第177話「キング」
時は経ち、日付が切り替わる。
世界に魔物という異形が現れてから六日目。
深夜〇時。
とある建物内にて強大な力を宿す五人、いや五体の魔物が集っていた。
『キング』という絶対的な地位と権力と能力を有する魔物。その直属の部下である隊長クラス達だ。
二番隊隊長:【デッドマウス】ラッツル
三番隊隊長:【ナイトメア】マンダラ
四番隊隊長:【メデューサ】メイコ
五番隊隊長:【セブンスドラゴン】ファルファーム
六番隊隊長:【スパイダーエンプレス】ヘブライ
計五名。
この五体が一堂に会するのは、この世界に来てから初の出来事だった。しかし、今回は隊長達へ向けての要請があり、急遽このような集会が開かれたのだ。
要請をかけたのは、三番隊隊長マンダラ。
内容は、『一番隊隊長が裏切りを起こした』というものである。
「……と、いう感じで〜☆ オレッチは、羽虫ちゃんが人間共の味方をしているのをバ〜ッチリ見ちゃったわけッ☆」
マンダラが先日あった出来事を説明すると、他の隊長達はそれぞれ顔を見合わせ、そして再びマンダラの方に向き直る。
最初に口を開いたのは、四番隊隊長メイコだった。
「で?」
「ンンッ?☆」
「いやいや、あんたの話はちゃーんと聞いてたよ? あのインセクトキッズの子が人間の味方をしてた。……で? だから何だって言うのさぁ〜。まさかあんた、そんな事でワタシらを集めたん?」
そう言って、メイコは煙管を片手に煙を吐く。
周りを見てみると、他の隊長達も同様の反応を示していた。
「ヘイヘイッ、どーしたオメエら? 仮にも同じ組織に居る奴が裏切りを起こしたんだゼ☆ 反応悪くねッ? なあ、ラッツル! お前もそう思うだろう☆」
マンダラは、全長十五センチの小型魔物。二番隊隊長ラッツルに話を振った。
「ちゅー! ちゅーか今の一番隊隊長って、どんな奴だちゅー!?」
「なんか羽根生えてる奴だ☆」
「羽くらいちゅーも生やせるちゅー!!」
「まあ、お前よりは多少デカいかな☆」
二体がそんなやり取りをしている間に、五番隊隊長ファルファームは席を立ち、部屋の出入り口へと移動を始めていた。
「ヘイヘイヘイッ☆ どこに行く気だ龍野郎!?☆」
「時間の無駄だ。こちらは、まだまだやるべき事が残っている。同僚が死んだ入れ替わった等と、どうでもいい話をしている暇は無い」
「アー、言いたい事はわかるぜ〜☆ 『隊長クラスは入れ替わりが激しい』からな〜☆ まあでも待ってくれよ。他にも大事な話があるんだ☆ 寧ろこっちが本命というか……」
「だったら手短に話せ」
「『モンスターマスター』が現れた」
ピクッと。
その場にいた全員に微かな緊張が走った。
モンスターマスター。
それは、『あの世界』に居た魔物なら誰もが知っている。最強無敵の職業名だった。
「…………マンダラ。その話、もし間違いだったらタダでは済まされんぞ?」
「この件に関しては念入りに調べておいたぜ☆ だが、間違いない。二階堂翼という人間。奴は、モンスターマスターの力を宿している」
「ちゅー!! マジかちゅー!? それはヤバ過ぎだちゅー!!」
「ちゅーちゅーうるさいのよ、あんたは。……モンスターマスター。まさかこの世界でもその言葉を聞くとはね」
「まあ、そういう訳だからよ☆ 隊長クラスを集めて対策を練ろうと思って集会を開いたんよッ☆」
「対策? そんなもん思いつかんちゅー! モンスターマスター相手に、ちゅー達が敵うはずないちゅー!!」
「まあ、そう焦るなって☆ ……オレッチが集めた情報によると、どうやら二階堂翼は、モンスターマスターの力を完全に使いこなせていない。今ならまだ奴を攻略出来るかもしれね〜のさッ☆」
モンスターマスターの力は強大である。
魔物を支配する能力。それは、全ての魔物達が恐れる絶対的なものだ。
しかし、マンダラの言う通り。二階堂翼は、つい数日前にその力に覚醒したばかり。
故に、隙は有り、そこを突けば綻びが生まれるとマンダラは考えていた。
どんな鉄壁の要塞も、知恵を出し、策略を練れば、難攻不落という事はない。
こうしている今も、マンダラの脳内では二階堂翼攻略のシミュレーションが行われていた。
「…………ねえ?」
「ンッ☆」
その時。
ずっと沈黙を貫いていた六番隊隊長へブライが口を開いた。
「…………今の、話。キングには、もう、話したの?」
「き、キングッ? え、いや、それは……」
『キング』の話になった途端、マンダラはしどろもどろになり始める。
マンダラだけではない。他の隊長達も気不味そうに目線を逸らしていた。
『言ってはならないことを言ってしまった』、と。
薄暗い一室に、微妙な空気が漂い始める。
「…………キングは、私達の、ボス。大事な話なら、伝えなきゃ」
「い、イヤイヤそりゃあ……なんというかさァ☆ 別にオレッチが伝えに行かなくてもよくね、って話で! ほ、ホラッ!? いつもみたいにヘブライがこっそり……」
「ほぉ〜? な〜んでこっそり伝える必要があるのかなぁ〜?」
グシャッッッッッ!!
