第176話 釈明
書きたいけど、寒くて手が動かない。そんな日もありますよね。評価、ブックマーク、誤字報告ありがたいです。
一分の隙も無く三又槍に囲まれた俺は、出来るだけ穏便に事が進むように言葉を柔らかく話しかける。
氏族長も待てと言ってくれているために、攻撃はされていないが、近衛兵というのは時として王の命令よりも王の安全を取るときがあるため、完全には待つつもりはないだろう。
俺が少しでも不振と思われるような行動をした時点で、すべての槍が俺に向けて突かれるはずだ。
さて、氏族長の言葉に甘えて、先程の話の続きをさせてもらおうかな。
「(あー、水中だとこちらの姿でしか離せないもので、こちらで話すが勘弁してくださいよ?)」
「構わんよ。そもそも、こんな事態は両者の認識の違いが生んだものだ。こちらとしては文句は言わない。」
氏族長だけは俺が言ったことの意味を理解してくれているのは確定だ。ああ、神獣から聞いているんだったな。それなら骨の王が冥界に送るのが何かってことくらいは話していてもおかしくない。
というか、話の流れで分かりそうなものだけどな。
「(じゃあ、遠慮なく。
先程も言いましたが、俺は襲撃を受けた際に人魚族を含めた多くの水棲魔物を葬りました。その数は、おそらくこの集落にいる人魚の数の数倍は手にかけたと思います。まずはそのことで謝罪したいと思います。申し訳ない。」
俺がそう謝罪して頭を下げると、一瞬だけ沈黙がその場を支配し、次の瞬間には俺に槍を向けている者達の内、見た目としてより若そうな数人がその手の槍を動かす。
槍はすでに俺の骨すれすれの位置にあったことから、少し動かしたところで俺に接触し、金属と骨が当たってカコンという音が響いた。ダメージなんぞ受けないが、いい気分じゃない。
しかし、謝罪をしている立場なので、反撃はせずに甘んじて受けよう。まあ、本人としては槍を押し込んでいるつもりなんだと思うが、さすがに刺さってやるつもりはない。
そんな俺と若い人魚兵士たちのやりとりを早々に切り上げさせた人物がいた。
「お前ら!やめんか!アルカナ殿は氏族長の客人だぞ!無礼を働いてただで済むと思うな!」
「しかし!近衛兵長!こいつは我らが同胞をその手に掛けたと自白をしているではないですか!捕らえて刑に処すべきです!」
「そうです!我らが同胞の無念を果たさず誰が果たすというのです!」
ケインは彼らにしっかりと注意をしたが、それを聞き入れるようなやつは氏族長が何かを言う前に動き出すような愚か者ではないだろう。
まあ、俺としては特に不便も無いので、事の成り行きを見守る。すると、今度はケインが大きな声で怒鳴りつける。
「この、愚か者どもがぁ!!貴様らは命令無視の上に不敬及び侮辱の軍機違反だ!お前とお前、それからそこの槍を当てた4人、貴様らはたった今から一時除隊の上、謹慎だ!何がいけないかをしっかりと理解するまで出てくるな!」
「な、何でですか!?」
「どうしてです?!」
庇ってやるつもりはないので口は出さないが、ケインも結構厳しい処分を言いつけるな。まあ、氏族長の判断を覆しての勝手な行動や客人への無礼など、国に寄れば無礼討ちもあり得るから一概に重い処分とも言えんか。
「貴様ら、大人しく退出しろ。さもなくば俺が叩き斬る。」
「ヒッ、し、失礼します!」
「し、失礼します。」
彼らは急いで退出していった。ケインの気迫は相当なものであったが、それ以上に一瞬だけ放たれた氏族長の〔威圧〕に恐怖したんだろう。俺でも一瞬だけ反応しそうになったくらいだ。
「すまないな。アルカナ殿。彼らの氏族長である私も謝罪しよう。」
「(いや、まさか二回目も突っかかって来るとは思いもしませんでしたが、まあ、しょうがないと思います。
さて、ここからもう少しだけ話しますと、もちろん私が冥界へと送ったのはただの水棲魔物ではありません。アンデッドと化した人魚やその他の魔物です。)」
その言葉にほっと息をついたのは氏族長でもケインでもなく、俺を囲み続けていた人魚兵たちだった。
「ほら、お前らも分かっただろう。槍を下げて、退出しろ。先ほどのやりとりで分かっただろうが、槍の刺さらないアルカナ殿にどうせ勝てやしない。」
ケインも結構ひどいことを言うなぁと思いながらも退出する彼らを見送る。どうやら納得してくれているようで一安心だ。
「すまなかったな。もちろんだが、アルカナ殿が葬ったのがアンデッドと化した同胞であることは最初から分かっている。もちろん、悲しみはあるが、アルカナ殿を怨むのがお門違いだとも理解しているつもりだ。」
