第199話 製作依頼
気が滅入ることがあると指が動きませんね。
俺は完成したばかりのマスクを〔骨壺〕に仕舞い、家を出ることにした。自分では完璧に仕上げることはできないので、プロに任せるわけだが、これをもって歩いていたら、良くて変質者、悪けりゃ誘拐犯だ。
この島には普通にゴブリンも住んでいるわけだし、多少、肌の質が違うとはいえ、ゴブリンの見た目の何かを抱えていれば不思議に思われることは間違いない。
門番をしているオークファーマーの兄弟のように、村では自衛に留まらない戦力があり、外の世界でいうなら、「衛兵」や「警備兵」、前の世界でいうなら「警察」のようなものだ。
とりあえずは目的地である『スパイダーシルク』のある商店街まで、向かう。今回のマスクの作成や修復もヤンをはじめとした蜘蛛人族のお針子さんたちに依頼する予定だ。
ぼちぼちと通りを歩いていくと、家からそう離れていないところで村人がたむろしているところに出くわす。
その集団は何かを見物しながら雑談しているみたいで、その注目は道の真ん中に集まっている。
「ん?なんだ?」
俺も気になってそちらを注目すると、そこにはメイド服を着た少女がいて、何かをしていた。両手を地面につけて、無言で座り込んでいる。微動だにしないその様は、とても集中しているようで、今話しかけても反応はしてもらえないことは確実だろう。
「おい、あれって何をしているんだ?」
「いや、わからねぇ。あの子はそもそも誰だ?」
「知らないの?あの子はメアリーさんよ。ほら、あそこの家妖精?の。少し前に亡くなった家の子よ。」
「・・・」
「ああ、そういえば。今はスケルトンさんが住んでいるんだったっけ?」
「そうだったな。で、その家妖精がここで何しているんだ?」
「わからねぇ。手を付けてなんだろう?」
「・・・・・・」
周囲の村人もその様には見覚えがないのか、ざわざわと話している。ただ、中にはその様子を見て何かに思い当たった者もいるようだ。少しだけ考えた後にどこかへと向かっていくものが数人いた。
その数人は話しているだけの村人とは決定的に違うところがあり、それは武力が突出している、というか、みんな狩人を担う者たちであるということだ。
狩りをするものはメアリーが今していることに気が付いたのか。それとも狩人としての勘か。俺にはわからないが、魔力がメアリーの手のひらを通じて地面へと浸透していくのはわかるやつから見れば領域の拡張であると理解できるのかもしれないな。
「なあ、なんだか、空気が変わったか?」
「はぁ?なによそれ?達人にでもなったつもり?」
「いや、なんていうか、居心地が悪いっていうかさ。」
「意味が分かんない!」
俺の近くにいた夫婦だと思われるエルフの男性とドワーフの女性はそんな会話をしている。エルフの男性が感じたのは間違いではない。俺もここにいるだけで少し居心地が悪い。それというのもメアリーが領域の支配中であるため、領域の設定ができていないことが理由だろう。
今日の話では、領域支配後に村人を領域内におけるオブジェクトに設定するらしい。言い方が悪い気もするが、村に付随した存在に設定することでこの居心地の悪さもなくなるらしい。
まあ、俺は正式には村とは関係がない存在になるので、ずっと違和感を感じることになるかもしれないけどな。
メアリーの家だと、領域としても力が薄かったため気にしないでいられたけど、今後はそうはいかなそうだ。
領域の支配は意外に狭い範囲のようで、見た感じは通りの幅だけみたいだ。
そして数分ののち、俺が観察していると、魔力を手のひらから流すのを終了させたメアリーが立ち上がり、こちらに向けて顔を見せる。
正確には俺ではなく、見物していた村人なんだろう。まあ、延長線上に俺がいただけだな。
「完了...。」
「ああ、なんだ。村長の指示で何かしていたのか。」
「それなら安心ね。村長だもの。」
「村長はこういうことをよくやるしね。」
メアリーが言ったことは〔魔物言語〕で理解しただろう村人は先ほどまでの何となく不安そうな表情を一変させている。