刹那。鈍い音が響き渡る。
ヘブライの真正面に居たマンダラの体が『潰れた』。まるで、見えない鉄塊が降ってきて、そのまま直撃したかのような不可思議な現象。
マンダラは、潰れた空き缶よりも平たい姿となって、自分が今どういう状況かも分からず、ピクピクと痙攣していた。
「ちゅ、ちゅー!? ま、マンダラぁー!!」
あまりに突然の出来事に、隊長達に動揺が走る。
唯一、平静を装っていたのはヘブライのみだった。彼女は、いつも通りのポーカーフェイスを崩さぬまま、この現象を起こした張本人の方に視線を向ける。
「…………キング」
ヘブライが視線を向けた先に居たのは、『カボチャ頭』だった。
人の頭をすっぽり覆い隠せるくらいのカボチャを被った人。……いや、魔物は、顔の側面にくり抜かれた笑みからは、想像も出来ない邪悪な雰囲気を醸し出していた。
種族名『ジャック・オ・ランタン』。
隊長達をも退けさせる異様な圧を放つこの魔物こそ、数多の魔物達を統べる頂点。『キング』であった。
「やあ、ヘブライ。そして、その他有象無象共」
傲慢不遜。
キングは、偉そうに見下す素振りをしながら、部屋に居た隊長達を一瞥する。
その瞬間。隊長達は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
何かスキルを使った訳ではない。
そのあまりの強大さに恐れ慄いてしまっているのだ。
「おいおい、隊長勢揃いじゃないの。しかも、こんな所でこそこそ内緒話か。……ボクに隠れて、お前ら一体何をやってたんだ? ファルファーム!!」
名前を呼ばれたファルファームは、ビクリと体を震わせた。普段、冷静沈着な彼だが、ことキングと対面した時は、あまりの恐ろしさに身をすくませてしまう。
それでも、『沈黙』は自分の首を絞めるだけだと知っているファルファームは、キングの問いに応えようと精一杯に声を出そうとする。
「じ、じじ実は、組織内に裏切り者が現れましてッ!! 一番隊隊長のインセクトキッズです!! わ、我々はその対処の為に集合した次第でしてッ!!」
「うらぎりぃ? ふぅーん、そうか。それで? 何でそれを今までボクに伝えなかったんだ?」
「ももも申し訳ございません!! これはあくまで、隊長のみで対処できる内容だと判断しまして!! この程度の事で、キング様にご足労願うのは畏れ多い……」
「嘘つけよ」
そう言うとキングは、自らの手でペシャンコに潰したマンダラを掴み上げた。
最早、ボロ雑巾のようになったマンダラからは、しわがれた声が漏れ出るだけだ。
「あ、ああ……! き、キング……!」
「『妹』から聞いたぞ、マンダラ。モンスターマスターを見つけたんだってな? そんな重要な話をボクに伝えずこんなところで何してる?」
「そ、それは……後で、伝えに行こうと……」
「『後』? ……おいお前。何様のつもりでこのボクを後回しにしてんだコラァッッ!!!!」
激怒したキングの手に、力が込められた。
圧殺。掴まれていたマンダラの体は、まるでトマトを握り潰したように弾け飛んだ。
散らばった肉片は、光の粒子となって散り散りになり、宙へと浮かび霧散していく。
「お前らがボクを後回しにする理由は何一つとして無いッ!! 誰が『王』か分かってんのかぁ!? 全てにおいて、このボクこそが最優先だッ!! 分かってんのカァッ!!?」
「も、もも勿論ですキング様!! ここにいる一同、いつ如何なる時も貴方様を第一に考える、忠実なる僕ですっ!!」
ファルファームは、息も切らせずそう言い切った。
キングは、「ふん!」と鼻を鳴らすと、マンダラから出てきた光の粒子に手をかざした。
