クレープ
近所の大型ショッピングモ‐ルに着いたら買い物自体はすぐに終わった。
なんせ適当な量販店で適当な無地の服を見繕って買っておしまい。
オシャレに無頓着な男なんてこんなもんです。
沙織さんが「え、もう終わったんですか!?」と驚いたほどだ。
「びっくりです、まさか十分もかからないとは……」
「適当に目についた服を取っただけですからね。Tシャツやポロシャツ選びましたし、他の種類とかもよくわかりませんし」
「ん‐、ちょっともったいなきもしますけどね。せっかく翔太君スタイルいいんですから、服装にもっとこだわればもっとかっこよくなると思うんですけど」
何言ってんだこのスタイルお化け。
褒められて悪い気はしないけど、背丈は低いわりに女性らしい起伏に富んだ貴女に言われましても。
これ以上、この話題は深く掘り下げる必要もないだろう。
「そういえば沙織さん、クレ‐プはいいんですか」
ショッピングモ‐ルに至るまでの道中、繋いだ手をぶんぶんと振り回し、「クレ‐プクレ‐プ♪」とご機嫌で歌う様子はまるで子供のようで可愛らしく、慈しみを覚えた。
恥ずかしさを除けば小さな子を持つ父のような気分でもあった。
「良くないですよっ! でもう‐ん、そうですね。このままここで昼食も取っちゃいましょうか」
ちらりと時計を覗けば、時刻は正午を周ったぐらい。
買い物そのものはそこまで時間を要さなかったが、沙織さんが色々なお店の小物などを見て回る時間は結構あった。これは可愛いだとかこれは便利だとか。
俗にいうウィンドゥショッピングというものだろうか。
結局何も買わないというのだから無駄ではないか、と思うものの口に出してはいけないというものが姉から経た経験だ。
時折感想を述べ、つまらなそうにしてはいけない。実際、きらきらと瞳を輝かせて商品を眺める沙織さんは見ていておもしろかったので、そこまで退屈しなかった。正直もうそんな時間なのかと驚いたぐらいだ。
「いいんですか? 別に今から帰って昼食作っても構いませんけど」
「せっかくお出かけしてるので外食もたまにはいいかなぁと。食後のデザ‐トにクレ‐プです!」
「クレ‐プへの熱意凄いっすね」
「女の子ですからね!甘いものと可愛いものには目がないのです!」
「へぇ‐」
「そこ!女の子?とか思っちゃいけません!」
アラサ‐だと自嘲するくせに自虐ネタを持ち込んでくるからなぁ。
正直黙っていれば十代でも通用するのではないかと思う。
薄っすらメイクを施していても素顔の肌はきめ細かく、シミひとつなかった。繋いでいた手もすべすべだったし。
手はさすがにモ‐ル内だと恥ずかしいのでと離したが、久しぶりの人肌、少しばかり惜しくも感じたが変態っぽかったのであきらめた。
「そんなわけで何か食べたいものはありますか?」
施設内看板と呼ぶべきか、案内図を見上げながら話題を振ってくる。
こうしてみると迷子になった幼児にも見える。
「またしてもご馳走になってしまうわけですし、沙織さんの食べたいものでいいですよ」
「むぅ‐!匙を投げましたね!? 優柔不断な私に任せるとは……」
「残念ながら俺も優柔不断なんですよね。できればおいしいものでお願いします」
案内図には和食、洋食、中華など様々な飲食店が軒を連ねていた。
伊達に大型商業施設を謳っていない。そんな中で沙織さんが選んだのは……
「ん‐♪おいしいっ!」
ずるずると小気味良い音を立てて啜っていたのは安価で知られるラ‐メンだった。
「せっかくの外食と言っておきながら、良かったんですか。それで」
にこにこと嬉し気に食事をしている沙織さんだが、どうしても気になってしまった。
「いいんですっ!なんとなく食べたいなぁと思ったので!」
結局なんとなくなんかい。
そう言いながら長い髪を抑えながらラ‐メンを懸命にフ‐フ‐と冷ます沙織さんはやはり幸せそうだったのでこれ以上は聞かないでおこう。
ましてや沙織さんにお金で買い物したうえにこうして昼食まで馳走になっているヒモ野郎には口出しできるわけがないのだ。ハンバ‐ガ‐がおいしいです。
「翔太君こそいいんですか?もっと色々、ステ‐キとかあったのに」
期間限定の文字につられて買ったハンバ‐ガ‐にかじりついてると、今度は沙織さんの方が質問してくる。
ガヤガヤと賑わうフ‐ドパ‐ク内にはラ‐メン店やハンバ‐ガ‐店の他にもステ‐キハウスや様々な飲食店が並んでいる。
「いいんです。というかそこでステ‐キとか持ち出してくるあたり、沙織さん結構ガッツリ食べる系ですね?」
「うっ…!いえ、そのあの、男の子ならよく食べるかな‐とかお肉好きかな‐とか思いまして!」
「好きですよ」
「えっ……」
お肉好きとか一昔前の男性像な気がしないでもないけど、実際肉食か草食かと問われれば、肉食だ。
肉食だけど草食系だけれど、敢えて踏み込んでみる。
「好きですよ」
「え、えぇっと」
硬直した後、顔を真っ赤にして視線を泳がせる沙織さん。
こういってはなんだけど、見るからに男慣れしていない。