「あれ?居心地の悪さは消えたな。いつもの村の空気だ。」
「ほら!やっぱり気のせいでしょ?」
「そうかなぁ。」
「そうよ!じゃあ、夕飯の買い物をして帰りましょう!」
「そうだね。」
さっきの夫婦も何事もなかったかのように自分の用事に戻っていった。きっとエルフのように魔力に敏感だったからこそ、領域の支配に気づき、ドワーフという脳筋種族は気づけなかったのかもな。
そんな二人が移動していくのを何となく見送りながらぼーっとしていると、気づいたらメアリーが近くまで来ていた。
「見物...?」
「ん?ああ。ちょっと見させてもらったよ。すごいな。」
「不思議...?」
「そうだな。領域の支配って意外に少ない範囲なんだな。これだと、テキパキやらんと日が暮れちまう。」
そう思って言ったら、メアリーが丁寧に説明してくれる。俺は〔魔物言語〕を習得していないため、まだ単語でのやり取りだけど、簡潔に教えてくれた。
その話によると、村長に確認したところ、領域の支配は通りだけに抑えて、各村人の住居や店舗には極力、支配を伸ばさないように頼まれたという。
村長としては自分の領域の副支配者のような立場にメアリーが立つだけなので、全部やってもいいみたいだけど、村人がもし自分の住む場所にメアリーの支配が及んでいると知れば良い気はしないだろうという配慮のようだ。
ついでに言うと、狭い場所だと、細かい制御が必要なので時間がかかるみたいだ。広い場所なら魔力注ぎ込んで一発なんだって。効率悪くね?
「なるほどな。それで、細かく通りだけを支配していくってわけか。それだと効率が悪くないか?」
「微差...。」
「そっか。それならいいのか?まあ、メアリーがいいならいいんだろうな。」
メアリーは俺に親指を立ててグッとした。本人がそれでいいと言っているのならその方針を支持しよう。まあ、当日に間に合ってくれればそれで十分なんでな。
「それじゃ、頑張れよ。俺はちょっと『スパイダーシルク』に用事があるからさ。ソフィアも今日中に帰ってくるつもりみたいだし、夕飯で会えるだろ。お互いに当日に向けて集中していこう。」
「了解...!」
メアリーと言葉を交わしてその場を後にする。俺には手伝えることはないからな。
どんどんと広い場所まで作業が進めば、作業効率もどんどん上がるってことみたいだし、メアリーも夕飯に間に合うように作業しているのだろう。
今日は俺はマスクの作成を依頼しに行くだけなので、一番手が空いているといっても過言ではない。なので、夕飯の支度は俺がしようかな。
持っていても使うところがない俺のスキル〔家事〕の使いどころかね。さて、どんなメニューにしようか。
***
夕飯のメニューを考えつつも目的地に向かって歩く俺は先ほどの作業を思い出して、自分でもできないかを考える。〔妖精魔法〕ってのは、妖精特有の魔法でそもそも存在としてかけ離れている俺にはできないだろうが、少しだけ思い当たることがある。
それはダンジョンだ。村長がこの村の支配者であることは言うまでもないだろうが、やっていることはどちらも同じなんじゃないか、と思う。
過程こそわからないが、村長もメアリーも土地を自分の支配下に入れるというものだしな。
となると、俺にもできるんじゃないか?だってダンジョンって神が持ち領域のことだろ?その源は神気だ。神気なら俺も持っていることは村長の話でわかったからな。俺もダンジョンを作れるかもしれないってことだ。
「今はそんなことしてられないんだけどな。村長然り、オーリィン然り。その他の神然り。ほとんどがダンジョンから外に出ないことを考えると、自由に外に出られない可能性が高いしな。」
そんな可能性を思いながら、俺は『スパイダーシルク』へと到着する。いつの間にか商店街の中を歩いていたようだ。
『スパイダーシルク』はいつも賑わっているというわけではないので、いつも通りの客足の少なさだ。ミザネ村では服ってのは需要が少ないのかもしれない。
