第206話「ハーレム?よりも海日和」
俺は、海辺の白砂に腰を下ろし、波打ち際から聞こえるささやかな波音に耳を傾けていた。今のところ女子たちはまだ着替えをしているようで、微かに楽しげな笑い声が聞こえてくる。
まあ、女子は支度が長いというし、気長に待とうじゃないか。
今朝、思いつきで海水浴をしたいとなってから、色々準備を整えて今がある。様々な障害はあったが、それも全て乗り越えた。
世間一般……この場合は世界各地の極限の状況下のことを言うが、そんな現状でさえ俺は思う存分に楽しむ術を心得ているのだからな。
「あ、あの……翼さん。終わりました……」
「おー、ミズチカ!」
この海水浴場の清掃を任せていたミズチカが戻ってきた。どうやら任務を完了したらしい。
「ありがとうミズチカ! 君がいてくれて本当に助かった! 感謝しているよ!」
「えへへっ。喜んでもらえて良かったです」
「うんうん! さあ、ミズチカも水着に着替えてきなよ」
「えっと」
すると、ミズチカは更衣室の方を一瞥すると目を細めた。
「……着替えるのは、もう少し後にします」
「ん? ……そっか。まあ、好きにしていいよ」
「そ、それよりなんですけど。この周りにいる人たちは……」
「あ、このサキュバス達のこと?」
周囲には、無数のサキュバスたちが俺を取り囲むようにして、興味深そうに俺を眺めている。彼女らの赤い瞳は、陽光の下で不思議な艶を放ち、獣じみた微笑みを浮かべて俺を見つめていた。
その中でも一際目立つのがリリス。リリスは少し離れたところで腕を組み、俺に挑発するような視線を送ってくる。
「お前ら、そんなに俺の顔に興味があるのか?」
俺は問いかけに対して、サキュバスたちは楽しげにクスクスと笑うばかりで、誰一人答えようとはしない。
「アハ♡ 興味、というよりは好奇心ね」
リリスが軽く顎を引き、俺をじろじろと品定めするように見つめた。それは他のサキュバス達も同じ。何がそんなに珍しいのか、俺に興味津々で中には俺の体に寄り添い、吐息がかかるくらい接近している者もいる。
「好奇心?」
「そう♡ この子達はみ〜んな、貴方に夢中なんだよ〜♡ だって、貴方って人間にしては珍しいタイプだしぃ? 私たちサキュバスに囲まれて、平然としていられる男なんてそうそういないもの」
「あ〜、俺って昔から女性の色気に鈍感なんだよ。はは、特に最近は見目麗しい人達に囲まれていたものだからさ」
「ふ〜ん♡」
俺は戯けたようにそう言うと、リリスが興味深そうに俺の言葉に反応する。彼女の目の奥には、ただの好奇心以上のものが宿っているようにも見える。
俺を理解したい、あるいは何かを引き出したいとでも言いたげな、その視線。
その横で、ミズチカがどうしたらいいのかわからない様子でこちらを見ていた。
今回のイベントはミズチカにも楽しんでもらう。ならば、彼女を蔑ろにするわけにはいかない。
「さて、日光浴はここまでにしよう。俺も泳ぎたいし海に入ろうか、ミズチカ」
「は、はい」
俺は腰を上げ、ミズチカと一緒に海に入ろうと足を進めた。
しかし、途端にサキュバスたちが俺にまとわりついてきた。赤い瞳を輝かせながら、彼女たちは色香を漂わせ、魅惑的な声で囁きかけてくる。
「ねぇ〜、せっかく私たちがいるのに……どこへ行くの?」
「貴方、私たちを退屈させるつもり?」
「そうよ♡ 私たちの相手をしてくれなきゃ、許さないんだからぁ♡」
サキュバスたちは群がり、柔らかな腕を俺に絡ませようとする。彼女らの甘い香りが周囲に満ち、頭がぼんやりしてしまいそうなほどだ。
だが、俺の視線は海に向いたまま。彼女らの誘惑などより俺は自分の願望に正直だ。
「……邪魔をするつもりか?」
俺は淡々と問いかけた。
しかし、サキュバスたちはまるで俺の言葉など聞こえないかのようにクスクスと笑い、さらに近づいてくる。その動きには、挑発的な仕草がたっぷりと含まれていた。
「ごめんねぇ♡ 私たちサキュバスは、そう簡単に男を手放さないんだよ〜」
リリスが甘く微笑み、俺の顔に指を這わせるように近づける。
「……ふぅ」
やれやれだぜ。あまりこんな事はしたくなかったけれど。
……でも、俺のやりたいことを邪魔するのは、誰であろうと許せない。
「スキル『王の威光』」
俺は淡々とスキルを発動した。
その瞬間、体中から絶対的な威圧感が放たれ、周囲の空気が一変する。自分より格下の魔物を完全に圧倒する、まさに王者の覇気だ。
サキュバスたちの笑い声がピタリと止まる。彼女らの瞳に浮かんでいた楽しげな光は瞬く間に消え去り、代わりに震えと恐怖の色が浮かぶ。まるで捕食者の前に立つ小動物のように、サキュバスたちはその場で硬直し、後ずさりした。
「あっ、え、なに、これ……」
リリスでさえも、怯えたように俺を見つめる。彼女は肩を竦め、声も震えていた。
「もしかしたら君らには悪気はなかったのかもしれないけれど……俺の邪魔をするな」
冷たく言い放つと、サキュバスたちは恐怖に打ち震え、俺の目をまともに見ることもできないまま一歩、また一歩と後退していった。
俺はサキュバスたちに最後の一瞥をすると、そのままミズチカに声をかけた。
「行くぞ、ミズチカ」
「は、はいっ!」
ミズチカは一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに俺の隣に立ち、顔を輝かせて微笑んだ。
二人で海へ向かって歩き出すと、波音が穏やかに響き、俺の視界にはどこまでも続く青が広がっていく。
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