第66話「機装狂兵」
今回から第2章スタートします。
ある日突然、この世界は滅んだ。
異形の怪物『魔物』が現れ、人々は虐殺された。人類は、この未曾有の事態に対策を講じるが、以前として成果を挙げられていない。
多くの者達が涙を流した。
命の危機を感じての恐怖。大切な人を失った悲しみ。
……しかし、こんなどうしようもない世界になって、喜んでいる者達も少なからず存在していた。
「おーい。帰ったよー!」
陽気で野暮ったい言葉遣いでノックもせず扉を開けて中へ入ってきたのは、金髪の青年だった。
彼の来訪に、椅子に腰掛けていた同年代くらいの男がそちらに視線を向ける。
「首尾はどうだ?」
「上々だよ。コンビニにあった商品、丸ごと奪ってやった!」
「よし。これで食料はしばらく保つだろう」
男は、にやりと笑みを浮かべた。
「全員に伝えておけ。近いうち、『戦争』を起こすってな」
「おほっ! マジで!?」
「……魔物をチマチマ狩るのも飽きてきたからな。チームもデカくなってきたし、そろそろ仕掛けても良い頃だ」
男は、椅子から立ち上がり、金髪の青年と共に部屋を出る。
彼らが居る場所は、街のとあるホームセンター。魔物の出現後、この店を拠点にした彼らは【機装狂兵】というチームを築き、魔物を狩り続けた。
そして、そんなチームを指揮しているのが、この『篤哉』という男。
元々、不良グループの一員だった篤哉は、そのカリスマ性で街の札付き者達を惹きつけ、仲間を増やした。更に彼主導の冷静且つ正確な作戦進行で魔物の群れを一掃し、経験値を大量に獲得した事もあり、【機装狂兵】は僅か三日間でこの地区で屈指の勢力を持つチームとなったのだ。
……ただ、彼らが魔物と戦っているのは、決して人助けという理由ではない。
「で、何処を襲撃するんだい?」
「例のショッピングモール。彼処を押さえれば、物も人も山程手に入る」
「あー。俺的には、自衛隊の拠点とか襲ってみたいんだけどなー。ほら、銃とか戦車とか手に入れたいじゃん」
「今更必要か? そんなもん」
「武器はいるでしょー。それに、俺一度で良いから戦車を乗り回したかったんだよねー!」
金髪の青年は、戦車に乗った自分を妄想し、篤哉はそんな彼を醒めた目で見る。
【機装狂兵】は、暴行・略奪を推奨するチームだ。
世界が崩壊し、警察や自衛隊などがまともに機能しなくなったのを好機に好き勝手暴れたい者達の集団。以前の法治国家日本では決してあり得なかった、残虐で自由な暮らしを彼らは望んでいた。
「俺はねー、篤哉くん。この世界になった時、自由に生きるって決めたんだ。……だからさ、もっとド派手に暴れたいんだよ」
「そう焦るな。物資を入手して勢力を増やせばやれる幅も広がる。自由には力が必要だ、それまでもうちょっと我慢しろよ」
「ふー。まあ、その辺の事は篤哉くんに任せるよ。でも、なるべく早くねー」
そんなやり取りをしながら、二人は皆が集まる広間へ移動する。
すると、向かい側から仲間が一人、大慌てで此方へ駆け寄ってきた。
「どうした?」
「た、大変だ! 魔物の群れがこっちに来ている! 数は、五十以上!」
「強いのか?」
「やべーのが二体程見えた! アレは……今の俺らじゃあ手に負えないレベルかも知れねえ!」
仲間の鬼気迫る言い振りに、篤哉は眉間にしわを寄せた。
とにかく、どういう状況かを確認しようと二人はホームセンターを後にする。通りの方を見てみると、そこでは仲間達が魔物の群れと戦っている光景が広がっていた。
【機装狂兵】のメンバーは、全員が魔物を狩った経験のある……所謂『異能者』と呼ばれる者達だ。
どういう理屈かは不明だが、人は魔物を倒すと『職業』と『ステータス』を得られ、それらは経験値を獲得する事で強く出来る。
彼らは、今日まで魔物を狩り続けて、経験値を稼いできた。魔物と対峙し、命の駆け引きをしたのは一度や二度ではない。
