第103話 特別合宿一日目その③
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時はメイリーンの〔木魔法〕が発動した直後にさかのぼる。
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Sideレイア=ブラッドレイ
メイリーンちゃんの魔法は無事に発動したわね。アルと役割を分けてこちらに来たけれど、こっちは大剣を使うアルフレッドくんとミーチェちゃんの相棒のイチ君だから正直言ってしまえば専門外なのよねぇ。
アルと交換したいけど、こうして分けた状態で考えても遅いし、どうしようもないわ。まあ、学生と従魔のコンビの奮闘を見せてもらいましょうか。
「よし、イチぃ!俺たちの役目はあいつらが来るまでこの4頭を引きつけて逃がさないことだ。もし逃がせば、拠点をいつ奪還しに来るかわからない不安要素を作ることになる。踏ん張るぞ!」
「グルルル、ガウ!」
あら、意外にわかっているみたいね、アルフレッドくん。
そうなのよ、ここでアルフレッドくんたちがすべき大事なことは、引きつけることと、逃がさないこと。
引きつけることができないのであれば、あの木の向こうの4人に追加のコボルトを送ることになるし、逃がしてしまえば、自分たちの拠点とした後に不安要素をいつまでも抱えることになってしまうものね。
コボルトは数の優位がある分、舐めてかかっているみたいだから十分対抗できるし、そうでなくても余裕があるはずよ。アルの訓練で〔気配探知〕を身につけたのだから不意を打たれる心配もないし安心してみていられるかしらね。
わたしがのんきに観察する間にも戦況は変わっていく。
イチ君とアルフレッドくんの連携で4体のコボルトは翻弄されているみたいだけど、これはおそらくアルフレッドくんもイチ君も殺さないように気を遣って攻撃しているようね。
うーん、どうしてかしら。
「イチ!殺すなよ!攻撃するのは構わんが、他のやつらが来るまでは生かせ!レベルを上げるのも目的なんだから、みんなで倒す方が効率が良い!倒しちまってもいいけどな!オラァ!」
「グルォウ」
なるほどねぇ。本当にいろいろと考えている良い子だわ。乱暴な性格をしているようで、その実、気を遣えるって結構良い冒険者になれそうね。
経験値ともいわれるそれは、魔物の討伐によって得られる。また一体の魔物を倒すとその魔物の種族やレベルに応じて経験値が入る。
これは魔物一体を人数に割るのではなく同じだけもらえるので、集まって一体というのが効率がいいのだ。
なら、今回の分断作戦ではアルフレッドにイシュワルトたちが倒して得る経験値が入らないじゃないかと思うだろう。しかし、そうではない。経験値というのはどうも境があいまいで、1つの戦闘の中であれば経験値を得ることができるという仕様になっている。
つまり、あちらでイシュワルトが倒した分もこちらでアルフレッドが倒した分もお互いに経験値を得られるのである。極論を言えばスタンピードでうまく立ち回れば膨大な経験値を得られることもあるということだ。
まあ、私が初めてアルと会った時はアル一人でゴブリンの村を2つ潰したことになっていたけどね。それでもルグラの冒険者たちもずいぶん稼いだみたいだし、文句も出ないから。
話がそれてしまったが、要するにアルフレッドくんたちはここで援護、助太刀が来るのを待っていれば労せずにレベルを上げることが可能だというわけだ。
そもそもそれが役割なので文句を言われることもないし、普通の冒険者パーティーでも同じ立ち回りをするだろう。倒しにかかるよりも戦いを伸ばす方が余計な体力を使わないと判断したようだし、実際コボルト相手なら間違っていないわ。
「コボルトどもは犬の頭を持つ人型だ。鼻がいいから強い臭いの薬品で鼻を潰しても有利になるらしいんだが、今はイチがいるから、な!こうやっ、て!地道にィ!対処するしかない!」
「ウォォォォォン」
キャウン
バウ!ぶおん
コボルトたちの攻撃はアルフレッドくんたちには効いていないみたい。アルフレッドくんはうまいこと大剣で弾いたり、大剣を縦にして抑え込んだりとあの手この手で対処しているのね。
素の速さで負けている分〔身体強化〕で補完して渡り合っているあたり、センスのある戦い方だわ。
イチ君の方はそもそもコボルトよりも断然早いから攻撃は一切受けないし、適当に反撃しているので、だんだんコボルトの方が警戒して攻撃できないでいるみたいね。
ミーチェちゃんとずっと過ごしていただけあって人との連携はお手の物ということかしら。
さあ、そうこうしているうちに向こうは一体目のコボルトの討伐が完了したみたいね。それくらいは伝えてもいいだろうし、教えてあげましょうか。
「アルフレッドくん、イチ君!どうやら向こうでコボルトを一体仕留めたみたいよ!頑張ってねぇ!」
「!ありがとうございます、レイア先生!よし、イチ!あと3体倒してこちらに来るまでそんなに時間はかからないと思うからな。信じて待とうぜ!」
「ウォン!」
うんうん、頑張ってね、アルフレッドくん、イチ君。こういう仲間を信じることができるというのは若い人の特権だからね。私たちみたいに長く生きれる種族は年を重ねる内に信頼できる人も限られるようになるから、うらやましいわ。
さあ、湿っぽくなりかけたけど切り替えて観戦を続けましょう。
私がイシューたちの状況を伝えてあげてからのアルフレッドくんとイチくんは連携がより良くなって、先程よりも安定した立ち回りをするようになったわね。
コボルトも初心者冒険者からすれば決して油断できる魔物ではないし、年に数人、コボルトに襲撃されて命を落とすくらいには危険な魔物だけど、こういうのをものともしないって言うのかも。
グルル、バウ シャー!