魔物が村人の大半だし、人間も自分で服を作ったりする。ここで服を作るのは晴れ着などのちょっと高めの服だけなんだろう。
ドアを開けて中に入ると、中ではヤンがスパイダーシルク製の服をたたんでいた。その様子に少し疑問に思って挨拶をそこそこに質問する。
「こんにちは。服をたたんでいるけど、ここは受注生産じゃなかったか?」
そうなのだ。ここは商品を頼まれた後に制作を開始するスタイルの店で、昨日来たときにあった服は、修復した服だったはずである。
ヤンは俺に背を向けて作業していたので、声をかけるとその白髪を振り回してこちらを振り向く。
「やぁやぁ、スケルトンさんやん!昨日は新しいお客さんをありがとね!今日はどないしたん?」
「ああ、今日はマスクの修復と本縫いを頼みに来た。」
俺はそう言って〔骨壺〕から二つマスクを取り出す。どちらも仮縫い状態のマスクである。自分ではできない完成までの縫製を頼む。
「ふぅむ。こら、かなり難しいやん。こっちのゴブリンは裏のお針子でもできるだろうけど、こっちは無理やな。」
「そうか。それならしょうがない。」
俺は取り出したマスクのうち、無理だと言われた方を仕舞おうと手を出すと、ヤンが慌てたようにその手をつかむ。
「ちょ、ちょぉ待ってぇな!」
「ん?難しいんだろ?」
「裏のお針子では難しいって言ったんよ。別にできないとは言ってないやろ!」
あまりにも必死でいうので、どういうことかと考えを巡らせる。『スパイダーシルク』ではお針子が仕事をしているはずではなかったか?
「わかってないみたいやな。このマスク、自分がやったるって言ってるんよ。」
「え?ヤンがか?それならありがたいが、早急に完成させてほしいんだが、大丈夫か?」
俺としてはそこまで難しいとは思っていなかったので、今日中に完成品をもらえるとか思っていたが、ヤンなら本当にできるかもしれない。
「自分やったらそんな時間かけんと完成させられると思うで。うーん、今日中に完成させてこっちと一緒に届けるでええか?」
「ああ。そうしてくれると助かる。代金は?」
「あー、これだけの難易度だとすれば、100万セルってところかな。」
意外に安いといえばいいのか。もはや値段に関してはそこまで気にしていないので何とも言えないが、金銭感覚が壊れてきているかもしれないな。気を付けよう。
「それにしても、こっちのゴブリンは面白いやん。これはオーガか何かを張り付けるんやろ?このアイデア、うちで真似してもええか?」
「ん?そんな難しいことじゃないだろ。真似ってほどじゃないし。まあ、やるならどうぞ。」
「ありがとな。うちの商品は服以外の部門は少しだけ行き詰ってたんよ。新商品のアイデアをいただけてうれしいわ。」
どうやらほかの魔物素材を使って魔物のはく製を作るつもりのようだ。彼女たち蜘蛛人族は細かい作業が得意だから、素材があれば作ってしまうだろう。俺も完成品を購入したい。
「それじゃ、頼むぞ。」
「任しとき!完璧に仕上げて持って行くわ!ほなまた!」
ヤンはそう言って、仮縫い状態のマスクをもって店の裏へと行く。残された俺はとりあえず、白金貨を一枚おいてから声をかけて店を後にする。
「おーい、代金はここに置いておくぞ!」
俺の声はむなしく響いたように思えたが、数瞬してヤンの声が帰ってくる。ほとんど裏方への支持と同時だったが。
「あいよー。またなー。ほら!こっちがあんたらの仕事やで!完璧に仕上げるんやで!ゴブリンの形に縫製するんや!オーガ、それも上位個体の皮やから気を付けて作業するんやで!」
さすがに店を経営するだけあって主人としての顔は厳しいのかもしれない。俺としては完成品が完璧なら文句はないので頑張ってほしいものだ。
俺は『スパイダーシルク』を後にしてから、またふらふらと商店街を見つつ、家へと変えることにした。
今日の夕飯のメニューを考えながら。
料理をしましょう
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