「ええ、この海域の人魚は皆、いつでも戦うことができる者ばかりです。それがアンデッドになったというのは残念ですが、それを解放してくれたアルカナ殿を怨むことはありません。」
二人は俺の言った意味をしっかりと理解してくれていたようで、人魚としてはそれを咎めるつもりはないと表明してくれた。
俺としてもそうなってくれると信じてこちらへと向かったわけであるし、目標を達成できたので万々歳だ。
であれば、次にすべきは海中で起こっているであろう異変の話になる。ソフィアに聞いた話では結構大規模な行方不明のようなので、氏族長が知っているのも当然だと思う。
「(ご理解いただき感謝する。それでは次は話を伺いたいのだが、よろしいか?)」
「ああ、私たちで答えられることであれば。」
氏族長もケインも頷いてくれたので遠慮なく質問する。人魚としてはデリケートな問題の可能性もあるので、慎重に話しだす。
「(ソフィア様から窺ったのですが、今、海中で多くの行方不明者が出ているというのは事実でしょうか。)」
「!...なるほど。それをすでに聞いていたのですか。」
氏族長は驚いたように目を見開き、次に納得したような表情をする。ソフィアは俺にそのことを伝えたことは言っていなかったのかもしれない。
しかし、このことが先日のアンデッドの襲撃に関係しているとなれば、こちらとしても話をしておかなければならない。
「それで、アルカナ殿はそれを聞いてどうされるおつもりかな?まさか、損害賠償という話ではないでしょう?」
「(もちろんです。あの襲撃は裏にいる者も大凡は判明しております。ですので、その責任は人魚の方々にはあるはずもないでしょう。むしろ被害者といっても間違いない。)」
あの襲撃にはアンデッドにされた水棲魔物が多く参戦していたが、どう考えても自身の意思などそこには介在せず、強制されていたことには間違いない。それを、被害を受けたのだから賠償しろ、とは言えないだろう。そのことはミザネ村長にも確認を取っている。
「であれば、何をお求めなのかな?」
「(ええ、まずはその行方不明の者達が今回の襲撃側のアンデッドになってしまったことはすでに代えられない事実です。ですが、それはザンビグルに強制されたであろうことも事実。なれば、ここは我々で次が起こるようなことを防ごうというのが私の提案です。)
「防ぐ?それはいったい...?」
氏族長はいまいち理解ができていないようだが、話の成り行きを見守っていたケインが、なるほどと話に入ってきた。
「それはつまり、ミザネ村と竜宮氏族で同盟を持ち、相互に助け合うということで間違いないですか?」
「(ああ、そう言うことです。)」
ケインはこのことのメリットまでを理解できたみたいだ。
この同盟のメリットは主に二つ。それは戦力の増強と相互の不得手の解消だ。
まず、ミザネ村の村人は基本的に強い個体が多く、村の住民の数も村とは名ばかりなくらいにはいる。さらに中でもトロの海の様な圧倒的な強者もいる。そして竜宮氏族は海王の海域の近くに位置するという場所柄、ある程度は動けるし、索敵能力も低くない。
つまり、この二つ村の同盟は戦力を足すだけでも十分な強化になるのだ。
次に不得手の解消だが、海の中では強者の立ち位置にいる人魚族も数の暴力には弱いし、村人は前回の襲撃のように水の中にいる相手には手が出せない。それを補うことができるのがこの同盟だ。
人魚は海中に適応していない者に便利な魔法を使うことができる。それは水中呼吸の魔法だ。人魚魔法の一種らしいんだが、肺呼吸の俺たちでも水中で活動できるようになる魔法なんだって。これがあれば村の者が水中の敵を屠ることすら可能になる。
これで、二つの不利が解消されたわけだ。足りない俺の頭でもこれくらいは分かるわけで、村長はこれ以上に何かを考えているみたいだけどな。
あ、そうだったわ。
俺は慌てて〔骨壺〕からもう一通のミザネ村長からの手紙を取り出して氏族長に渡す。手紙は撥水加工が施された完全に水中で渡すことを想定されたものだ。
「(渡すのを忘れていました。これは村長からの手紙です。バルクス様にも渡しましたが、こちらは氏族長にと申し遣ったものですので、同盟のことについても書かれているでしょう。)」
「おお、では失礼して読ませていただきますぞ。」
氏族長は渡した手紙を読み始める。書いてあることは分からないが、これで同盟がなればいいとは思う。海中での彼らの動きはさすがというしかない。移動の際のスピードも密かに驚いていたが、先程囲まれて槍で包囲された時もあまりの早業に度肝を抜かれた。
〔探知〕でいることが分かっていなければ、反応もできなかっただろうと思う。
