第8話「ヒロイン、登場」
魔物の襲来で地獄と化した校内の屋上の地で、孤独に黄昏る一人の美少女がいた。
黒髪ショートと線の細さからややボーイッシュな印象を受けるが、体つきはまるでモデルのよう。出てるところは出てるし、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。俺は面識なかったけど、クラスではさぞかし男受けが良かったことだろう。
瞳はルビーを思わせる澄んだ紅色。肌はシミひとつない銀世界。宝石みたいだ。
黒髪と黒色のブレザー型の制服は、風が吹き抜ける毎に揺らめき、それを抑える仕草だけで様になっている。美男美女は何をやっても華があるというけど、納得した。だって仮に俺があの場にいたとしても「何だこの風鬱陶しいなぁ」と思うだけだもの。宛らそこにいる少女は、この世の全てを儚んでいるように見えた。
少女は、屋上から下の方を見下ろしていた。そこには、未だ変わらぬ地獄絵図。鮮血がアスファルトを濡らし、異形や屍が平穏を土足で歩いている。
彼女が感じているのは悲しみか。絶望か。
俺は意を決して、少女に話しかけてみることにした。
「酷いよねぇ〜コレ。それなりに整っていたはずの校庭が荒れ放題だ。昨日まで何気ない日常だった風景が、ほんの数時間でこの有様。たまに手入れしに来る庭師の人が見たら、地に膝をついて涙を流すだろうね」
俺は、少女の元へ駆け寄り、隣側に立った。
そこからは、校内の様子だけでなく、もっと遠くの景色。サイレンが鳴り響き、煙が登る街並みをも見ることが出来た。四階の窓から見たものより、もっと大きく鮮明に。
まあまあ見渡す限りの阿鼻叫喚である。この惨状は、この街だけの出来事なのだろうか? それとも国中? はたまた世界中?
携帯で情報を探ろうとしても、いつの間にか電波が届かなくなっていた。電話も使えない。親に連絡することも出来ない。
考えても無駄だと思うので、取り敢えず俺は隣の少女と会話を試みることにした。
彼女は、俺の方を振り向かない。未だ滅びゆく世界を眺めている。
「大切なもの。守りたいもの。それらが壊されるのは、堪らなく悲しい。でも、対岸の火事なら話は別。野次馬根性丸出しで他人の不幸を傍観することほど気分が良いことはないからね。会場から一番近い観客席ならなお良好。…………長居し続けるのは危ないけど」
現在過去、未だ見ないような大惨事。その真っ只中に俺はいる。
それはとても楽しいことだけど、同時に危険との隣り合わせだ。いつ流れ弾が飛んでくるかもわからない以上、何らかの対策や逃げ道を作って置く必要がある。強くならなければならないんだ。
…………少女は、まだこちら向こうとはしない。
だが俺は、それに対抗心を燃やして強引に彼女を振り向かせるような愚行は犯さない。相手の出方をクールに探るぜ。
その間、俺は当初の目的通り経験値稼ぎを行うことにした。
ここから見える沢山の魔物やゾンビは俺の餌だ。パクパク食べて残さず栄養価のするとしよう。
「スナッチ!」
試しに手前側、自分から一番距離が近い魔物を標的に漆黒の鎖を伸ばす。
漆黒の鎖は、二体のゾンビに絡みつき、仲間にすることが出来た。やはりこのスキル、射程範囲がかなり広い。
仲間にした魔物はすぐに合成させる。この手順を何度も続けていき、戦力を上げるのだ。
今の俺の職業LVが『6』だから、目標は『10』にしよう。そこまで上げるにはおそらく何十体という魔物をスナッチする必要があるはず。
焦ることはない。地道に一歩一歩、時間をかけて強くなろう。
「……………………」
「……………………」
俺と少女の間に会話は無かった。俺はただひたすらスキルを使い、少女は黙って世界の景色を見ている。
彼女のルビーのような瞳。そこにはこの世界がどんな風に映し出されているのだろうか。ひょっとしたら、俺では理解出来ない未知なる景色が、彼女には見えているのかもしれない。
「ふう。これで二十体目か」
≪職業経験値を獲得しました。職業『モンスターマスター』のLVが8に上がりました≫
レベルアップも順調だ。この調子なら、もうあと三十〜四十体程スナッチすればLV10の大台に突入出来るはず。
それにしても、これだけの数をスナッチしても全然魔物達の数が減らないな。向こうの方にはまだまだ魔物達が彷徨いている。この校内だけで数百体の魔物がいるのは間違いない。
街に出れば、おそらくもっと大勢の魔物が動いているだろう。それに、もっと強い魔物がいるかもしれない。今から気が滅入る思いだぜ。
…………先のことを考えていても仕方がない。LV上げに専念しよう。
「君はさ」
「ふえっ?」
いきなり声を掛けられた。本当にいきなりだ。
誰に声を掛けられたって、もちろん隣にいる少女からだ。彼女はいつの間にかこちらを向いていて、その美しい瞳で俺のことを真っ直ぐ見つめていた。
少女は、言う。
「…………君はさ。死にたいって、思ったことある?」
「え? 無いよ」
何を言い出すんだこの子は?