そんな彼らなので、本来ならあの程度の魔物の群れなら簡単に迎撃出来ただろう。しかし、どうも今回は勝手が違った。
「つ、強過ぎるっ!? 信じられねえ、何なんだよこいつは!!」
仲間の一人がそう叫んだ。
見ると、魔物の群れの中には、他の魔物達より一段と存在感のある二体の魔物がいた。
緑色の肌をした大柄なゴブリン。そして、銀色の毛を生やした狼型の魔物だ。
おそらく、群れのリーダー格だろう。いずれも、ただならぬオーラを放っていると篤哉は直感した。
「ヒュー! 苦戦しているようだねー!」
そう言うと金髪の青年は、魔物の群れへと近寄ろうとする。
「おい、無闇に近付くな。アレは相当強いぞ」
「仲間がやられてんのに黙って見てらんないでしょー。なーに心配すんなって。俺、強いからさ」
篤哉の忠告を振り切り、金髪の青年はスキルを発動する。
「バトル・スーツ、起動」
瞬間、彼の全身を覆うように大型のフレームが出現した。
スキル『武器召喚<バトル・スーツ>』。
肉体的機能を補助する強化外骨格を召喚する能力。ATK・DEFの大幅な上昇だけでなく、両腕に搭載された重火器で敵を攻撃する強力なスキルだ。
金髪の青年は、背部のスラスターを使って爆速。一気に魔物との距離を詰めて、右腕の重火器で敵に向かって乱射した。
「ギャギャー!?」
「グルシャシャアー!!」
鉛玉の嵐が魔物達に着弾。
群れの大多数を占めるランク☆の魔物は、その攻撃を受けて次々に蹴散らされていった。
「全く、無茶しやがる」
篤哉は、呆れた様子で金髪の青年の戦いぶりを遠くで眺める。
【機装狂兵】の最高戦力である青年。討伐した魔物の数は百体や二百体では止まらない。LV25という高LVであり、ランク☆☆の魔物の集団を単独で倒した実績もある強者だ。
「……彼奴なら大丈夫だとは思うが、しかしあの二体は気になるな」
これまで、多くの魔物と遭遇してきた篤哉だが、あのような魔物を見たのはこれが初めてだった。
そして、間違いなく相応の能力を持っているだろう相手に、篤哉は何か嫌な予感を抱く。
「へぇー。なかなかしぶといじゃん」
金髪の青年は、リーダー格であろう二体の魔物を相手に対峙する。
この魔物達には、彼の自慢の重火器が通用していないようだ。目立った外傷は無く、平然とした様子で撃ってきた青年を見つめる。
しかし、金髪の青年は焦った素振りを見せない。
「じゃあ……とっておきを披露してやるよ!」
彼がそう言った後、バトル・スーツの兵装が切り替わる。
連射性能の高いリボルバーカノンから……次に現れたのは、ロケット砲。爆発物を相手に叩き込む高威力の武器だ。
金髪の青年は、照準を敵に合わせて、ロケット砲を発射した。
着弾直後、爆発は起こり、黒い煙が辺り一面に充満する。視界が塞がり、両者何も見えなくなった。
今の爆発は、雑魚が当たれば一撃で消滅する威力の攻撃。
しかし、煙が晴れた場所に居たのは、爆破を受けて尚、傷一つ付けられていない二体の魔物……。
「ギャギャ?」
いや、それ以上の異変が起きていた。
煙が晴れて、周りがハッキリと見えるようになった二体の魔物が目にしたのは、強化外骨格を装着した金髪の青年……ではなかった。
全長約八メートル。人型の超合金ボディーのロボットが、彼が立っていた場所に現れていたのだ。
「スキル『武器召喚<ギガンティック・スーツ>』。これが俺の切り札だ」
金髪の青年の声がスピーカー越しに響き渡る。
刹那、ロボットの剛腕が放たれ、それを受けた大型ゴブリンが後方へ吹き飛ばされた。
ロケット弾の爆撃とは比べ物にならない威力。
思いも寄らなかった青年の凄まじい攻撃力に、大型ゴブリンと銀毛の狼は驚きの表情を浮かべる。
「どうよ!? 今の攻撃はっ! 格上の魔物が相手だろうと、このギガンティック・スーツがあれば互角……いや。それ以上のパワーで敵を押し潰せるって訳ッ!!」