いつか悪い男につかまらないか心配だ。
「好きですよ。お肉」
「え……?あ、あぁ!お肉!私も好きですよ、えぇ、もちろん!お肉!」
呆然、戸惑い、安堵。沙織さん百面相。
本当にこの人は顔に出やすい。コロコロと次々表情を変える様はおもしろく、本当に愛らしい。
「ステ‐キも悪くないんですけど、ラ‐メンよりも今はこれが気になっちゃいまして」
そう言って手元にあるハンバ‐ガ‐にかじりつく。
ファストフ‐ドだけあって肉汁や脂などステ‐キには劣るものの、牛肉をうりにしたハンバ‐ガ‐でも十分に肉を味わえる嗜好となっていた。
「あ、あはは。じ、実は私もそのバ‐ガ‐は気になってまして!ど、どうですか、おいしいですか?」
懸命に照れを隠そうと愛想笑いを浮かべる沙織さんだが、未だに顔は紅いまま。
話題を逸らそうと必死だった。
「おいしいですよ。よかったら食べますか?」
これはつい、だった。
よく姉と違った味の物を食べ比べることがあったので、その感覚。
返事を聞く前に差し出した手を今更引っ込めるわけにもいかず、差し出したままのハンバ‐ガ‐を沙織さんは呆然と見つめている。
「え、えっと、い、いただきます……」
消え入りそうな、か細い声。
大きめのサイズのハンバ‐ガ‐で、食べ始めたばかり。
避けようと思えば避けれる物を、沙織さんはちょうど自分がかじっていた辺りにそのままかぶりつく。
かぶりつくといっても小柄な彼女の口もまた小さく、どこか品を感じるように控えめだった。
先ほどまで自分の唇が触れていた箇所に、彼女の薄桃色の唇が吸い寄せられるように向かっていく。
そしてはむっ、と小動物らしい動きで噛み、咀嚼、呑みこむ。
間接キスだ、などと意識してしまったがゆえに彼女の一連の所作をつい夢中で眺めてしまった。
精神的にからかうだけだったつもりが、つい肉体的にも触れあってしまった気分。
いや、実際に触れてはないのだけれど。
意識してしまってはもうだめだった。
「あ、あはは、いただきました」
「え、ええっと、お粗末様です?」
「お、おいしかったです…」
二人して顔を真っ赤にし、そこからは互いに顔を合わせることができず、無言でお互いの分を食べ薦めた。
「こ、これ食べ終ったらクレ‐プでしたっけ?食べれますか?」
「食べれます!食べます!」
照れ隠しに頬を指で掻きながら沙織さんを見れば、未だに顔を紅くしながらも叫ぶように言った。
断としてクレ‐プは譲らないらしい。
思いの外ハンバ‐ガ‐はお腹にたまり、クレ‐プへの食欲はわかなかったが沙織さんが頑なに勧めてくるのであきらめた。
沙織さんはイチゴのクレ‐プにするか、バナナのクレ‐プにするか悩んでいたが沙織さんがイチゴ、自分がバナナなという形で落ち着いた。
ある程度食べ薦めるとやはりお腹が苦しく感じ始め食べづらい。
そんな様子を沙織さんが横からジ‐ッと眺めているので、「食べますか?」と聞けば「はい!」と即答していた。
これもまた間接キスになるのではないかと思ったものの、今度は沙織さんに照れた様子が見えない。
沙織さん的に色気より食い気が勝った瞬間だったらしい。
やはり彼女は子供らしいなぁ、なんて半ば呆れていると、隣の席のカップルが同じようにクレ‐プの食べさせ合いをしていた。
軽食系のクレ‐プを食べていた強面の兄ちゃんが、彼女のスイ‐ツ系クレ‐プをかじり、「あんまっ」と渋面をつくる様は愉快であり、実に微笑ましい。
「ご馳走様でしたっ」
隣の席を眺めているうちに、沙織さんは二つのクレ‐プを食べ終えたらしい。
小さい体のどこに収まる余地があったのだろう、なんて考えるも彼女の体の小さくない部分だろうな、とすぐさま納得した。
「すみませんでした」
「え?え?なんで謝るんです?」
「いえ、自己嫌悪故です。気にしないでください」
つくづく子供だ子供だ、などと思ってるくせに都合の良い時だけ女性扱いするセクハラじみた行いに反省しただけなんです。
「それより翔太君、クリ‐ムついてますよ」
「え?まじですか、恥ずかしい」
生クリ‐ムをつけたままだったと思うと色々と恥ずかしい。
大慌てで口を拭う。
「あ‐、違います違います。もうっ、じっとしててくださいっ」
そう言って彼女は対面席から身を乗り出し、手を伸ばす。
伸ばされた手が、彼女の指先が頬をそっと撫でる。こそばゆい。
その指には確かに白いクリ‐ムが付着し、彼女は迷うことなく指先を自らの口へとはこぶ。
ぺろりと舐めとる様が妙に艶めかしい。
「…あはは、やっぱり恥ずかしいですね」
わずかに頬を紅潮させ、述べる彼女。
照れるぐらいならやらなければいいのに。
皮肉を返せるほど、余裕はなかった。
多分、今自分の顔も真っ赤だから。
「うへぇ‐、あんまっ!」
またしても隣の席の兄ちゃんの声が聞こえる。
「……ふふっ」
「……はははっ」
その声にどちらともなく笑いをこぼした。
隣の兄ちゃんには悪いけど、甘いものも悪くない、というかやっぱり甘いものは好きだなぁ、なんて思いもした。