そんなこと、思う奴なんている訳がないだろう。誰だって、自分の命が大事なはずなんだから。
「ていうか、やっと喋ってくれたな。これだけ無視されるのは俺人生で初めての経験だったから安心したよ」
「…………」
「名前は? 俺は、二階堂翼。一学年二組だ」
「言葉杏理」
「コトノハ アンリさん? 良い名前だな。俺みたいな没個性な本名と取り替えて欲しいくらいだ」
「…………『二階堂』も十分珍しいと思うけど」
「そう? 隣の芝生は青い、って本当なんだな」
…………何だ、普通に話せるじゃないか。
あまりに動かないものだから、まさかロボットなんじゃないかってちょっとだけ疑ってしまったぜ。
「コトノハさんは、どうしてここに? 校内放送があったと思うけど、逃げ遅れたの?」
「いや、そういう訳じゃあ。ただ、どうでも良いって思ったから」
「ああ。俺と一緒か。そうそう、どうでも良いよなぁ〜招集とか! 何で人が楽しくゲームやっているのに、不審者如きで呼び出されなくちゃならないのか。馬鹿正直に集まった奴らは馬鹿だね! うん!」
俺は、謎の自信感に包まれた。
実際、校庭に集合した生徒や教師は魔物の侵攻に見舞われ、今も命の危機にあっている。まあ結果論だけど、俺達も校庭に移動していたら同じ目にあっていた。
何がどう転ぶかわからない以上、結局人生、自分に正直に生きる方が得なのだ。
「スナッチ! スナッチ!」
「…………なにそれ?」
「俺もよく知らん! ただ、なんか出来るようになってたから使っているだけ! これで魔物を仲間にすることが出来るんだ!」
「ふ〜ん」
さして興味もなさそうなコトノハさん。
いや、さっきまではそっぽ向いていたから、これでも関心を持っている方なのか?
「コトノハさん。これからどこか出掛ける予定はあるの? あ、もちろん遊びに行く予定を聞いているんじゃなくて、このヤバくなった世界で行きたい場所はあるのかなって話。安全な場所に向かったり、大切な人に会いに行ったり」
「…………別に」
「そうか、君と俺は実に気が合うな! 俺も、安全な場所がどこかなんて知らないし、大切な人に会いたいとも思わない! でも、ここは危険そうだからせめて場所くらいは移そうと考えててさ!」
そう言って、俺は校門前を指差す。
「あそこに番兵みたいに立っている豚みたいな奴がいるだろう? あいつを倒して学校から脱出しようと思っているんだ。でも、外には沢山の魔物とゾンビがいる上に、あの豚も結構強いみたいでさ」
わざわざ校門から出なくても、柵を乗り越えれば外に出られるかもしれない。しかし、うちの学校は不審者対策のためか、柵がかなり高く、更に『忍び返し』まで設置されていた。
『忍び返し』というのはあれだ。あの、よく柵の上にある尖った物体。触ると普通に刺さりそうな刃ね。
まあ、脚立に脚立を重ねればギリギリ届きそうな高さかな? とはいえ、空でも飛ばない限り柵からの脱出は難しいだろう。
「コトノハさん。もし良かったら俺と一緒に来ない?」
「いや、私は…………」
「ここは見晴らしは良いけど危ないしさ。身の安全が保証出来そうな場所へ移動しようよ。今なら、俺がエスコートしてあげれるから」
LVもそろそろ『10』に届く。仲間も良い感じに強くなってきたし、もう『ランク☆』程度なら余裕で対処出来るだろう。コトノハさんだって護れる筈だ。
コトノハさんは、俺の問いに何か迷っている素ぶりを見せていたが、やがて観念したかのような顔で俺に返答する。
「うん。悪いけど、私も同行させてくれる?」
「良いよ!」
コトノハ アンリが仲間になった!
魔物ではない、初めての人間の仲間だ。これは心強いぜ!
≪職業経験値を獲得しました。職業『モンスターマスター』のLVが10に上がりました。魔物を仲間に出来る上限が5増えました≫
数々の魔物を合成し、遂に目標の大台に到達した!
しかも仲間の上限まで増えた! これでますます強くなったぜ!
…………という訳で、今の俺のステータスはこんな感じ。
名前:ニカイドウ ツバサLV4
種族:ヒト
HP115/115
ATK17(+15)
DEF9
経験値196
スキル
無し
職業
モンスターマスターLV10
仲間5/17
・アーサーLV18 経験値4668
・タニグチ ヒカルLV13 経験値2542
・ホワイトスパイダーLV14 経験値2602
・ラムレイLV13 経験値2500
・スライムLV1 経験値100
職業スキル
魔物使役、魔物合成、魔物鑑定、魔物武器化
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