第219話 VS偽物②
創造を司る神ファイシュ。俺はトロ龍王がそう名乗った神の名に心当たりはない。創造神と言えば、存在していてもおかしくないようには思える。だけど、その言葉には何とは言えない違和感がある。
トロ龍王が今までにやってきたことは、すべて何かしらの真似にすぎない。つまり、オリジナルの事象が何一つないのだ。
『創造』という言葉は、どこか革新的な印象を受ける。よくある物語でも創造神は主神であったりするほどの地位であることが多く、悪であることはそうない話だ。
「む?創造神じゃと?」
先ほどまでの怒りをどうにか収めて、ファイシュの言葉に頭を捻る。戦闘の構えは解いていないが、少しだけ気が抜けてしまっているようだ。
俺はそんな村長に気を配りながらも、ファイシュに疑問を投げかける。
「創造の神ともあろうものが、どうして悪なる神なんてことになるんだ。」
例えば、世界を創造したのであれば、それこそ世界神同様に敬われる存在になっていたはずだし、悪に落ちるとは到底思えない。
「ボクは悪い神なんかじゃないさ!それはあいつらが勝手にそう言っているだけ!ボクが!ボクこそが!この世界の最高神であるべきなんだ!」
ファイシュはそういうと、力強く地面を踏みしめて跳躍する。跳んだ先は、俺だった。どうやら今の発言が相当気に入らなかったみたいだな。
「うわっと。〔超強体〕、5倍だな。ハァア!」
俺は慌ててイシュガルを横に構えて振り下ろされるこん棒を受け止める。それだけでは押し切られかねないので、勢いをそぐためにも、空いた手でファイシュの腹に突きを放つ。〔超強体〕を5回も重ねた上に魔力でコーティングして強化した貫手だ。皮膚を貫いて少なくないダメージを与えるだろうと考えた。
しかし、グンッと音がして腹にめり込む俺の右手は皮膚を貫くことすらできないで、弾かれてしまう。想定よりも弾力があり強度もあるトロの海の皮膚に俺は少しまずいなぁと冷や汗を垂らす。
「ほんっとにこの体は素晴らしいね。君の攻撃なんて効かないみたいだ。フンッ!」
「うぉぁっ」
俺がファイシュの体から腕を引き抜くより前に俺が防いだこん棒を持つ腕とは逆の腕で俺を殴打する。速度自体は大したことがなかったが、腕が拘束されているせいで避けることもできない。
イシュガルを持つ両手はこん棒を受け止めるので精一杯だし、よりによって突き出した貫手は右手だ。ファイシュの左腕の攻撃を受け止めるには、都合が悪い。
なすすべもなく攻撃を受けてしまった俺はどこで腕の拘束が説かれて飛ばされる。幸いメアリーが造ってくれた防壁のおかげで遠くまで飛ばされることはなかったが、相当めり込んだと思う。手足を動かすにも土に埋もれて動きが鈍い。
その間に今度はファイシュとミザネ村長の直接対決が始まろうとしていた。俺はどうすることもできずに藻掻きながらも、一秒でも早く戦線に戻るつもりで足掻き続ける。村長が負けないことを祈りながら。
***
Sideミザネ
アルカナ様が創造神を名乗るファイシュというらしい神に殴り飛ばされるたのは一瞬の出来事であった。
トロの海の厚く柔軟な脂肪で腕を拘束されて殴られたのだと推測できるが、あの速度では儂でも遮ることは不可能じゃ。それほどに速度も威力もあった。
そもそも儂は戦闘が苦手じゃ。決して弱いとは思うておらんが、他者を傷つけるということがあまり得意ではない。
以前の襲撃の際は相手がアンデッドということもあって、遠慮することなく杖を振るうことができた。あの時は村人を守るという名目もあったのじゃから、余計に気は楽じゃったのぅ。
そんな儂が何の因果か、共にアンデッドから村人を守るために戦ったトロの海と対峙しておる。もちろん此奴が本当のトロの海でないことはわかっておるが、あの時のトロの海が此奴であることは間違いない。
あの時の戦いはお互いに相当な量のアンデッドに力を惜しむことなく発揮して撃退したが、あの必死に戦う姿が偽りだったとは、見事に騙されたのぅ。
儂が逡巡しておると、ファイシュの方から話しかけてきた。その声は間違いなくトロの海なのだが、それが本人でないことを余計に意識させる。
「のぅ、村長よ。おぬし等はどうして世界神に与するのじゃ?ワシこそがこの世界の神。奴らはワシらを見下して蔑む。共に来んか?」
