第43話「大群」
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「みー! みー!」
「ど、どうしたのリリー…………っ!!」
リリーが急に鳴き声を上げ始めた直後、私は背筋が凍るような寒気に襲われた。
言いようのない恐怖感。額からは冷や汗が止まらない。
理由は分からないが……今から良くない出来事が起こる。そんなことを私は本能で感じ取っていたのだ。
「えっ、えっ? なに、どうしたの?」
二階堂くんだけが状況を理解していないのか、驚いたように私とリリーを交互に見ていた。
いや、彼が鈍感というより私達が過敏というべきだろう。
私は、知らず知らずのうちに動物の第六感のようなものを会得していたのか。地震や津波などの災害が訪れる前兆を感じ取る『予知能力』。アレが使えている気分だ。
怖い。恐ろしい。逃げ出したい。隠れたい。
様々な負の感情が襲ってくる。
なのに、私の体は思うように動けなかった。恐怖のあまり身が竦んでしまったのかも知れない。
「何だかヤバそうな雰囲気だね。敵の攻撃か?」
「ち、違うの。な、何か悪い予感がして……」
「うーん。普通に体調不良って訳じゃないのかな? リリーもさっきから鳴き出してただならぬ様子だし、トラブル発生と考えるべきか」
そう言って二階堂くんは立ち上がった。
「俺はこれから周辺を確認してくる。コトノハさんは、ここで待っていてよ」
「だ、大丈夫。私も行く」
一人の方が心細かった。
震える体を押さえつけて、私も彼と同行するため立ち上がる。
食堂を離れ外へ出てみると、驚くべき光景が広がっていた。
「おいおいマジかこりゃ」
食堂の出入り口付近から見える校門前。そこには大量のゾンビと魔物が居たのだ。
いや、『大量』なんて生易しい表現で出来る数じゃない。
以前見かけた魔物の群れの数でも、せいぜい数十体といったところだった。
しかし、今私達が目撃している数はその比ではない。
「グォォオオ……」「プシャー!」「ブルルルルッ」「ギャー! ギャー!」「…………ッ!」「シャー!」「ブヒィ〜」「グルルルル!」「ギャギャ!」「オ〜ロロロロロッ」
何種とある魔物の大合唱。いや、不協和音だ。
数百体。いや、下手をすれば千体以上の軍団が一ヶ所に集まって協調性の無い不快な鳴き声を撒き散らしていた。それはまさに、この世の地獄模様と言っても過言ではない。
千体といえば、全校生徒が集まった人数とほぼ同じだ。それだけの規模の異形な怪物が、何でこんなに……。
「あの数は処理するのも面倒だな。だけど問題は、増援されたのがアレだけか? ということだ」
「どういう意味?」
「この学校は、正門と裏門があるって知っているよね? 裏門からも魔物が雪崩れ込んできて挟み撃ちにでもされたらそれこそ今の俺達じゃあ対抗手段がない。何故これだけの魔物がいきなり現れた原因はわからないけれど、アレを放置しておくのは間違いなくマズい。だから、今ここで始末する」
「し、始末って」
二階堂くんが職業とステータスというものを持っているのは知っているけど、あれだけの数を一人で倒すことなど出来るのだろうか?
「なぁに、安心してよ。俺には友人から授かった知恵と策がある。それより、コトノハさんには頼みたいことがあるんだ」
「私に?」
「さっきも言った通り、この学校には出入り口が二つある。もしかしたら、裏門からも魔物が入ってきているかも知れないから、コトノハさんにはそれの確認をしてきて欲しいんだ」
確かに、もし千体規模のゾンビや魔物が裏門からも入ってきていたら一大事だ。対処出来るかはさておき、せめて確認だけでもしておくべきだろう。
「分かった。リリーと一緒なら出来ると思う」
「みー!」
リリーが「任せて」と言ったような気がした。
「頼んだよ二人共」
こうして私達は、別行動をとった。
「じゃあ、行こうかリリー」
「みー」
ここから裏門まで結構な距離がある。なるべく急いで向かわないと、事態によっては手遅れになってしまうだろう。
私は、小走りで校庭を突っ切り、運動部部室棟、体育館を通り過ぎて、ようやく裏門が見える場所まで辿り着いた。
「はぁ、はぁ」
出来れば当たって欲しくない二階堂くんの予想だったけど、現実は彼を裏切らなかった。
裏門から続く長い通り道には、長蛇の列を作ったゾンビと魔物の大群が押し寄せてきていた。数は、正門で確認したのと同じくらい。約千体だ。
これで、二千体のゾンビと魔物が現れたことになる。それだけの数がそこら中に散らばったら、最早この校内に人間が安全に居られる場所など無くなってしまう。
偶然だとは思えない。何か原因があるはず……。
「みー」
「え、上?」
リリーが「上を見て」と言ったような気がしたので、言われるままに空を見上げた。
そして……星の光も見えない夜空。校内を照らす外灯だけが頼りの視界で、私はそれを発見する。
少女だ。背中に二つの羽を携える、茶髪の少女が空中に浮かんでいた。
すると、羽の少女もまた地上にいる私達に気付いたようで、こちらを振り向くや否や、口を大きく開き出した。
「おーおー! 見つけたぜこの野郎ー! オメエ、殺したと思ったのにピンピンしてるじゃねーか不死身かオイ!」
「みー」
インセクトキッズ。
羽の少女のことを、フードの大男がそう呼んでいたのを思い出す。
「ん? 隣にいるその人間は誰だよ? 仲間か?」
「みー」
「……待てよ。眷属が言っていた、魔物を操るプレイヤーの存在……そうか。オメエがそうか」
インセクトキッズは、私を凝視して薄く微笑んだ。
その笑みは、決して好意的な感情によるものではないのだろう。
「オメエのせいで、このエリアの侵攻が大幅に遅れてんだよー! 本来ならもうとっくに占拠している予定だったのに、どう落とし前つけてくれるんだこの野郎ー!」
「そんなの、私に言われても。というか、多分人違い……」
「何が人違いだ! オメエがそこの白髪女を操ってオレを襲わせたんだろー? 魔物が山程消えちまったのも、オメエがやったって眷属が言ってんだよー!」
「だから、それが人違いで……」
どうやら彼女は、二階堂くんと私を勘違いしているようだ。
確かに、リリーは私について来てくれているけど。それは能力によるものじゃないし、攻撃したのも私の指示ではない。
しかし、インセクトキッズは聞く耳持たないようだ。
「へへっ、だがオメエらの暗躍もここまでだ。見えるか、あの大群をよー! オメエらを始末するためにかき集めて来たんだ!」
「みー」
「白髪女。いくらオメエが強くても、この数を相手に勝てる訳がねー。覚悟しやがれ! 全群、突撃だぁー!!」
インセクトキッズの号令が飛び、整列していたゾンビと魔物が一斉に直進し出した。
狙いは、私達だ。
あまりに尋常ではない数の猛進に、見るだけで圧倒されてしまいそうになる。
「みー」
「う、うん。逃げよう、リリー」
追い付かれたら命は無い。
私とリリーは、ゾンビと魔物の大群から逃れるため走り出した。
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