「おっと、見えてんだよ、オラァ!」
キャンッ
グルォ!!
「ウォォォォン」ザシュ
「あっと、助かったぜ、イチ!」
だんだんとコボルト4体も動きが悪くなってきたわね。それ以上にイチの援護がうまいのもあるけれど、それでもアルフレッドの牽制みたいな早く軽い攻撃ではなくて、大振りの攻撃にも対応できなくなってきたし、そろそろ援護を待たないで仕留めちゃうかもしれないわ。
「イチ!このまま押し切れるぞ!イチが牽制で俺がとどめだ!あいつらが来るまでに数を減らしてやろうぜ!」
「ガウ」
アルフレッドくんの指示はイチ君も賛成しているようで、言われたように牽制をし出したので決めに行くのだろう。これなら倒した方が楽だと思ったみたい。でも、そううまく行かないわよねぇ。
「あ!あいつら一体を囮にして逃げようとしてやがる!」
あーあ、逃げ出し始めちゃった。どうするのかしらねぇ。最初は逃がさないように軽い攻撃しかしていなかったからおバカなコボルトは気が付かなかったし、数の差があったのもあって逃げようとも思っていなかった。
でも、欲を出して倒す方にシフトしてしまったのが良くなかったわけ。
そりゃ、数で有利だったとしても、優勢か劣勢かくらいの判断はつくわよね。どう見てもこのままじゃ死んじゃうもの。
アルフレッドくんはコボルトが本気で逃げだしたら追い付けないだろうし、イチ君一人じゃ全部は止められない。さあ、どうするのかなぁ?
「クソッ!イチ、とにかく2体は止めてくれ。あと一体は俺が何とかする!逃がしてたまるかよぉ!どこぞの群れに吸収されて襲撃してくるなんて冗談じゃねぇ!」
「ウォォォォォォォン!!」
イチ君がほえるとコボルトたちの動きが止まる。おそらくアルの〔威圧〕に似たようなスキルなんだろうけど、効果が弱い。一瞬止める程度じゃ、2体に対処するので限界でしょう。
クゥン
グゥオ
バウッ!
「ガルルル、グォォォォ!」
イチ君が立ち止まった2体のコボルトに飛びかかり首根っこを噛みつくようにして牙を向けたけど、怯えたコボルトが首を守るように手を出したことで防がれちゃった。
それでも2体目の首筋に腕を挟んだまま噛みついたのは頑張ったわね。顎外れちゃいそう。
あ、でも、腕を挟んでいるから喉を噛み千切れないのかぁ。まあ、抑えることはできたし十分か。あ、終わったわ。
それじゃアルフレッドくんの方はどうするのかしら。囮になったコボルトを無視して追いかけるみたいね。イチ君のスキルで止まったから、少しだけ追いつけているけど捕まえるほどじゃないわね。
ん?なぜか止まって振りかぶり始めたわね。もしかして投げるのかしら。
「止まれって...言ってんだろぉがよぉ!!」ブオン
キャンッッ
グサリという音がしてアルフレッドくんの大剣が一直線にコボルトの背中に突き刺さる。見事に刺さったその剣を見て、意外にアルフレッドくんは投擲の才能ありかも?と思っちゃったわ。
冒険者としてやるなら〔投擲〕は便利なスキルだし、今度奨めてみようかしら。
うん、これでコボルトに逃げられるのは防げたわ。
でもさ、唯一の武器である大剣を投げちゃっていいのかな。君の後ろには君が放っておいた囮役のコボルトがいるんだよ?
グルルル
ほら、追い付かれちゃった。あれ?手を前に出しているけど、魔法かな?〔火魔法〕を持っているのは知っているけどあまり得意じゃないでしょ?うーん、どうするつもりだろうか。
もし本当に危なそうだったら助けに入るんだけど...。
「もう魔法も使えない。イチもコボルトを2体抑えるのでこちらの援護は無理。ははは、ここまでか。」
グルルル、グルォォ!