すると、光の粒子は一斉にキングに引き寄せられ、その体の吸い込まれていったのだ。
「えーっと。こいつのスキルは、『感情操作』、『深層世界』、『テレポート』……ん? 何でこいつが『パンデミック』のスキルを持ってる? これは、ボクがあのインセクトキッズに授けたもんだぞ」
「…………多分、マンダラが、奪った。『スキルスティール』で」
「折角、譲ってやった力をあっさり奪われやがって。……彼奴、コスモスって名付けられたのか」
キングは、光の粒子からマンダラの記憶を読み取り、元一番隊隊長であるコスモスの情報を入手する。
その他にも、マンダラが集めた情報は全てキングの頭に刻み込まれた。彼の手にかかれば、死んだものから記憶や記録を調べることなど造作もないことなのだ。
そして遂に、キングはモンスターマスターの情報について触れる。
「二階堂翼、か。随分、冴えない人間が選ばれたな」
「い、如何しましょうキング様。貴方様の指示があれば、我々が総力を上げて敵を仕留めに参りますが?」
「何もするな」
「……は?」
思いも寄らぬ返事に、ファルファームは間の抜けた声を上げてしまう。
「妹に言われてるんだよ。『少し待って』ってさ。聞けば、モンスターマスターは、まだ成長段階らしい。このボクに挑ませるには、もっと強くさせてからにしたいんだと」
「…………じゃあ、キングは、全力、のモンスターマスターと、戦うの?」
「そういう事。そして、好都合だ。かの『最強』を倒せば、名実共にこのボクが真の最強だと証明される」
キングは、個体と野心に満ちた声色で小さく笑う。
「ああ、そうだ。ラッツル」
「な、何ですかちゅー!?」
「お前に『パンデミック』のスキルを渡す。こいつのゾンビ化現象は、使える。一番隊がやらなかった分をお前が代わりにやれ」
「ははっ! 了解しましたでちゅー!!」
「それと、一番隊と三番隊の新しい隊長用意しないとな。ヘブライ。その件は、お前に任せる。適当なモンスターを見繕っておけ」
「…………うん」
「さて、これで用件は済んだな。ボクは帰る。後は、お前らで適当にやってろ」
直後、キングの姿は一瞬にして消えた、スキルの力で何処かへ移動したのだ。
隊長達は、傍若無人な『絶対者』が居なくなったことに安堵し、そっと息を吐き出した。
「こ、怖かったでちゅー。……もうちゅーは、帰るでちゅー!」
そう言って、ラッツルはその場を逃げるように去っていった。それに続くようにして、メイコとファルファームも自分達の担当するエリアに戻っていく。
残ったのは、ヘブライただ一人だった。
彼女は、部屋の椅子に腰掛けながら、ぼーっと天井を見つめ続ける。
「…………みんな、怖がり過ぎ。…………ま、死にたくないなら、仕方ないけど」
魔物にとって、強さとは絶対的なもの。それ即ち、この組織で最も強いキングは、絶対的な存在である事を意味している。
キングの気まぐれで、これまで多くの魔物が殺されていった。キング軍にいる誰もがその光景を目の当たりにし、皆が彼を恐れているのだ。
誰だって死にたくない。
だから、皆が彼を避けている。
「…………はぁ」
ヘブライは、溜息を吐き、そっと席を立った。
「…………新しい隊長、探さないと。…………そう言えば、モンスターマスターに興味ある子が一人、居たっけ。…………名前は、そう、『リリス』って、言ったような」
そんな事を呟きつつ、ヘブライも部屋を出ていった。
そうして建物内は、無人となる。
人間を駆逐する異形の怪物。悪鬼羅刹が去った事で、この地に再び静寂が訪れた。
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