第199話「百の犠牲と一の幸福」
「うーん、まだ帰ってこないなー。コトノハさん達、何してるんだろう?」
俺はホテルの外で待機しながら、外出していったコトノハさん、リリー、コスモスの三人が帰るのを待っていた。
時刻は正午。
既に海に出発する準備は整っており、後は全員集合して、移動用の車に乗り込むだけの手筈となっている。
因みに、今回のイベントのために用意した車は特別製。
街の自動車販売所を探し回って、一番大きいキャンピングカーを調達したのだ! 内装のオシャレさもさることながら、何と定員十名まで乗せることが出来る優れものさ!
折角、みんなに快適な旅をお届けしようと思っていたのに、三人はどこへ行っているのだろう?
俺は、スキル『テレパシー』を使い、コスモスに連絡を取ることにした。
スキル『テレパシー』は、脳波を発信・受信することで遠く離れた相手と通話が出来る能力。
但し、幾つか不便な点が存在する。
まず、通話が出来るのは心を通わせている相手とだけ。俺の場合は『スナッチ』で仲間にした魔物とだけ話すことが出来る。
更に、『テレパシー』は俺がスキルを発動した時だけ効果を発揮する。つまり、俺から向こうへ通話を試みることは可能だが、向こうから俺に通話をすることは出来ないのである。
そういう面倒な仕様はあるが、今この世界ではあらゆる通信機器が使えなくなっているので、貴重な連絡手段として重宝していた。
「よお、コスモス」
『は!? そ、その声は二階堂の旦那!』
頭の中でコスモスの声が返ってくる。
『テレパシー』は何度も使用しているので、この脳に直接声が響いてくる感覚にも慣れてきた。
「ああ俺だ。そろそろ海へ出発しようと思うんだけど、其方は今どこへいる?」
『あ、その。いま、駅前の方にいまして』
「そうか。じゃあ、すぐに帰ってきてくれ」
『はいッス! た、ただ、ちょ〜っとだけ取り込んでいて……』
「それって時間が掛かるのか?」
『し、死ぬ気で早く終わらすッス!!』
「……わかった。じゃあ、なるべく急いでな。もし遅れるようなら俺たち先に海へ行くから。其方はホテルを経由せず直接現地へ行ってくれ」
『りょ、了解ッス!』
俺は通話を切った。
何やら向こうではトラブルが起きているらしい。折角の海水浴だっていうのに、不運なことだ。
「二階堂くーん。お待たせー!」
すると、遊戯部の人達が荷物を抱えてホテルから出てきた。
「ああ! えっと…………そう、センゴクさん! 待ってましたよ!」
俺はメモ帳を確認して、やってきた金髪ロングの女性の名前を呼ぶ。
昔から物忘れが酷い俺は、他人の名前を覚えるのも一苦労だ。ただ、それだと何かと不便なので今は名前とその人の特徴をメモして記憶している。
「うわっ、凄ぉ!? これが私たちが乗っていく車?」
「そう! なかなか良い物を見つけましてね」
俺が自慢げに話していると、遅れて三人がホテルから出てきた。
ココナちゃんと、後は…………名前を忘れた。
彼女達と出会ってから五日経つけど、遊戯部は三人もいるからなかなか名前を覚えられない。メモを確認しよう。
…………。
……。
金髪の方が『千石恵美』さん。
黒髪の方が『東大寂香』さん。
赤毛の方が『茨田千夏』さん。
三人の遊戯部員達と仲が良い『但野心奈』ちゃん。
うん。やはりメモは重要だな。名前を忘れた際は、これで逐一確認出来るから便利だ。
で、そのトウダイさんは、何故か項垂れた様子でマムタさんに背負われていた。
「むー。やっぱり部屋でゲームしようよー」
「観念してください、シズさん。日陰に籠ってないで、偶には太陽の光でも浴びましょうよ」
「嫌。私は闇の世界に生きる住人。太陽なんて滅びればいいんだ」
「馬鹿言ってないで行きますよ」