「なんてな?」
「―――――――ああ、そんなことにはさせないよ!《ライトバレット》!」
まあ、私は必要ないってわかってたわ。
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Sideアルカナ
おお、何ともドラマチックな登場じゃないか。急いで走るイシュワルトを追いかけて俺も急いだ甲斐があったな。どうやらアルフレッドは剣を手放しているみたいだし、魔力量も残り少ない。〔身体強化〕を調子に乗って使い続けたんだろうな。
レイアの方をみると、軽く頷くので俺の想像通りだろう。ま、〔気配探知〕を使ってイシュワルトが向かってくるのに合わせて剣を投げたんだろうから、勝てる賭けだったんだろうな。
コボルトを攻撃したイシュワルトがアルフレッドに近づき手を差し出す。アルフレッドはその手を掴み立ち上がる。
「ありがとう。助かったぜ。」
「まったく、無茶をするなって。アルフレッドは昔からそうなんだから。」
「へへへ、そういうなって。こっちに来るのがわかってたからさ。」
「うん、そういうことにしておこうか。それじゃ、倒してしまいましょう。」
「あ、マジだぜ?って...口調が戻っちまった。まあいいか。」
イシュワルトの魔法を食らって倒れていた囮役コボルトが立ち上がり今度は自分が逃げようとする。しかし、すでに近くまで来ていたイシュワルトが逃がすはずもなくそのまま剣で切り付けられる。アルフレッドが攻撃していた分だけ弱っていたので楽に倒せたのだが、イシュワルトは囮役コボルトもまた首を落として仕留めたようだ。
「そういえば!イチは無事か!?」
「うん、大丈夫ですよ。見てください。ほら。」
そう言ってイシュワルトが示した先には、コボルトの死体が二つとイチを撫でるミーチェ、それを一緒になって撫でるメイリーン、その代わりにといった具合で周囲の警戒をするケルクの姿が見えた。
どうやら救援に駆け付ける時に分かれて援護に入ったようだ。俺はイシュワルトに注目していたが、イチの方はレイアにもしもを頼んだ。先ほどのアイコンタクトにはこれも含まれていたので安心して任せた。
「殿下、こちらは完了しましたわ!イチさんもほらこの通り、元気ですもの。」
「アルフレッドくん、ありがとうね!イチも楽しかったみたい。」
「アルフレッド様大丈夫ですかって、剣はどうしたんですか!?」
「投げた。」
「投げた!?どういうことですか!?」
三者三様の反応をしながらこちらに気づいて向かってくる。やりとりは軽く切り上げてアルフレッドも剣を拾い上げる。
ただ、みんな一回の戦闘でやり切った感を出しているがこれからが本番なんだけどな。
俺の心配はよそに心配性のケルクは覚えていたようで、早速この後の予定を話し始める。
主な議題はこれからすることに関してとここを拠点として決定するかということだ。とりあえず目的の洞窟に移動しながらの会議をするようだ。
「殿下、僕の探知範囲には別の魔物はいないですので、現在この付近は比較的安全です。このまま拠点の作成に移りますか?」
「ああ、ありがとうケルク。そうしたいのだが、今この洞窟の前にはコボルトの死体がある。あれらは可食部もないので、捨てるしかない。魔石だけ取って埋めてしまおう。」
「それでしたらわたくしの魔法で埋めますわ。それに魔石を取るのもわたくしが。」
「それじゃあ、俺はケルクを連れて狩りに行くか。このままじゃ飯抜きになっちまう。〔万能探知〕が使えるうちに獲物を見つけねぇと。〔生命探知〕で行けるだろ?」
「はい、アルフレッド様。分かりました。僕も同行します。」
「うんよろしく。それじゃ、ミーチェはわたしと拠点づくりを頼みます。わたしはその分野は詳しくないからこの本にある資材は持ってきたけど自信はないのです。」
「イシュー君にも苦手なことってあるんだね!分かった!故郷では家を建てるのも手伝ったこともあるし、出来るだけのことはするよ!重いものはイチたちもいるしね!」
「ウォォォォォォォン」
「「「「「「「「「ウォォォォォォォン」」」」」」」」」
どうやらスムーズに役割を決めることができたようだ。
そしてここからはさらにスムーズにことが進んだ。
まず、洞窟の外ではメイリーンが〔木魔法〕でコボルトの死体の処理を始めた。
最初に魔石を一体ずつ取り、コボルトを集めて〔木魔法〕により操る根っこで掘った穴に入れる。
そこに私物であろう何かの種をまいて土で埋めた。どうやら何かの植物でコボルトの死体を要分として処理するつもりのようだ。
そしたら予想通りに
「木よ、育て《グロウ》木よ、従え《プラントコントロール》」
と成長の魔法を発動して木が生える。実が生るタイプではなかったようだが立派な木になった。そして二つ目の呪文で洞窟の入り口を隠すように木が動いた。
やっぱり〔木魔法〕って便利なんだなぁ。
木が動くのが止まったところで、メイリーンが
「よし、殿下―!終わりましたわ。わたくしにもなにか手伝えることはないですか?」
と言って中に入っていったので終わったということか。
どうでもいいけど、本当にいないように扱われるとちょっと寂しいな。
っと、俺の内心は本当にどうでもいい。よし。次は狩りの様子だな。
拠点作成の様子を見ましょう
明日も投稿します。
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