初デ‐ト
服を乾燥機に入れ、大慌てで乾かす羽目になった。
それもこれも、沙織さんの「服を買いに行きましょう!」の一言のせいだ。
「家政婦の仕事はいいんですか」と暗に行きたくないアピ‐ルをするも、「契約したのは昨日の今日ですし、幸い引っ越した直後で散らかってないので本格的なお仕事は明日からでお願いします」とのこと。
残念。
服を乾かす際、沙織さんの服も一緒でいいのかと尋ねるべきか黙って分けるべきかと悩んていたところ、手間を増やすのも下着を見られるのもこの際構わないとのことで一緒でいいとの許可が降りた。
わぁお、男前!
ちなみに黒のレ‐スと大人の女性らしかった。何がとは言わない。
そして朝食を終えて皿を洗い服が乾いたタイミングでなぜか家の外で待ち合わせ、という形になった。
食事を終えた直後に支度を始めた沙織さんだが、服を着るだけで済む男とは違い、待ち合わせの際、十数分の時間だけ待つことに。
空いた時間でマンションのワンフロアをうろうろしてみたりするものの、誰かと出くわすこともなかった。
平日の昼前、平和そのもので治安の良さが伺えた。
伊達に高級感は漂わせていなかった。
治安チェックした自分が一番不審者だったとは思う。以後気を付けよう。
マンションの外に出て、空を見上げる。
高くそびえるマンションよりさらに高くの空は生憎のくもりだったが、気温としては程よいぐらいだったのが幸い。
この天気なら外で乾かさずに乾燥機にかけて衣服を乾かしたのは正解だったかもしれないなぁ。
「翔太君っ、お待たせしましたっ」
ぼんやりと空を眺めていると、後ろから沙織さんの声がかかる。
振り返ると、白のカットソ‐に白のスカ‐トに黒のバッグと夏らしくもあり清楚な服装に身を包んだ彼女がいた。
唇や頬は少し朱がかり、薄っすらとメイクも施されて彼女の美貌に磨きがかかっている。
肩からかかったバッグが一部分に食い込んでおり、直視できない。
寝起きであんなだらしない姿だった彼女とは同一人物と思えない。
「あ…いえ、そんなに…」
緊張で声が上ずる。
美人美人とは思っていたけど、化粧するとここまできれいになるのか。
「? どうかしました?」
沙織さんが綺麗だったので直視できませんでしたなどとは言えず、俯いていると不審に思った沙織さんが下から覗いてくる。
近い近い近い、綺麗、いい匂いするぅっ!
大慌てで顔を逸らす。
「ぃいぇっ、なんでもないですっ。 早く行きましょうっ」
ドキドキした。
「? なんか変ですね? いつもの翔太君らしくないですけど、行きましょう!デ‐トみたいでドキドキしますねっ!」
いつものって出会ってまだ二日目やろがい。ただでさえドキドキしてるのにデ‐トとか言わないでくれます? 心臓破裂しますよ、可愛すぎかよこの生物。将来ハムスタ‐の隣に沙織って生物が事典に載るレベル。いつものポンコツ具合はどうした。あ、いつもって言っちゃった。
隣を歩く沙織さんのはしゃぎ具合はそれはもう凄いものだった。
なんだかデ‐トみたいだとか学生時代から憧れた夢だったとか、異性と一緒に歩くのは初めてだとか、目的地のショッピングモ‐ルは徒歩数分で着くらしいけど、いつまでもこうしていたいとそれはそれは笑顔で語ってくれていた。
そこまで喜んでくれるのは嬉しい反面、初めての相手が自分で申し訳ないという気持ちも芽生えてくる。
沙織さんがその気になれば相手もすぐに見つかるだろう。
なら今はその代替としても彼女を喜ばせることに専念しよう。
「翔太君翔太君っ、手を繋ぎませんかっ」
「さすがに恥ずかしいので勘弁してください」
ごめんなさい、さすがに人目に付く場所で恥ずかしいので許してください。
ショッピングモ‐ルのへの道はがやがやと騒がしく、歩いてる人も多い。
特に午前中にもかかわらず若い学生、とりわけ女学生が多く一帯が女子校のような雰囲気で正直居づらい。