そう言ってマムタさんは、トウダイさんと一緒に車に乗り込んだ。
どうやらトウダイさんは、根っからの引きこもり体質らしい。彼女、マムタさんに背負われながらも、まだゲームをしている。
二人に続いてセンゴクさんも車の中に。
その後ろにいたココナちゃんが俺のところに駆け寄ってくる。
「二階堂さん。他の方々は?」
「コトノハさん達のことかい? どうやら、まだ出掛けてから戻らないんだ。お昼には帰ると言ってたんだけど」
「そうですか。心配ですね」
言われてみればその通りだ。
いま外は危ない状況だった。魔物が襲ってくるからな。まあ、その脅威が俺に対しては無いものだから、危険性についてちょっと忘れかけていた。
「リリーやコスモスが付いているらしいから、大丈夫だとは思うけどね」
「なるほど。確かにあのお二人は強いですもんね!」
「そうそう」
とはいえ、このままではいつまで経っても海に出発できない。
自慢ではないが、俺はそんなに我慢強くない。
そして、待ってもらっている遊戯部の皆さんやココナちゃんにも申し訳ない。
なので、ちょっと可哀想だけど、コトノハさん達は置いて先に出発してしまおう。
「ココナちゃん。彼女達のことは俺に任せて、君達は車で先に出発しててよ」
「えっ、いいんですか?」
「うん。僕はもうしばらくここに居て三人の帰りを待つ。大丈夫、目的地へは『運転手』が連れて行ってくれるから。…………という訳で、任せたぞ!」
俺は、運転席に座るダークプリーストに声を掛けた。
「か、かし、畏まりました、二階堂様」
「わっ! こ、この魔物が運転するんですか!?」
ココナちゃんが驚く。
運転席の窓から顔を出したのが、骨と皮だけのように痩せ細った死に体のアンデッドだったのだから無理もないだろう。申し訳程度に『制帽』を着用しているのがチャームポイントだ。
「運転テクニックは申し分ないよ。こう見えてかなり呑み込みが早いんだ。ランク☆☆☆☆なだけはある」
曰く、ランクが高い魔物程、知能が高いらしいからな。
もしもの時に備えて魔物に運転技術を覚えさせようとやらせてみたら、案の定上手くいったのだ。わずか数日の訓練で見事なハンドル捌きを見せてくれた。
「そうだ、ココナちゃん。海水浴の最中は、例のスキルを使っててくれないかな? 魔物が寄ってこなくなるスキル」
「はい! 以前、二階堂さんが扱い方を教えてくれたおかげで大分コントロール出来るようになりました!」
…………そんなこと教えたっけ?
駄目だ、覚えていない。でも、教えたというのならそうなんだろう。
「オーケー、なら大丈夫だ。目的地の海水浴場は大体三十分くらいで到着だからね。それまでは、車内でゆっくり寛いでいてよ。じゃあ、また後でね」
そう言って俺は、ココナちゃんをキャンピングカーに乗せると運転席に合図を送る。
運転手のダークプリーストは俺の合図を受けて発進。
ホテルの敷地を離れて海水浴場へと向かっていった。
「……良いんですか? 彼女達だけ先に行かせて」
「あれ? ミズチカ」
気付けば、俺の側にミズチカが立っていた。
「何でお前まで? てっきり車に乗って先に行ったものだと思ってたよ」
「その。二階堂さんと一緒に居たかったので……。あ、迷惑でしたか?」
「いや、全然」
別に居ようが居なかろうがさしたる問題はない。
俺は、ミズチカの質問に答える。
「どうせ『超越機関』と『浮遊』でひとっ飛びすれば海には一瞬で着けるからな。それよりも俺は、ココナちゃんのスキルがどの程度の効力を発揮するのか検証したい」
海には、魔物がいっぱい居る。その全てを俺の力で鎮圧するのは一苦労だ。
なので今回の海水浴は、ココナちゃんのスキルに掛かっていると言っても過言ではない。
彼女が見事魔物を撤退させてくれれば良し。
駄目だったら、仲間達に頑張ってもらおう。俺は働きたくない。
