第189話「誘惑無効信頼尊重」
海水浴の準備をしてたら、リリスが誘惑してきた。
しかし俺は、それを鋼の精神力で跳ね除ける。
「いいや。正直言うと、君には全然そそられない」
「ん〜」
「サキュバスが男性を魅了する存在だとは俺も知っている。でも、残念ながら俺には無意味さ。だからこの腕を離してくれないかな?」
その時だった。
リリスが俺の頭を両手で挟むと、そっと自分の視線を俺の目に合わせてきた。
「……ねえ。これでも、リリスに興味ない?」
寂しげな、それでいて蠱惑的な表情で俺にそう囁いた。
俺は、リリスとじっと目を合わせて、それから少しの間思考してみる。……そして結論を出し、彼女に返事をする。
「うむ。全然興味がない」
「う、う〜ん。これでもダメなんだぁ〜。そっかぁ〜」
リリスは、無念というか、やや困惑した様子で俺から離れた。
「ええ〜ショックだなぁ〜。サキュバスが雄を魅了出来ないなんて。……まあ、翼くんは色んなスキルを持っているらしいし、その力でリリスの誘惑も無効化しちゃうって事なのかな?」
「ていうか、俺ってリリスに限らずあんまり女性に対して興味ないんだよね。今まで恋愛感情とか持った事ないし」
「それは違うと思うよ? サキュバスのフェロモンは、どんなに強い精神力を持った人間でも魅了しちゃうから。しかも、上位の『エルダーサキュバス』のフェロモンが効かないなんてあり得ないよ」
「そんなに凄いものなのか?」
「うん。同性だろうと、性別不明だろうと、無機物だろうと、効果的面だよ」
「……同性はともかく、無機物っていうのはよくわからないな。まあとにかく、俺に限って言わせて貰えれば、君のフェロモンは通じなかったって話さ」
「うーん」
俺が胸を張ってみせると、リリスが俺の顔をマジマジと見てきた。
また何か誘惑してくるのかと思ったが、途端にリリスの様子がおかしくなる。
「うーんう〜ん…………うううう〜〜〜〜んんんんんんっっ?????」
リリスは、やり過ぎなくらいに自分の首を曲げ、頭の上に大量の『?マーク』を浮かばせた。
「どうしたの?」
「い、いや〜やっぱり納得いかないというか……変というか……。ちょ、ちょっと出直してくるねー!!」
そう言ってリリスは、部屋の窓から身を投げ出すと翼を広げて何処かへと飛んでいってしまった。
「お、おい!」
「……行っちゃったねー」
「どうしたっていうんだ。……自分の能力が通じなかったのがそんなに気に食わなかったのか?』
俺は去っていくリリスの後ろ姿を見ながら呟く。
彼女にとっては、アイデンティティーの喪失というか、割とショックなことだったのかもしれない。……それにしても大袈裟な反応だったような気もするけど。
まあ、どのみち俺には関係のない話だな。
「リリスのことはひとまず後回しだ。俺達は、午後からの海水浴の準備を進めていこうぜ」
「海だー!!」
スラタロウは、大はしゃぎだ。
そう、俺達が今一番重要視するべきは海!
しかも同年代達と一緒に遊ぶのは、これが初めてかもしれない。そう思うと、俄然期待が膨らんでくる!
「ただ、約束の時間までまだ早い。……少し、皆んなの様子でも伺ってみようかな」
俺がそんな事を考えていると、突然部屋のベルが鳴り出した。
この音は、扉前のベル音だ。どうやら、誰かが来たらしい。
玄関口の扉を開けると、そこにはミズチカが立っていた。
「翼さん」
「やあミズチカ。ちょうど其方に行こうかと思っていたところだ。どうかしたか?」
するとミズチカは、モジモジと落ち着かない素振りをしながら、恥ずかしげに顔を赤らめた。
「その、実は翼さんに、私の水着選びを手伝ってもらいたくて」
「水着? ……どうして、俺じゃなくても他に適任はいるだろう?」
「いえ、翼さんに選んでほしいんです! 翼さんが気に入ったものなら、私は……」
そう言って、ミズチカは目を伏せる。
うーん、どうしたものかな? 俺、女の子の水着の選び方なんて分からないよ。
かと言って、無下にするのも悪いしなぁ。
……まあ、駄目で元々か。
「分かった。じゃあ、一緒に選ぼう」
「…………! あ、ありがとうございますっ!」
「ははっ。そんな嬉しそうにしてもらわれると、なんか変な気分だな」
ミズチカは、これまで孤独な人生を過ごし、いつも一人だったそうだ。だからきっと、彼女は『ふれあい』を求めているのだろう。
曲がりなりにも、俺は肉体的にも精神的にも傷付いていたミズチカを介抱してきたつもりだし、その甲斐あって彼女は俺を信頼してくれている。そうでなかったら、わざわざ俺を誘ってきたりはしない。
着実に好感度を上げているなー、と思いながら、俺はミズチカと下の階層へ降りる。部屋へ持ってきた用品以外は、全て地下の倉庫に保管してあるのだ。
エレベーターで地下へ辿り着くと、騒動が起きていた。
「なんだ?」
エレベーターの扉が開いて真っ先に聞こえてきたのは、魔物達のガヤガヤとした騒ぎ声。威嚇にも悲鳴にも聞こえる鳴き声、遠くの方からは何かが崩れたような音が地下の閉じた空間で反響していた。
明らかに只事ではない。俺は、近くにいた魔物に声をかける。
「おいおい。これは一体何事だ?」
「グギャギャギャギャアー!!」
「いや何言ってんのか分かんねーよ」
何で、魔物語が理解できるスキルってないんだろう?
そんなことを思いつつ、俺は話が出来る魔物は居ないかと地下の中を探るのだった。
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