「ふざけるな。儂は海龍王様に多大な恩がある。貴様は儂に仇で返せと申すか。寝言を言うのも大概にせよ。さもなくば、我が刃がおぬしの首を即刻切り捨てる!」
ふざけたことを抜かすファイシュに儂は声を荒げて反論する。神獣、延いてはその主である世界神に多大な恩がある儂はそれを見過ごせるわけがない。
「この世界で神の頂点は紛れもなく世界神じゃ!断じて貴様のような者ではない!」
「やはり、か。いいや、これでいいのかもしれないな。ワシもこの村に住んで情でも生まれたのかもしれないのぅ。ハッハッハ。ボクはこの世界の神、情なんていらない。」
トロの海のものだった口調が突如として幼い口調に代わる。それはまるで自分の思い通りにならないおもちゃをごみ箱に捨てるかのような冷たい声色じゃった。
ファイシュはその言葉を最後に儂に言葉をかけることはやめたようじゃ。その言葉を最後にファイシュは一言も発さず、儂を殺そうと手加減なしの攻撃を繰り返し始めたからのぅ。
「フンッ、フンッ、フンッ」ブオン、ブオン、ブオン
聞こえるのはファイシュの息遣いとこん棒が空を切り裂き唸る音のみ。儂はそれを必死に避けて、時には杖で受け止め、また避ける。儂が受け止めるのは筋力的に不可能であるため、角度をつけて受けて、攻撃を反らすのが関の山じゃ。避けるのが無理ならそれしか手がないのだからしょうがない。
しかし、何度も連撃を回避し続けるうちに、だんだんとそのスピードにも慣れてきた。儂は年老いてはおるが、その本質は「仙人」じゃ。「古代貴族」とも言うが、長きを生きることに違いはない。
仙人という者は時間をかけることである程度まで熟練することができるという性質を持つ者じゃ。儂もその例には漏れず、ほとんどのことに時間をかけて達成してきた。
村の設備の拡張やダンジョンの快適化、村人の育成など、最初は手探りでも時間をかけて一つずつゴールを設定してそれを達成してきた。
儂は見えるようになったおかげか、ファイシュの攻撃はわざわざ受け止めることはせずとも、回避する。それに苛立ったのか、ファイシュの攻撃はどんどん激しさを増す。
ただ、激しさが増すと攻撃速度も速くなるが、苛立ったことで攻撃が雑になり、避けるのも難しくないのじゃ。
儂はこれを好機とみて、この隙に反撃に移った。
「なんで!なんで当たらない!」
「ふむ、答える義理はないのぅ!カァアアアア」
儂は声を上げて杖を振るう。狙うはファイシュの左腕だ。
ブシュゥ
「グガァアアア」
剣が通過した左腕から血が噴き出る。両断することは叶わずとも、深く切り込んだので多少は痛手を与えたじゃろう。
連撃を止めて傷口を抑えてうずくまるファイシュに儂は腕を振り上げる。5mの巨体を持つトロの海を殺すにはどうしても跪かせる必要があった。心臓だろうが頭だろうが、高すぎて届かないからのぅ。
しかし、先ほどの回復力からして、トロの海と同等の能力であることは間違いないのじゃから、急いで次の攻撃に移らねば、回復されて形勢逆転ともなりかねない。
「カァアアアアア」
「フゥ、フゥ、クソ!こうなったら!」
儂が振り下ろすよりも先にファイシュは何かをした。ファイシュの体が変形していき別の形へと変わる。どうやら〔擬態〕で別の体になったようだ。小さくなったことで儂の杖を避けたようじゃな。
その形は先ほどよりは小ぶりで、せいぜいが2mといったところか。儂はさっきよりも大きくなられたらお手上げだと内心でホッとする。
そんな儂の内心など知らないファイシュは勝ち誇ったかのように胸を張って立ち上がり、こちらを見下ろして言った。
「でかい図体にスピードを兼ね備えた便利な体だったけど、さすがに知り尽くした関係のミザネには相性が悪いか。仕方がないから、こっちでやろう。それともあっちがいいかな?」
そう言いつつも顔だけを変化させていくファイシュに儂は気分が悪くなる。なぜなら、ファイシュが選んでいる顔は、儂の村にいる狩人たちの顔だったからの。
もちろん、彼らが今も生存していることはわかっている。なぜなら、先ほども会っているからじゃ。しかし、そこで一つ思い至る。
本物のトロの海は今、どこで何をしている?
