出会い
ひっさびさに。
寛大な心で適当に流し読みしてくだせえ。
「あなたに決めました」
「‐‐‐‐はい?」
どういうことだろう。
別に俺は帽子を被ったやんちゃそうな少年にボ‐ルを投げられたわけではない。
むしろ逆だ。
いや、逆だからとボ‐ルから出てきたわけではない。
言葉の主が、やんちゃそうな少年とは真逆、という意味で。
ふんわりとカ‐ルがかった黒い髪に垂れ目がちな丸い瞳。
仄かにピンクめいた薄いながらも柔らかそうな質感の唇。
化粧に疎い俺でもやかましくなく、美しいと思う端正な顔立ち。
自己主張の激しい胸にしっかりと段差めいたくびれ。丸みを帯びたヒップライン。
彼女を評するならば、ミスコンにでも出てそう、というか出て一位を容赦なくかっさらていく美貌。
そんな美貌の彼女を眺め、大きいなと胸を見て思う反面、こうも思う。
小さいな、と。
そう、小さいのだ。
顔から胸、腰、お尻と見下ろしていくまでに時間はかからない。
なぜかって。
そう、小さいのだ。 背丈が。
何度でも言おう。
小さいのだ。
「‐‐‐‐なんとなく。 なんとな‐くですけどあなたが何を考えてるかわかる気がします」
そんな風に考えていると、ジト目でこちらを見上げながら美女めいた美少女? 美少女めいた美女?
‐‐うん、化粧っ気などを踏まえて美少女めいた美女、以後美女と呼ぼう‐‐が口を開く。
「凄いですね。 よく俺が小っちゃいけど綺麗な人だなぁ、可愛いなぁとか考えてるのがわかりましたね」
間違ってはいない。
圧倒的に小さいとは思ったが。
「ちっちゃい…………」
消え入りそうな声でぼそりと呟き、美女は自らの体を見下ろす。
だが、視線を下したところで目に映るのはその体に不釣り合いな大きな胸部、おっぱいだけだろう。
彼女ほどのおっぱいを持った者が胸を小さいと嘆けば世の貧乳と貧乳教が大規模な反乱を起こすだろう。それはよくない。
「大丈夫ですよ、あなたのおっぱいはおっきいですから。 ちっちゃいのは身長だけなんで」
しっかりとフォロ‐は欠かさない。
「おっぱ……!?」
オウム返しのように俺の発言を口に出すと、美女は顔を真っ赤に染め上げて、自らの体を抱きしめて俺の視線から庇うような動きを見せる。
先ほどまで無表情で不可思議な言動を繰り返す不思議美女だと思っていたが、そのイメ‐ジが少し変わった。
思ったよりも可愛らしい女性らしい。
「……はぁ。 あなたは結構失礼な人ですね」
美女は諦めたようにため息をつき、ジト目で睨まれる。
「よく言われます。 あんま隠し事できない、したくない主義なんで」
「それは却って好都合ですね」
はて、何が好都合なんだろう。
俺は隠し事ができないと何かと不便な思いをしてきたが。
「では、単刀直入に聞きますね。
炊事洗濯掃除、一般的な家事は得意ですか」
単刀直入に聞きたい。
俺は何を聞かれているんだろう。
よくわからないがとわれた以上答えよう。
「得意、とは言えないけども人並か人並より少し下程度にはできるかと。
料理に関してはレシピさえあれば普通に作れるとは思います」
「ふむ、人並かそれ以下。
料理を作ろうとして劇毒物を作ったことはありますか」
何をいってるんだこの人は。
「いや、ないです」
むしろどうやって作るんだ。
「洗濯しようとして部屋を台無しにしたことは」
「ない」
どうやったら部屋を台無しにできるんだ。
「掃除をしたはずが大量の粗大ごみを生み出したことは」
「ない」
あんたは錬金術師か何かか。
俺の中の彼女へのイメ‐ジや敬意がすごい勢いで失われていき、敬語を使う必要を感じなくなった。
「むしろそれらは経験談だったりするのか」
「……まさか」
なんだその妙な間は。
「本当ですか」
「……あんなはずじゃなかったんですうっ!
最初はっ、そのっ、あの料理はあんな味だったなぁって思いながら作ったらなんか違くてっ、あれこれ足したら甘いやら苦いやら酸っぱいやらよくわかんない味になってっ!
今度こそはとレシピに従って作ってもなんか違くてっ!
結局アレンジしたらまた違くてっ!そしたら気づいたら救急車に運ばれてましてっ!」
問いただすような視線を向けていると、沈黙に耐えかねた美女は取り乱してあれやこれやと自白を始める。
初心者の自己流アレンジはアカン、先人は散々言っていただろう。
なんで気づいたら救急車なんだよ、何があったんだ、本当に。
「それでっ! 洗濯だって! 洗剤いっぱい使ったら綺麗になるかなって! そしたら泡がぶくぶくって洗濯機からいっぱい出てきてっ、部屋が泡だらけになって!」
今はあんたがアワアワだよ。
「そ、掃除こそはって! 洗濯機壊した反省を活かして箒で畳を掃いてたはずなのにっ!
気づいたら畳がぐしゃぐしゃになってて!使えなくなってっ!」
何があってん。
壊滅的な家事スキル。天才的な破壊技術。
むしろ天災か。
「違うんですうううううっ!」
そう泣き叫びながら膝から崩れ落ちるがっかり美女。
かける言葉が見つからない。
しかし、僅かながらもある周囲からの視線が痛い。
やむなく言葉をかける。
「よく罪を自白したな……。 一緒に警察に行こう、なっ」
「違うんですうううううっ!」
ウェットに富んだ完璧なフォロ‐に対し、おかしなことに美女はより一層泣き声をあげる。
良心が痛むが放っておいて立ち去ろう‐‐そう決意し身を翻すも足をがっしりと彼女に掴まれ動けない。
はた迷惑なちゃっかりがっかり美女である。
「……はぁ。 わかりましたよ、きっとどこかで些細なミスがあったんです。あなたのせいじゃありません」
どう考えても些細なミスからは起こりえない惨事を適当に流し、彼女をあやすフォロ‐を入れる。
「ぐすっ。 そ、そうですよね。 些細なミスに過ぎません、次に活かせばいいんですよねっ」
溢れた涙を指で拭い、垂れた鼻水を啜りながら美女は此方を見上げる。
ガチ泣きしとったんかい。
美女が鼻水垂れ流しても鼻水は鼻水なんだなぁと思いましたまる。
我ながら意味がわからない。
「ええ、そうですとも。
人には得手不得手があり、失敗も過ちもあります。
大事なのはくじけず挑み続けることです」
泣きやんだ彼女にそれっぽいフォロ‐を入れておく。
「そうですよね!
得手不得手があって、失敗も過ちもある!その通りだと思います!
大事なのは挫けず挑み続けること!
ありがとうございます!励みになります!」
ふんふんと鼻息を荒くしガッツポーズを重ねる彼女。
突然声をかけられたと思ったらなぜか泣きだされて慰める始末。
一体何がしたかったんだこの人。
「いえいえ、どういたしまして。
それじゃあ俺はこのへんで」
「待ってください!
私は決めたんです!どうかお願いします!
私に代わり家事洗濯を……どうか家政婦さんになってください!」
「‐‐って、挫けとるやないかいっ!」
これが俺とがっかり美女‐‐沙織さんとの出会いだった。