「海水浴場の上空を『魔物の眼』で監視する。海にいる魔物の動きをリアルタイムで観てみようじゃないか」
俺の想定では、彼女達を乗せたキャンピングカーが海に近づいていくと、その周囲に居る魔物は蜘蛛の子を散らすように逃げていくはず。その様子を確認出来れば、作戦成功だ。
早速、俺はスキル『魔物の眼』を発動。海水浴場を画面に映し出した。
すると。
「は?」
俺は、唖然とした。
「これは……」
ミズチカも映像を観て呆気に取られた様子で呟く。
何故なら、空中に浮かび上がったディスプレイに映し出されたのは、まさに『戦場』だったからだ。
立ち込める土煙。倒れ伏す人々。流れる血。
スピーカーがあればぶつかる金属音や破裂音、怒号がけたたましく鳴り響いてきそうな激しい生死のせめぎ合いが繰り広げられていた。
戦っているのは、人間と魔物。比率は1:3といったところか。
その総数は、ざっと三百人。
彼らは武器を手にし、あるいは超常的な力を用いてぶつかり合っている。中には、巨大な乗り物を乗りこなしてそれと同じくらいのサイズをした魔物と戦ったり、地面を魔法のように操って魔物を一掃する異能者等、目立つ者達も混ざっていた。
当然のことながら、そんな争いをしているせいで浜辺は見るも無惨な場所に成り果てていた。
「なんてことだ!! 俺が今朝下見に行った時は何ともなかったのに、この数時間で一体何が起きた!?」
俺は叫ぶが、誰もその問いに答える者はいなかった。
「くっ、こんな時に邪魔が入るなんて!」
「……理由は分かりませんが、只事ではないですね。どうしますか? 二階堂さん」
どうしたもこうしたもない。
あるいは、魔物だけだったらココナちゃんのスキルで退散させられたかもしれないが、人々も混じっているならその策は通じない。
じゃあ今から仲間の魔物達を嗾けるか? ……駄目だ。時間的に考えて間に合うとは思えない。
そうでなくても浜辺はボロボロなのだ。これ以上荒らされたら、海水浴を楽しむどころではなくなる!
俺は、うんうんと唸り続け……そして、決めた。
「よし。かくなる上は」
「あの。二階堂さん……」
「ミズチカッ!!」
俺は隣にいるミズチカの両肩をガシッと掴んだ。
突然の出来事に、ミズチカは『ビクッ!』と反応する。
「は、はい!」
「お前の力が必要だ! 大至急、『清掃』をしてくれ!」
「はい! …………え、えっと、何処をですか?」
困惑した様子でミズチカが尋ねる。
「決まっているだろう!? あのビーチをだ!!」
俺は、空中ディスプレイに映し出される、荒廃した海水浴場を指さす。
そう。そうだ。
俺は、海で遊びたい。海で遊びたいと今朝思いついた。
海で泳いで、浜辺で走って、ビーチバレーやビーチフラッグでもしたら楽しそうだと考えていた。
昼食は海を眺めながら焼きそばを食べようと思ってたし、夜は浜辺でBBQだと期待で胸を膨らませていた。
天気が良いし日焼け止めが必要かなーとか、浮き輪はどのデザインが良いかなーとか、いろいろ準備をしながらこの時を待ち望んでいたんだ。
なのに……何処の馬の骨とも知らない連中のせいで、遊べない?
俺のささやかな幸福を、あんな訳の分からない奴らに邪魔される?
…………あってはならない事だ。
この二階堂翼の辞書に、『諦め』や『我慢』という文字は無い。
この二階堂翼は『誰よりも幸福でなければならない』。
俺は、一刻も早く、海で遊びたいんだよ。
だから、どうすれば良いのか。その手段はすぐに思いついた。
「彼奴ら、全員殺すぞ」
百の犠牲で一の幸福を。
この俺の幸福のために、奴らには死んでもらうとしよう。
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