儂の疑問は儂の中だけで解決することはできない。なぜなら、その答えを持っているのはおそらく、目の前の先ほどから顔を変えている男だけだからだ。
「のぅ、一つ聞いていいかのぅ。」
「ん?あれ?ボクの顔を見るのは終わりかい?食い入るように見ていたけれど。まぁ、いいや。なんだい。その顔を見れたし、一つくらい答えてあげるよ。」
儂が村人の顔を見て気分を害したのが気に召したのか、気分よく儂の質問に答えるようだ。戦いの最中に余裕を見せる、もはや傲慢と言っていいほどの態度だけで十分に悪なる神だと言える気がしたが、今はその傲慢な性格に感謝する。
「貴様が儂の村に長いこと村人のフリをしておったのはわかった。じゃが、その間に本物のトロの海はどうしたんじゃ。」
儂は答えを半ば確信しつつもそう質問する。村に長期滞在するのであれば、本物であるトロの海はファイシュにとって目の上のたん瘤、そのまま放置とは思えん。
儂の質問を聞いたファイシュは、一瞬だけ呆けた後、次の瞬間にはその口角を大きく上げる。奇しくも、その時、ファイシュの顔は儂の顔じゃった。
ニィ
「ふふん、どうしたっけなぁ。山に埋めた?海に沈めた?それとも食べたっけ?ハハハ、嘘、嘘。覚えているさ!トロの海はねぇ、とっても、しぶとかったから、毒で少ぉしずつ弱らせて、ナイフで切り刻んで、あとはねぇ、フフフ、聞きたい?」
その表情を含めてすべてが狂気を孕んでいた。ファイシュはとても楽しそうに言うが、儂はそれを聞いていてその結末を知る。
「もうよい。」
「えぇ~?聞こえなぁい!トロの海は最後まで悲鳴も上げずに死んじゃった♪いやぁ、あの時はつまらなかったけど、今こうしてミザネのその表情が見れたから、結果オーライだね!」
「もうよいと言っておろうが!」
儂は怒りに任せて杖を振る。それは空振りに終わったが、次は当てる。
儂はファイシュの足元の地面を砂に変えてすぐに固める。ここはメアリーの領域ではあるが、それ以前に儂のダンジョンだ。優先度は儂の方が高い。まぁ、儂がやるには神気を消費するがこの際仕方がない。
「おわあ」
儂のひと振り目を回避したことで油断していたのか、落とし穴にハマり足を拘束されたファイシュは間抜けな悲鳴を上げる。そこにすかさず儂は横薙ぎの一撃を打ち込む。
「カァアアアア」
「あぁ!もう!」
ファイシュはまたもや〔擬態〕で変形するのかと思ったが、今度は体の色が変わり形もシンプルになりおった。拘束を解かれることはなかったのじゃが、変化した体はかなり硬質な物質のようで、儂の仕込み刀を弾いた。
「そのようなこともできるとはのぅ。」
「ミザネ、君は強いとは思っていたけど、なかなか戦わなくてその実力を測りかねていた。でも、君はこの間の襲撃でボクの前で戦ってくれた。戦闘が嫌いなようだけど、なかなか強かった。だから、こうして対策は考えてきたんだよ。」
「あの時か。」
アンデッドの襲撃でトロの海と共闘したのは記憶に新しい。その時に戦力として分析されていたとは。
「この体は、アダマンタイトに変化させたよ。君の杖に仕込まれた刀はおそらくミスリルかオリハルコン、アダマンタイトには敵わない。さぁ、どうする?ボクはこのまま受け続けてもいいんだよ?」
「ふむ、なめられておるのぅ。しかし、手を出せないのも事実。どうするかのぅ。」
儂は目の前のファイシュに視線を向けながら考える。ファイシュが言うとおりに儂の仕込み杖の刃はアダマンタイトには通らない。そもそもアダマンタイトを壊せるのはアダマンタイトだけだ。少なくとも同等の硬度はいる。