「むぅ‐、残念ですが仕方ありませんね」
唸ってる。可愛い。
「あっ、と、ごめんなさい」
「わっ」
浮かれた様子だった沙織さんが不意に女子高生とぶつかる。
沙織さんの不注意だった。
「すみません、私の不注意で。お怪我はありませんか?」
「だいじょ‐ぶだいじょ‐ぶ。気にしないでください‐」
小柄な沙織さんがぶつかった相手は女子高生だが、沙織さんよりも背丈はあり、こけるようなことはなく軽くぶつかった程度。
すぐさま体制を立て直し、傍らにいた友達二人とすぐに歩き出した。
「ねぇねぇ、見た? さっきのお姉さん!」
立ち止まった沙織さんを置き去りに歩き出した女子高生たちの方から声が聞こえてくる。
沙織さんの話題らしい。
それを沙織さんは青ざめた表情で、呆然と聞いている。
「沙織さん?」
「あっ、いえっ、なんでもないです……。行きましょうか、翔太君」
そう言った沙織さんの表情は未だ青ざめ、俯いている。
明らかになんでもない、といった風には見えない。
それに足取りも重く、先ほどの様子とは打って変わっている。
「沙織さん、行きましょう」
沙織さんの手を握る。彼女のは小さく震えていた。
「翔太君……?」
「顔を上げてください、沙織さん。何があったかよくわかんないですけど、胸を張って堂々としてたらいいんですよ」
「翔太君……」
どうやら沙織さんは落ち着いたらしい。
女子高生たちといざこざというものは特になかったが、沙織さん自身にひっかかるものがあったらしい。明るい彼女でもトラウマのひとつやふたつあるんだろう。
「凄い可愛かったよねっ!それに凄いスタイルっ、うらやまし‐!」
「めっちゃおっぱいおっきいのにほっそいの!」
「いいなあ‐」
少し離れた場所でも、先ほどぶつかった女子高生たちのはしゃぐ声が聞こえる。
どうやら話題は沙織さんのことらしいが、羨み称える声ばかりが聞こえる来る。
「‐‐ですって、沙織さん。よかったですね」
「翔太君……はいっ」
ネガティブな自分だから沙織さんが何を恐れたのかはなんとなくわかる。
不注意でぶつかった自分が悪く言われるかもしれない、そんな風に思ったのかもしれない。
優しく、素直な沙織さんが自分を責めるのはわかるけども、世の中そんな悪いものでもない。
軽くぶつかった程度でそこまで責める必要もないし、相手が良いと言ってくれたならそれでいいのだ。そうそう、それでいいのだ。
「じゃあ行きましょうか。 お腹すきましたね‐」
「アハハハハッ、さっきご飯食べたばかりじゃないですか。それにしても翔太君、手を繋いでくれましたねっ」
「育ち盛りなもんで。あんまりはしゃぎすぎてまた誰かとぶつからないようにしてくださいね。というか正直恥ずかしいので、手を放していいですか」
異性と手を繋ぐのなんて姉を除いて初めてで、緊張する。
「ねぇねぇ、見てみてさっきのお姉さん!」
「手繋いでる?兄妹かな?」
「キャ‐、いいなぁ!カップルじゃない‐?」
「私も彼氏ほし‐!」
「私も‐!」
後ろからはっきりと声が聞こえる。
いつの間に振り向いたのか、頼むからこっちを見ないで欲しい。
「アハハっ、ちょっと恥ずかしいですね」
「…そうですね、やっぱり手、放しません?」
「ダメです。意識してるの、あの娘達にばれちゃいますよ?」
「沙織さんだって意識してるじゃないですか。顔、紅いですよ」
「そういう翔太君だって顔、紅いですよ。耳まで真っ赤です」
「沙織さん程じゃないですよ」
「……ふふっ」
「……ははっ」
どちらの顔が紅いかを言い合い、どちらともなく笑みをこぼす。
こんなのじゃまるでカップルのやりとりみたいで、恥ずかしいと思いつつも、悪くない。
まだしばらくこの甘ったるいやり取りを続けていたいな、と思った。
「そうだ、翔太君。今から行くモ‐ルにおいしいクレ‐プ屋さんがあるんですよ、いかがですか?」
「いいですね、甘いもの。好きなんですよ」