第210話 使者の正体
暖かくなってきましたが、まだまだ油断すると風邪をひきそうです。
あと、花粉でぐちゃぐちゃです。どうぞ。
海龍王はまだ認めないが、使者の方はすでにあきらめたのかもしれない。すでに口調も変わり、怒りつつもなんだかずっと笑っている。
馬鹿にするように言う俺に使者は鋭い目つきで睨みつけながら、地面にたたきつけた魔道具を振り上げた左足で何度も踏みつぶす。叩きつけるくらいだったら、まだ使えるかもしれないと思っていたが、あそこまで執拗に何度も踏みつけられたら、少しくらい頑丈な魔道具じゃ、ひとたまりもないだろう。
ついでに言えば、使者も相当に強いと思われるので、その踏みつけの威力も相当だ。実はこの浜は、メアリーの支配下に置いた時点で、砂の質を変更しており、地面はそこそこ硬く固められているのだが、その地面がひび割れているということがその証拠である。
「さて、アルカナ様の指摘やその魔道具からも使者殿、おぬしが偽物であるということは儂にもわかる。今日会ったトロの海が本物のトロの海でないこともな。
して、そろそろ正体を現さんかの?もはや貴様らの企みは阻止されたも同然じゃろう!」
ミザネ村長はだんだんと声を荒げながらも努めて冷静に語りかけた。使者はそのなことお構いなしに怒りを魔道具にぶつけながら笑う。
海龍王は黙って成り行きを見ているが、まだ使者の番というだけで次は自分だと理解しているのか不明だ。
「クソが!クソが!クソが!...やられました。やられましたねぇ。クハハ。まさかこの私が、いや、僕があんなちんけな魔道具でしてやられるとはね。フフフ。
――――いやぁ、愉快、愉快。こんなに笑えるとは思わなかったよ。僕自身、この作戦を主導したわけじゃないから、どうでもいいけど、ある意味では想定よりもずっと面白いよ。」
使者はその顔を狂喜の表情に変えて、楽しそうに言った。どうやら作戦とやらを知っているそうで、できれば話してもらいたいが、そううまくいくだろうか。
俺はもっと口を滑らしてしまえ、と念じながら使者に話しかける。
「作戦だって?もうすべてをこちらが打ち破ったんじゃないのか?」
「クフフ、そうだねぇ。僕が関わっているのはそうなんじゃないかな?僕だって所詮は協力者だ。全部を知ってるわけじゃないのさ!
それに全部知っていたら楽しくはないじゃないか!」
使者は楽し気にそう笑うが、こちらとしてはやはり海龍王にも囀ってもらわねばならないと気づかされて面倒だ、というのが正直な感想だ。
「海龍王様に化けている者よ。貴様なら、その作戦とやら、すべて知っているじゃろう?話さぬか!」
「む?なぜ我がそんなことを知っておらねばならぬ。使者は偽物であろうと我は海龍王よ。不敬である。」
村長も顔をゆがめて海龍王の方を向き、そちらに話の全貌を話せと圧をかける。しかし、海龍王もさすがにこちらが完全な偽物の証拠を持っているわけではないと理解しているらしく、口を割らない。
「まぁ、そうだよな。とりあえずすでに詰んでいる使者殿には退場願いたいが、どうかな?」
「え?僕をどうしたいんだい?ハハハ、もちろん僕は帰るつもりはないよ。この作戦の目的はこの島の壊滅だからね。こうなったら、僕一人でも戦って引っ掻き回してあげるよ。
......そっちの方が楽しそうだろう?」
使者は、ニヤァと笑って村の方を見る。その目的を聞いた俺たちはその視線にゾッとして、即座に村を守るように移動して立つ。どうやら想定していた通りに、村人を含めて村を壊滅させることが目的だったようだ。
「まぁ、村長を攫って無理やりダンジョンの権限を奪ってもいいんだけどさ?クハハハ、それよりも目の前で大切な村人が死んでいく様を見せた方が、いい表情をしてくれそうだからさ。ハハハハ。」
「なぁ!?貴様ぁ!そんなことは儂がさせぬ!」
「村長!待て!」
激高した村長を俺は抑えるように羽交い絞めにして止めると、使者に視線を向ける。俺が口を開こうとしたとき、視界の隅で手が使者に向けられ、メアリーが口を開く。