再び、金髪の青年が腕を振るう。
二体の魔物は、それを咄嗟に回避。先程まであった余裕は今の奴らには無く、戦況は金髪の青年側に追い風が吹かれていた。
チーム【機装狂兵】の仲間達からも歓声が沸き起こる。
敵は、もはや防戦一方。このままいけば、彼らの勝利は間違いなかった。
「……ギャウ〜」
すると、大型ゴブリンは自身の腰に巻いていた鞄……ウエストポーチ? のようなものを開けると、そこから何かを取り出した。
それは、四角形の赤い物体だった。大きさは、人間の掌サイズ。
「……? なんだ、アレは?」
篤哉は、奴が取り出したその物体を凝視する。
それは、全く見覚えがない訳ではなく……何処かで見たような気がする……そんな印象の物体だった。
よくよく観察をして、篤哉はふと『とある物』を思い浮かべる。
「赤い……ポスト?」
「ギャギャ!」
その瞬間、ポストが眩しく光り輝いた。
数秒間の発光の後、突如出現したのは、大人の背丈はあろうかという大斧だった。
大型ゴブリンは、それの柄を掴むと、大空に先端を向けて高々く上げた。
刹那。
「な……ナニィッ!?」
信じられない現象が起きた。
突如現れた大斧。マジックかの如き何もない場所から取り出されたその武器が、驚くべき速度で『巨大化』したのだ。
それは、まさに天を貫く大樹。
真上に伸びたその大斧を大型ゴブリンが軽々と振り下ろす。その先には、ギガンティック・スーツを装着した金髪の青年がいた。
「えっ……?」
予想外の出来事。
そこから生まれた動揺。一瞬の隙。
それらが連なり、金髪の青年は敵からの攻撃に反応が遅れた。
「あ……ッ! ああああああああああああああッッ!!?!」
大斧の重く鋭い一振りが、ギガンティック・スーツの脳天に直撃。それと同時に、青年の悲鳴が上がった。
あまりの重量により、当たった頭部だけで無く、ボディー全体に歪みが生じる。まるで粘土細工かのように、超合金の上半身は潰れ、膝は曲がり、そして彼は地面に叩き伏せられた。
轟音。
大斧の落下直後、数千トンの物体が地面に落ちたような深い地鳴りが響き渡った。
「くっ!!」
大地が揺さぶられ、篤哉は思わず転げ落ちそうになった。それを必死に踏ん張り堪えると、彼は慌てて視線を元に戻す。
「……マジかよ」
篤哉が目にしたのは、歪み切って壊されたギガンティック・スーツが、光の粒子となって散り散りになっていく光景。
そして、そのスーツの中から現れた……金髪の青年が頭から血を流して倒れている姿だった。
「ゴォォォオオオオオオオオオオオ!!」
大型ゴブリンが勝鬨を上げた。
敵は、まだ残っている。チームは全滅した訳ではない……が、奴のその行動は決して誤りではない。
チーム【機装狂兵】、最高戦力の戦闘不能。これは、彼らの完全なる敗北を意味していたからだ。
*****
「いよーし! 巨大ロボット撃破! よくやったぞ、アーサー!」
煌びやかな一室。
高級感溢れる内装が施された部屋で、座り心地の良さそうなソファーに腰掛ける一人の少年がいた。
少年は、グラスに入った葡萄ジュースを飲みながら、空中ディスプレイに映し出された映像をまじまじと眺めている。
「それにしても、やはり『アトラスの大斧』は優秀だな! 流石は、過去に俺を傷付けただけはあるぜ!」
そう一人呟くと、少年はテーブルの上に置かれていたチョコレートを一つ摘んで口の中へ放り込む。
その振る舞いは、宛ら裕福な民が優雅な休日を過ごしているかのようだ。
「さて……もうすぐ増援が来るからここで一気に攻めていけ! 敵を薙ぎ倒し、物資を丸ごと奪ってやるのさー!」
少年が指示した直後、ディスプレイに映し出された魔物達が一斉に動く。
魔物の群れがホームセンターを占拠したのは、それからしばらくしてからの事だった。
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