができなくなったのか、村長が水の牢獄から解放される。余裕の表情でファイシュに近寄る。
「さて、アルカナ様。此奴、どうしてやろうかの。儂の島で好き勝手しおって。さらには大恩ある海龍王様に化けるなど、もはや許せんな。」
「ああ、此奴にとどめを刺して終わりにしよう。」
何ともあっけない終わりだが、戦いとはそういうことも多い。俺はイシュガルを上段に構えて、右足を引く。
「死ね。」
「今だ!」
俺がイシュガルを振り下ろすと同時にファイシュが突然叫び、回避する。辛うじて残っていた意識でどうにか回避したようだ。
「もうゆるさない。ぜったいに。この島ごと潰してやる。かけらも残さない。〔龍化〕」
ご立腹のファイシュはスキルを発動する。いや、これは権能だったか。おそらく、リオウの〔獣化〕と似たようなもんだろう。つまりは竜人形態から竜へと戻るのだ。
これに慌てたのは俺と村長。なぜなら、この場には俺たちだけではなく、ソフィアやメアリー、ガルガンドなど、防壁の外で戦っている者がいるのだから。
村長はすぐに周囲の防壁を無くして、見晴らしを良くする。こうしている間にもファイシュの体はどんどん大きくなっていった。
「ミザネ様!」
防壁がなくなった周囲には、たくさんの人形やアンデッドの死体が散乱しているが、仲間の姿はない。それだけに安心するが絶望的な状況なのには変わらない。これから本来の神獣と対峙しなくてはいけないんだからな。〔龍人化〕している状態とはわけが違う。
ガルガンドが近寄ってきて、状況の説明をする。その説明によると、村側の被害は軽微で、竜宮氏族に少しの負傷者を出しただけで、アンデッドの殲滅が完了したようだ。途中、フライングシャークなど海の魔物が乱入してきたらしいが、海の魔物に慣れている人魚たちによってすぐ討伐されたらしい。
中に入って助力すべきか悩んだようだが、ぞろぞろと行っては足を引っ張りかねないと、外で待っていたらしい。そこに防壁が解除されて今、か。
「ふむ、皆の者!よくやった!しかし、ここからは巨大な龍との戦いじゃ。少数精鋭で仕留めにかかる。すまないが竜宮氏族の戦士たちには村の防衛戦力となってもらいたい。狩人たちでは海の魔物に慣れておらんからのぅ。」
村長が危惧しているのは関係ない海の魔物がファイシュの魔力に誘われて村を襲うことなのだろう。
ガルガンドもそれを理解したのか即座に指示を出す。
「よし、我らは一時的にミザネ村長の指揮下に入る。私とソフィアを除いた竜宮氏族はミザネ村の防衛に当たれ!ここからはレヴァルトラーネ様のお力を模倣した者を討伐にかかる。」
「「「「「「ハッ」」」」」」
竜宮氏族は即応して行動に移る。そうしてこの場に残ったのは、俺と村長、ガルガンドにソフィアとメアリーだ。村長が言う様に少数精鋭だが、ここからは俺はどう動こうか。
とりあえず、〔人化〕を解くことも視野に入れて、集中しよう。混合魔獣面は〔人化〕を前提に創ったのでその場合はマスクを変えることになる。単純に最大戦力は、獅子王面だからな。
実を言うと混合魔獣面もいくらか傷ついたから、変え時ではあるのだ。
俺がマスクを変えるか悩んでいると、ファイシュの巨大化が止まり、ぼんやりとしていた輪郭がはっきりとしていく。光が収まると、その場には青い鱗の巨大な龍が現れる。龍は俺たちを見下ろして言った。
『さっきは良くもやってくれたなぁ!逆鱗が額にあるなんて思わなかったけど、この姿なら逆鱗の位置もわからないだろう!さぁ、今度はボクが攻める番だ!』
巨大なものが叫ぶとそれだけで十分な攻撃である。俺たちは上から襲い掛かる音の波に打たれる。
少し辛抱して、どうにか耐えると、村長が号令をかける。
「ここからが本番じゃ。そもそも海龍王様を相手にするつもりでいたのだから、当初の予定に変わりはない!皆の者、気を引き締めてかかれぃ!」
「「「「応!」」」」
さぁ、不本意ながら、第三ラウンドに突入だ。
大怪獣バトルでしょう
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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