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幸せな帰り道

クレープを食べ終えてあとは帰るだけとなった頃。

ショッピングモールには人が増えていた。

学校終わりの学生、買い物鞄をぶらさげた主婦、手を繋ぎ歩く親子。様々な人とすれ違ったけれど、沙織さんはやはり特別に映る。


「ねぇ、あの人って」「すごーい!」「なぁ、あの娘めっちゃ可愛くね」「ちっちぇけど可愛いよな」


すれ違う際、目と目が合う。すれ違ったあと、ぼそぼそと聞こえる。


『姉は凄いのにあいつは大したことないよな』

『お姉さんはできるのに、どうしてあなたはできないの』

『姉に全部持ってかれた出涸らし、役立たず』


「ー太ーん?翔太君?」


沙織さんの声で我に帰る。俯く僕の顔を覗き込む沙織さんと目が合う。

照れ臭さからすぐに目を逸らしたが、沙織さんは不安そうな顔をしている。


なんてことはない。視線を浴びて嫌なことを思い出しただけだ。

皆が見てるのは僕じゃーー俺じゃない。沙織さんだ。

隣に立つ俺のことなんて誰も見も話もしていない。

だから大丈夫。


「すみません沙織さん。ちょっとボーっとしちゃいました」

「大丈夫ですか。お顔真っ青ですけどどこかでお休みしますか」

「ありがとうございます、大丈夫ですよ。それより早く帰りましょう。随分人も増えてきましたし」

「そうですね……。すみません、翔太君」


沙織さんの表情は曇ったままで謝られる。

何に対しての謝罪なのか、さっぱり。


「何がですか」

「その、自分で言うのもなんですけど、私はよく人の目を引いちゃうみたいで、よくあるんです。遠巻きで見られるだけなので私はもう慣れたんですけど、翔太君はそうじゃないですみたいですし、人の目が増えてから翔太君の顔色も悪くなっちゃいましたし……」


つくづくおかしな人だなあ、と思った。

自分の容姿で人が振り返ることには気づいているのに、その容姿が誇れるものだと気づきはしない。

きっと俺と同じ言葉が彼女の耳に届いているはずなのに、その言葉に驕ることもなくどこまでも謙虚で。

驕るどころか隣にいる俺なんかの体調を案じてる。

この人は俺なんかの言葉よりも、もっと世間の声に耳を傾けて自身の評価を改めるべきだ。


「大丈夫ですよ。確かに視線を浴びるのは慣れてないですし、なんなら嫌いですけど、皆が見てるのは俺じゃなく、沙織さんですから。それにしても凄いですよね」

「なにがですか」

「なにってそりゃ沙織さんですよ。聞こえてました?」

「え?」


沙織さんは本当にわからないようで、きょとんとしている。整った彼女の顔が呆けても可愛さは損なうことはないらしい。つまり可愛い。

にしても、これだ。


「すれ違った人達ですよ。皆沙織さんを見て、可愛いだの綺麗だのほめっぱなしでしたよ」

「あー、言ってましたね。正直、すれ違っただけの人とか見てるだけの人の言葉って聞き流してるというか信用していないというか。やっぱり自分のそばにいてくれる人の言葉の方が大事で大切じゃないですか」


きっと沙織さんにとってすれ違って噂されるだけの言葉なんて何の意味もないんだろう。

すれ違う人々が沙織さんの容姿をいかに褒め称えようと彼女の中で自身の評価は変わらない。


「なんか嫌なんですよね、すれ違って言われるの。

遠巻きに見られて、関わろうとしないの。なんか動物園の檻の中にいるみたい」


なるほど。


「俺が言うのもなんですけど、沙織さんは綺麗ですよ。綺麗、でいいのかな、可愛いと言えば可愛いのかな。顔は勿論整ってますし、身長は低い割に女性らしいスタイルしてるし」


「え……は……あ、ありがとうございます……」


先程までの不機嫌さはどこへやら。

恥ずかしさからか自身のスカートの裾をぎゅっと掴み、顔を俯かせている。

彼女の長い髪に隠れた耳がチラリと垣間見える。まっかっか。きっと顔もゆでだこのように赤くなっているのだろう。

褒めすぎただろうか。あまり人に褒められたこともないし、褒めたこともないから加減がわからず、思わずやりすぎてしまったかな、などと考えたら妙に気恥ずかしくなってきた。


「まあ、容姿は整ってても中身はポンコツだって俺は知ってますけど」

「え……」


顔を上げた沙織さんはこの世の終わりのような顔をしている。


「ははっ」その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。


「もうっ!お姉さんをからかいましたね!」


そういって沙織さんはまたしても耳まで真っ赤に染める。

その様子が子供っぽくて、可愛らしくて。

この人にはやっぱり生き生きとしていてほしい。

周りの声なんて気にせず、ただ笑っていて欲しい。


「そんな意地悪な子には電車代出してあげませんよ!置いてけぼりです!」


沙織さんは怒ったふりして、俺を置いて踵を返して前を進む。

背丈の低い彼女は数人の雑踏に呑まれるだけですぐに

姿を見失ってしまう。


「あ、あれ、沙織さーん!?」


お金も電話もない今、本当に帰れなくなるどころか下手すればいい歳こいて迷子センターにかけこむ羽目になる。そう考えたら恥ずかしすぎて生きていけない。

なんとかして沙織さんを見付けないとーー!


「しょ、しょうたくーん!」


人混みの中から情けない声と共に一瞬で見つかった。

ほんの数秒はぐれ、人混みに紛れただけで疲れ果てた様子の沙織さん。これではどちらが迷子かわからない。とにかく無事でよかった。


「はあ…はあ…よかった…迷子になるところでした…」

「ははっ、これじゃどっちが保護者かわかんないですね」

「間違えました!私の方がお姉さんで保護者でした!もう!はぐれちゃだめですよ、翔太君!」


一瞬で元気を取り戻し、ムンと胸を張る。

その仕草が子供っぽいとの自覚はないんだろうか。

そんなところがいかにも沙織さんらしい。


「そうですね、はぐれるといけないので、手でも繋いで帰りますか」

「え!?」


動揺。真っ赤。


「もしかして恥ずかしかったりしますか」

「ま、ま、まさか。でも周りに人がいますし」

「おや、周りの人は気にならないんじゃ」

「でもでも翔太君が人目が気になるんじゃ」

「気にはなりますけで、気にしないように慣れようかと。それとも俺と手を繋ぐのは嫌ですか」

「嫌じゃ……ないですけど……」


消え入りそうなか細い声で呟き、やがて観念したように小さな手を差し出す。

握ったら折れてしまいそうな手をそっと繋ぐ。

彼女の手からきゅっと力が伝わると、どちらからともなく止まっていた足を歩ませる。

お互い顔を真っ赤にして会話もまったくなかった帰り道。

それでも、凄く楽しかった記憶だけはあった?

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