「まぁ、このまま待っているつもりはないよ。待つのはせいぜい数分ってところかな。その次は君の絶望を見せてもらう。ボクが本物になる日も近いかな?ハッハッハッハ。」
「フム、カァアアアアアアアア」
不気味に笑うファイシュに儂は杖を振るう。何度打てどもその体にダメージが通ることはなかった。
「ふぁぁあ。もう無理でしょ?もうボクも飽きたし、そろそろ反撃しようか。」
「させるか!」
「遅いよ。」
そう言ってファイシュは体ではなく足だけを変化させる。どうやら足を補足して引き抜くつもりのようだ。
儂はさせじと穴を小さくしようとしたが、時すでに遅く、ファイシュは足を引き抜いてすでに歩き始めていた。儂の前に迫るファイシュ。その速度は重いはずのアダマンタイトに似つかない、速さであった。
儂は襟元をつかまれて脱出は叶わない。握力まで尋常ではないようである。
「散々、叩いてくれたし、お返しにボクも殴るだけで済ましてあげるよ。さ、顔を出して。」
ファイシュの前に引き寄せられた儂は、万事休すかと覚悟を決める。するとそこに少々間の抜けた声が聞こえて、儂の後ろの壁が爆ぜる。あそこは確か先ほど彼が埋まっていった...。
「ふぃ~、やっと抜け出せた。って、アレ?なんでウッドゴーレムがここに?ファイシュの奴がいたはずだが。」
現れたアルカナ様はその身についた土埃を4つの手で払うと、ファイシュと儂に目を向けてそう言った。
どうやらアルカナ様はこの姿に見覚えがあるらしい。ただ、儂にはどうしても木の人形には見えんのじゃが、どういうことじゃろうか。
儂が疑問に思っていると、アルカナ様の背後の防壁が少しずつ修復されていく。それはきっとメアリーの仕業であろう。
「村長が捕まってるじゃねぇか。放せ!」
アルカナ様はやっと儂の状況を理解したのか、瞬時に儂らの間に割って入って引き離す。儂は即座に飛び退いて距離を取り、杖を構える。
「邪魔をしてくれたなぁ。それにしても、君はこれの形状を知っているのか。うーん、あ、そういえば、国境付近の施設を破壊したのは君だったか。そっか、そっか。」
「!アルカナ様!」
納得したように何度も頷くファイシュは次の瞬間、アルカナ様に迫り、その硬い拳を突き出す。
さすがのアルカナ様でもあれを食らえばひとたまりではないだろうと叫ぶと、アルカナ様はそれを受け止める。
「おっと。こりゃあ、硬ぇな。見た目こそ似ているが、素材が違う。ウッドゴーレムじゃなきゃなんだ?」
「アダマンタイトじゃ!」
儂はアルカナ様にファイシュの材質を伝える。儂が切れずともアルカナ様ならという希望を込めてじゃ。
「ふぅん。」
「それが分かってもどうしようもないだろう。この姿はボクの切り札の一つ。世界最硬の金属で出来たゴーレムさ!」
自信満々にそう言い放ったファイシュ。しかし、アルカナ様の反応は想像していたのとは違った。
「ああ、なるほど。じゃあ—————
————死ねよ。」
アルカナ様は先ほどとは違い下の両手で大鎌を振ると、アダマンタイトゴーレムと化したファイシュを逆袈裟斬りに一刀で切り裂いた。
「カハッ」
さすがに真っ二つにされるとは思っていなかったのかファイシュの表情は驚きに染まり、言葉も出ない様だ。
そんなファイシュにアルカナ様が言う。
「世界で一番硬いのはただの金属じゃねぇ。創造神を名乗るならそれくらい知っておけ。」
そう言ったアルカナ様の肩に担がれた大鎌が太陽に反射してキラリと輝いた。
詰めましょう
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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