第167話「貴女のことが嫌いです」
「杏里さん。どうして」
金属アーマーが消失する。
そこから現れたのは、私より年下の少女。花江水千佳ちゃん。
「……水千佳ちゃん、さっきはごめんね。分かってあげられる、なんて無責任なことを言って。私は、貴女がされてきたこと、何にも知らなかったくせに、偉そうなことを言っちゃった。……だから、ごめん」
水千佳ちゃんに頭を下げる。
自分の非を、相手にきちんと謝罪するのは、大切なことだから。
「聞いて、水千佳ちゃん! ここは今、凄く危ないの。空間があちこち壊れて、この世界が消滅しちゃうんだって! そうなったら、もう二度と元の世界に戻れなくなる!」
「…………」
「私は、貴女に居なくなって欲しくない。私達と一緒に、ここを出よう?」
「嫌です」
「な、なんで」
「生きる意味なんて、もう私にはないから。復讐を果たした時点で、私は終わったんですよ。杏里さん」
水千佳ちゃんは、そっと視線を外した。
彼女が見ているのは、何処までも広がっている深緑の森林だった。
「学校生活は、辛かった。教師も親も助けてくれなかった。そして力を得て、私はその全てを殺した。そう、目的はすでに果たしているんです。だから、仮にここで死んでしまったとしても、私は構わない」
「……水千佳ちゃんは、復讐だけが生きる意味だったの?」
「はい。別にやりたいこととか、ありませんでしたから。貴女もそうなんですよね?」
無感情な表情を浮かべて、水千佳ちゃんが尋ねてくる。私の過去を知っているからこその問いかけなのだろう。
確かに、その通りだった。私は、ついこの間まで死のうとしていた。学校の屋上から飛び降りようと、何日もあしげもなく通っていた。
でも、今は少し違う。
「……ある人が言ってたの。『人生っていうのは基本楽しいものなんだ。だから、もし今が不幸だと感じているなら、取り敢えずしっかり生きればいい。それから如何に幸せに過ごせるかを考えるのさ』って。死ぬことばかり考えていた私と違って、彼は本当に人生を楽しんでいるようだった。彼を見習って、もう少しだけ生きてみようかなって、そう思えるようになったの」
「…………」
「そしたらね。リリーやコスモス、たくさんの人達と関わるようになって。笑ったり、楽しい気分になれるようになったんだ。何の為に生きるとか、自分に生きる価値があるかとか、そういうのはまだ分からないけれど、こういう人生も悪くないなって、思えてくるようになれた」
「…………」
「ねえ、水千佳ちゃん。ガソリンスタンドで貴女と会話した時、私はとても楽しかった。色んなことを教えてくれて為になったし、私自身人と気軽に会話するのが久しぶりだったからさ。……だから、もし水千佳ちゃんが、生きる意味を失ったというのなら、私と一緒に生きる意味を探させてほしい。死んでもいいって、貴女がそう言うのなら、どうかまだ死なないで。私は、水千佳ちゃんが好きだから、死んだら私は……とても悲しい気持ちになる」
「…………そうですか」
私の話を一通り聞いて、水千佳ちゃんは私と視線を合わせる。
「でも、私は貴女のことが嫌いです。分かってくれるって言ったのに、私を否定したから。私の行いが間違っているとか、そんなのは関係ありません。私はただ、こんな私でも、信じてくれそうな人からも否定されたのが、堪らなく不快で悲しかったんです。だから」
水千佳ちゃんが崖側に移動する。
切り立った先は、すぐ目の前で、一歩踏み出せば真っ逆さまに転落してしまうだろう。
彼女は、言う。
「だから、今ここで私が死ねば、杏里さんの心に深い傷を付けられるんですね?」
「……! だ、ダメ!」
「それが出来るのなら、本望です」
直後、水千佳ちゃんの足が踏み出された。
その先は地面が無く、彼女の体は重力に引かれて落下……。
「みー!」
しかし間一髪。水千佳ちゃんの体に蜘蛛の糸が付着し、それが彼女の動きを停止させた。
蜘蛛の糸を放ったのは、リリー。そしてその隣には、越智さんが居た。
「なんで」
「なんで、じゃないわよ馬鹿。中学生の身空で、なに人生諦めて死のうとしてるのよ。くだらない」
くだらない、と。
水千佳ちゃんの行いを、越智さんは、そう言い切った。
「それにしても、さっきから聞いてれば、何が『私を否定された』よ。『死んでも構わない』よ。貴女、まだまだ人生これからじゃないの! 怠惰に過ごして何も努力してこなかった奴が、生意気に人様に文句垂れんなっ!! このクソガキッ!!」
「お、越智さん?」
「杏里も、こんなのに弱気になってんじゃないわよっ!! 不満を言うことしか出来ないような奴に劣る程、貴女の人生は安っぽい訳!?」
な、なんだろう。越智さんが、今まで見たことがないくらい怒っている。というか私、こんなに怒っている人を見るのは初めてだ。
そして越智さんは、怒り形相の顔で水千佳ちゃんに指を突きつける。
「貴女のことは、前から知っていたけど、こんな屑だったとは予想外だったわ! 他人に迷惑を掛けることがそんなに楽しい訳っ?」
「あ、貴女に何がわかるんですか!? 私の人生の何を……」
「分かるわよっ! 私には、はっきりと分かるわ! 貴女は、終始一貫して、自分さえ良ければいいと考えてるクソ女!! 自分だけが可愛くて、自分を愛してくれない人はみんな敵な『自己中心主義者』よ!!」
「なっ!?」
「そのくせ、現状に不満があっても自分では何もしようとしない能無し!! いつか誰かが何とかしてくれると思ってる甘ったれ!! そういう奴が私は、この世でいっっっっっっちばん大嫌いなのよぉぉっ!!」
越智さんは、そう吠えるように叫んだ。
「はあ、はぁ、……花江水千佳。貴女のことは放っておこうと思ってたけど、気が変わったわ」
空まで届くとばかりに大声を出した越智さんは、息を荒げながらも真っ直ぐに水千佳ちゃんを見据えていた。
「貴女が死ぬ前に、その『人生』を舐めている腐った態度を、この私が徹底的に改めさせてあげるわっ! 覚悟しなさい!!」
越智さんは、確固たる意志を持ち、そう宣言する。
彼女のその眼には、揺るがざる芯が通った、確かな力強さが宿っているように感じ取れた。
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