さて、そろそろ読み終わるかな。
氏族長は手紙を読み終えてテーブルの上へと置くと、こちらへと視線をよこした。何だろうと思って見返すと、立ちあがって俺に向かって手を差し出す。
「アルカナ殿。手紙によると貴殿はミザネ村の村人というわけではないそうですな。骨の王が村にいるということに疑問は持ちましたが、やはり何かしらのトラブルでしたか。
しかも、そのトラブル、海王様が関わっているとなれば我らも無視はできますまい。この同盟、我らが竜宮氏族はお受けさせていただきますぞ。」
氏族長の言葉に俺は嬉しくなって、その手に飛びつくように握る。すると氏族長も握り返してくれたので、これで無事に同盟は締結された。
竜宮氏族とミザネ村の同盟は、以前までの交易の様な関係とは違い、ピンチの時には助け合う様な強固な関係になる。それは大きな決断であると思うが、快く受けてもらえてよかった。
「(ありがとうございます。しかし、海王だと無視ができないというのは?)」
そこだけが気になった。ソフィアの話では竜宮氏族が関係あるのは海龍王だけで、海王に関係があるとは聞いていなかったからだ。
「ソフィアは勉強が嫌いですからな。知らないのも無理はありません。実はですな。過去に海王様を封印したのは我ら竜宮氏族なのです。
当時の氏族長とその側近が海龍王様と力を合わせて封印を施しました。それが今になってどういう訳か封印が解け、さらには魔物の様に変質してしまった。
そんな海王様がアルカナ様を襲ったのだから、責任を感じるのですよ。」
そうだったのか。しかし、それは責任は無いと思う。その封印が解けたというのもザンビグルの言葉から考えても奴らの仕業だと考えるのが普通だ。
それを氏族長に伝えると、彼は驚いたような顔をして、ザンビグルについて質問してきた。ただ、それは俺にも疑問を植え付けるだけの質問だった。
「なんと、神が封印を解いたというのですか。しかし、ザンビグルというのは嫉妬深き悪なる神ですね?それがどうして。」
「(なんですか?その嫉妬深きってのは?)」
ザンビグルにそんな呼び名があったというのは初耳だ。しかし、神獣とも関わりのある氏族長の話なら聞いておきたい。
「神獣様に聞いた話の登場人物なのですが、どうやらガリア様に嫉妬したことで悪なる神に堕ちたという女神の話ですよ。詳しくは話してくださらなかったのですがね。」
「(なるほど。)」
そんな話があったとは知らなかった。確かにザンビグルはガリア様に関わる者に攻撃をしようとした過去もある。あながち間違いではないし、そもそも神獣が言っていたなら疑うのも変な話だろう。
「さて、同盟も締結したことですし、時間も良い時間です。そろそろ夕飯にしましょうか。」
そう言われて、外をみるとどことなく薄暗くなってきているように感じた。
「不思議に思われるでしょうが、海底では日の光が届かずとも、“太陽の木”と呼ばれる、日光の動きに合わせて光を発する巨木が時間を教えてくれるのですよ。」
「(そうなんですか。不思議な木もあるんですね。)」
「ええ。一応、あの巨木も魔物らしいんですが、神獣様は害無き魔物とおっしゃられていましたな。」
ふむ、トレントのような物か?魔物にも騎獣など人と共存したり、人から距離を取ったりとただ襲う魔物だけではないが、ただいるだけで恩恵があるというのは面白いな。
まあ、最近、人と暮らす魔物の村に関わったからか、不思議には思わないけど。
「それでは、まずは部屋の模様替えをしましょう。あ奴らが侵入するために水を入れましたからね。乾かしましょうか。《水流操作》《ドライ》」
氏族長の魔法によって部屋の中の水は退き、さらには水分が一瞬にして乾いた。どうやら氏族長は魔法に長けているようだ。氏族長という立場上、戦えることは前提ということだろう。封印にも携わる役職のようだしな。
「これでいいでしょう。アルカナ殿は、食事はできますよね?」
「(ああ。《換装》〔人化〕)とこの姿ならですがね。」
「骨ではさすがに無理ですか。ハッハッハ。」
村長が笑うのに合わせて俺も笑う。特にこれ以上何かを言うべきことは無いと思うので、気が楽になったからか自然と笑いがこみあげてくる。
こんな俺でも緊張していたのかも知れないな。
あ、骨のままでも骨は食えるけど、あれって食べた後、どこに消えているんだろうか。
海龍王に会う話をしましょう
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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