「お「展開...防壁発動...対象指定...完了...《城壁拘束》」い!って、メアリー?」
「うわぁ!クハハハ、危ないなぁ。」
俺の言葉をさえぎってメアリーが発動させたのは、支配下にある浜の地形を変更することで相手を拘束する〔妖精魔法〕だ。使者は慌てて跳び何とか回避したようだ。
支配下にある場所以外での戦闘力は高くない家妖精だが、支配下に置いた地域では高い戦闘力を発揮する。
現在の浜ではメアリーの魔法は普通の〔土魔法〕には出せないほどの威力で、今放った魔法も数段威力が増幅されていることが分かる。バインドと言いつつ、威力は殺す気満々というほどだ。
それでいて魔力消費まで抑えられるとくれば、家妖精の支配領域では敵対したいとは思えないだろう。
「ふぅ、問答無用だねぇ。メアリーちゃん。殺意がなければよけられなかったよ。クハハハ。なんでそんなに怒っているのかな?」
使者は殺されかけたというのに、意外にも余裕そうだが、よく見ると額に汗が浮き出ている。
メアリーはそんな使者に再び手を使者に向けて、次の魔法の準備を開始して言う。その言葉はいつもの単語ではなく、しっかりとした文章だった。雰囲気が違うそれだけで、メアリーの怒りが相当なものだと理解できる。
「あなたは私たちを騙していたのね。トロさんはいい人だった。でもその正体はあなた。いいえ、そんなことはない。本物はどうしたの!?私はあなたを許さない。《ウィードバインド》」
メアリーが魔法を発動させると草が伸びて使者を拘束する。支配領域だと、ただの浜から草をはやすことまでできるみたいだ。
使者は、今度は避けることができずに草によって拘束される。
「あなたは殺気を読んだみたいだけど、それなら殺気を消せばいいだけ。」
「クハハ、やられました。先ほどのはブラフですか。」
「そう。答えて。本物のトロさんはどうしたの!?」
メアリーは叫ぶ。使者はそんなメアリーの様子を楽しそうにしているが、俺としては見ていられないほどに悲痛な叫びだ。
トロの海に化けていた使者。偽物が隆盛するには本物は只管に邪魔な存在。それをどうするかはほとんど決まっている。だからこそ、メアリーは怒りが抑えられないんだろう。
村長もそれはわかっているし、彼の怒りも相当なものだ。手を握り締めて詰めが皮膚に食い込んでいる。
「クフフフ、トロの海とかいうトロールはどうなったでしょうかねぇ。その真実を告げようものならあなたはどうなってしまうか。フフフ。
っと、教えてあげたいところではあるんですが、正直に申しまして、僕はそれを知らないんですよ。僕は飽くまで代理の使者。普段はこんなことはしません。
そもそも〔擬態〕は専門外ですし。それだけじゃないけど、楽しそうだから参加したので、本物がどうとかは知る由もないんですよ。」
使者は本当に残念そうに言うが、それが本当であれば、普段のトロの海はだれが化けていたのか。
俺の疑問はすぐに解決する。その答えはあいまいなものだったが、俺には理解ができた。
「クハハ、ここで僕の自己紹介をしましょうか。
僕は、デルキウス、遊びの神さ。君たちが悪神なんていう存在さ。クハハハ、僕だって仲間に誘われなければこんなところまで来ることはなかったよ。
僕にとっては楽しければそれでいいのさ。もちろん、君たちのことは嫌いだよ?文化の無い魔物なんて、ただのゴミ、すべてを駆逐したいね。
まぁ、この体はただの入れ物にすぎないけし、借り物だからね。本領は発揮できないし壊さないようにしたいんだ。
どうかここは見逃してくれないかい?」
使者は、デルキウスは自身を神だと名乗る。その態度にどこか既視感を覚えた俺は、どこだったかと探りつつ、遊神デルキウスに疑問をぶつける。
「見逃すわけがないだろ。悪神は俺にとっては立派な獲物だ。ここで刈り取る。たとえ器だろうと、ここで仕留めれば少しは堪えるだろ。」
「あらら、それは死神から教えてもらったのかい?それともくそったれのオーリィンかい?なんにしても面倒だね。それを知っているなら、見逃してはくれないか。
