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第209話「海の家にて」

 海の家の静かな空間には、海のさざ波と、東大さんが持つゲーム機からの小さな電子音がかすかに響いていた。

 私たちはしばらくの間、ただその音を聞きながら黙って過ごしていた。リリーも私を抱きしめたままじっとしている。ふと見やると、東大さんは淡々とゲームに集中しているようで、ボタンを押す指だけがせわしなく動いていた。

 ……とはいえ、ここまで沈黙が続くと、なんだか落ち着かない。せっかく出会ったのに、黙ったままいるのも勿体ない気がするし、できればもっと話がしてみたい。同じ住処で寝泊まりする関係ながら、私は彼女がどんな人なのかを知らないんだ。


「……えっと、東大さん、もしかしてそのゲーム、すごく好きなんですか?」


 思い切って声をかけると、東大さんは手を止めることもなく、こちらに視線を向けてきた。


「好き、っていうか……まぁ、趣味だし、集中できるからね」


 答えはそっけないけれど、そのまま無視されることはなかった。よかった、会話が始まったかも?


「その……私、ゲームのことはあんまり詳しくないんですけど、面白いですか?」


 東大さんは眉をひそめ、少し考えるようにしてから、小さく頷いた。


「……そうだね。面白いっていうか、集中してやっていると他のことが気にならなくなるから」

「それって……リラックスできるってことですか?」

「そうかもね。でも、リラックスっていうよりは、自分の好きなことに向き合ってるって感じかな。まあ、ここなら誰にも邪魔されないから集中できるし。嫌な現実を前にしても忘れていられる」


 嫌な現実、か。

 魔物が現れて、私たちの生活が崩壊してからまだ日が浅い。きっと、こうやって自分の世界に没頭できる時間が彼女にとって大切なものなんだろう。

 言葉にはしないけれど、彼女がどんな気持ちでゲームをしているのか少し理解できた気がした。


「わかりました。私たちにお構いなく、いっぱいゲームを楽しんでください」

「んっ、そうさせてもらうね」


 東大さんが少し目を伏せ、再びゲームに集中する姿を見ていると、なんだかその姿勢がかっこよく思えてきた。きっと彼女は、この場所で一人でいることで心を整えているんだ。私は少し微笑んで、その姿を見守る。


「みー」


 東大さんがゲームに集中している一方で、リリーはいつまでも私の胸に顔を埋めたまま離れる気配がなかった。今の私はビキニ姿なので、そのままの体勢でしばらくいると、少しくすぐったいけれど、なんだか心が落ち着く感じもして、私も自然と肩の力が抜けてくる。


「リリー。まだ満足できない? いや、私としてはリリーの気が済むまで抱きしめてくれても良いんだけど」

「みー」

「えっ。人生で最高のひと時だって? そんな大袈裟な……」

「みー! みみ、みみー!」


 リリーは楽しげに何かを訴えると、体を少しずらして私の肩に頬を寄せてくる。小さな手が私の首元を撫で、なんとも言えない柔らかい感触が伝わってきた。ビキニ越しに彼女の体が密着するたびに、ひんやりした感触が心地よくて思わず頬が緩む。


「あの、リリー……本当にそれで満足してくれる?」

「みー!」


 リリーの体が少し滑って、バランスを崩した私はそのままベンチに倒れ込んでしまった。思わず声をあげてバランスを取り直そうとするけれど、リリーは私の体にしがみついたまま、楽しそうにこちらを見つめている。さらに、ビキニの肩紐が緩んでしまい、少しだけ肌が露出してしまう。


「あ、ちょっとリリー! そんなに引っ張らないで……!」

「みみみー、みー♪」


 リリーは無邪気な顔をして、さらに私にしがみつくように腕を伸ばしてきた。その拍子に私のビキニの肩紐がずるっとさらに下がってしまい、思わず私は焦った声を上げてしまった。

 ビキニの紐が緩んだまま、私は必死で片手で押さえようとするが、リリーはお構いなしにさらに腕を絡めてきて、甘えた声を出している。


「みー♪」


 ビキニのトップが外れそうになるのをなんとか片手で押さえつつ、どうにか体勢を保とうとする。

 そんな私を見て、リリーは一瞬不思議そうな顔をしたかと思うと、私にしがみついたまま、小さな手で私の胸元をぺたぺたと触れ始めた。


「ちょ、ちょっとリリー、そこは……くすぐったいってば!」

「みー?」


 リリーは悪気もなく(多分)、私の体にぴったりとくっつき、まるで私の動揺を楽しんでいるかのように、柔らかい手のひらで触れてくる。そのたびにビキニの肩紐が少しずつずれてしまい、思わず顔が熱くなるのがわかる。


「あの、リリー……本当に本当に満足してくれる?」

「みー!!」


 リリーは私を見つめ、その小さな手が胸元にふれるたびに、私は気まずい気持ちでいっぱいになりながら、なんとかビキニを押さえている指先を緩めないように必死だった。

 その様子を東大さんがちらっとこちらに視線を向けると、少しだけ口元を引き締めたかと思うと、さりげなく咳払いをした。


「……言ノ葉さん、なんだか楽しそうだね」

「あ、あの東大さん。リリーが……その、すごく甘えてきて……」


 私が照れ笑いを浮かべると、東大さんは少し目を細め、微かに口元がほころんだ。彼女にとってもこのシーンは珍しく映ったのかもしれない。


「……あの、なんというか、仲がいいんだね、二人とも」

「え、ええっと、仲がいいっていうか、こう、少し距離が近すぎるっていうか……」

「まあ、リリーが懐いてるみたいだし、いいんじゃない?」

「そ、そうですけど……あっ、ちょっと、リリー、本当にそこは……!」


 リリーの手がさらに私のビキニの紐をつまみ、嬉しそうな声を上げながら遊んでいるのをなんとか押さえようとするものの、ますます体勢が崩れていく。ふと気が緩んだ瞬間、ついに肩紐が外れてしまい、私は慌てて胸元を押さえて、頬を真っ赤にしながら東大さんに視線を向けた。


「ご、ごめんなさい! なんか、ちょっと大変なことになって……」

「ふふ、気にしなくていいよ。リリーもなんだか楽しそうだし、いいんじゃない?」


 東大さんは再びゲーム画面に目を戻しながらも、ちらりとこちらに視線を向け、少しだけ微笑んだ。


「……まあ、なんか私も楽しかったし、こういう時間も悪くないんじゃない?」」


 東大さんは穏やかに笑う。

 その言葉に私はなんだか恥ずかしくもありつつ、思わず笑みを浮かべる。こうしてリリーと戯れたり、東大さんとも少しずつ距離を縮めていく時間が、なんだか温かくて心地よいと感じた。

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