しょうがない。ここで、倒されるわけにはいかないからね。精一杯、抵抗させてもらうよ。」
「!?〔換装〕大鎌斧イシュガル、解放!」
「<クリエイトウォーター>」
「展開...防壁発動...対象指定...完了...《城壁生成》
「我は一時的に海へと戻って居ようか「海龍王サマ、もし貴殿が本物だとおっしゃるのであれば、今はここで、待機を願いますかな?島から出るのは許可できませんな。」な...我を止めるか。ミザネ。」
「はい。儂も村長としてここは死守させてもらいますぞ。ささ、あちらへどうぞ。」
「フンッ」
デルキウスはそう言って、構えを取った。俺は即座に武器を取り出して距離を詰めると大鎌を振り下ろす。しかし、それは防がれてしまった。
俺以外のメンバーは各々に動き出し、ソフィアは水魔法を準備し始め、メアリーは村を守るように城壁を建てる。ミザネ村長は海龍王と向かい合って少しずつ俺たちから距離をとる。
ここで偽龍王を無視して使者とやりあうのは難しいと考えていたが、村長がそちらを上手に誘導してくれたおかげで、遠慮なく戦える。
偽龍王も逃げ出したいくらいだろうが、村長はそれを阻止するために全力だ。まぁ、現状、自分が海龍王であると主張しているのだから、逃げようというのはこちらも納得できない。それくらいは馬鹿でもわかるだろう。
多少強引でも偽龍王を逃すことはあり得ないのだ。
「オラァア!<首狩り>ィ!」
「クハハ。やらせないさ。」
「<マーメイドスピアー>!!」
「おっと、あぶないあぶない。」
「展開...防壁発動...対象指定...完了...《隆起する腕》...。」
「大地の腕で殴打ですか。クフフ、当たればぺちゃんこですねぇ。当たれば。ハハハ。」
さて、とりあえずはデルキウスに体を置いてお帰り願おうか。といえど、相手はさすがに神だけあって、手強い相手だ。
俺の攻撃は何らかの手段で、防がれ続ける。何合かの打ち合いの中で、デルキウスの姿が微妙に変形していることに気が付いたが、それでどうやって防いでいるのかはわからない。
俺の攻撃の合間にソフィアが〔人魚魔法〕を放ち、メアリーも巨大な腕で殴りつける。
そのどれもがデルキウスには届かず、奴は余裕そうに笑う。
「そんな攻撃、僕には意味がないよ。ハハハ、きっと君たちは強いんだろうけど、僕ほどじゃないのかな?
そうだ。アルカナ君だっけ?君には僕のかわいい子を痛めつけてくれたお礼も兼ねて、お返しをしようかなぁ?」
「かわいい子?誰だ?」
「ふぅん。君があの子の腹に穴をあけたのは見ていたからねぇ。言い逃れはできないよぉ。じゃぁ、行くよ。ハハハ、〔神式呪法:享楽〕はい、どぉーん」
デルキウスが放った魔法のような光が俺を貫く。ゼロ距離で放たれたそれは俺に直撃した。しかし、それで俺は思い出した。〔呪法:享楽〕ってのは前に見たことがある。
ブレナンド帝国の奇怪な多重人格者、その一人のべーがそんなスキルを持っていた。
「なるほど。ベーの【加護】、あれか。」
「思い出したようだねぇ。そうだよ。じゃ、バイバーイ」
答えを得たところで、俺の意識は一瞬だけ閉じ、次の瞬間、俺の目の前には何もない空間が広がった。
ここは何だろうか。こうなった理由はわかる。あの呪法だろう。ベーの呪法なら何とかなっただろうが、神の呪法はそうもいかないらしい。
俺は戦闘のさなかに放り込まれた空間で、頭を抱える。ここからどうやって脱出すればいいのか。
その答えは今の俺には分からない。
願わくば、生きているうちにここを脱出できることを。
まぁ、メアリーとソフィアが踏ん張っているうちに戻らなきゃな。よぉし、気合を入れてまずは暴れてみよう!
呪法でしょう。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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